第9話 伯爵との交渉
病気を治療した俺たちを待っていたのは、笑顔のエドモンダ伯爵様だった。
治療に夢中で時間を忘れていたが、もう外は暗くなっており、夕食をご馳走してもらうことになった。
元気になったローズリーちゃんも同席している。
さすがに伯爵家の料理は豪華だ。
ローストした巨大な肉、魚の煮つけ、色鮮やかなサラダ、黄金色のスープ、よい小麦の香りがするパンが所狭しと並び、メイドさんが給仕をしてくれる。
そしてワインが素晴らしい。フルーティな香りにすっきりした飲み口。
アルコールであることを忘れ、ジュースのように飲み干せてしまう。
お腹も満足し、別の歓談室でヴェロニア、ジェラリー、俺の3人で、食後の香茶をいただいてると、伯爵が部屋へきて、いっしょにお茶を飲むことになった。
メイドに退室を命じている。
何か話があるようだ。
「娘の病気を治してもらい、改めて感謝する。ありがとう」
貴族から頭を下げられるなんて、人生で初の出来事だった。
思わず緊張してしまうが、ちゃんと返答しないと……。
そういえば、つい愛らしさに”ちゃん”付けで呼んでいたが、改めておこう。
「あ、いえ。お力になれて何よりです。それに私は少し手をお貸ししただけで、病気を克服したのはローズリーさんが自らなされたことです」
「そうだとしても、娘を助けてもらったことに変わりはない。君は素晴らしい技術をお持ちのようだ」
「あ、ありがとうございます。私の技術といっても、ごくありふれたもので……魔道具の力が大きいです」
他の人に魔力を流すこと自体は、特別なことではないのだ。
俺自身も魔法を教わるときに、講師をしてもらった冒険者に魔力を流してもらい、魔法が使えるようになったのだ。
他にも聖魔法がいい例だな。
聖魔法は、治療効果のある魔力を、他人に流すことで傷を癒す。
「さっすがあたしの魔道具。いい仕事するわ」
「あなたは少しチェスリーさんの謙虚さを見習うべきですの」
ヴェロニアの自慢にジェラリーさんが突っ込む。
みんな笑っている。
こんな暖かい空間が作れたことに喜びを感じる。
本当にうまくいってよかった。
「事情は聞かせてもらったが、知り合いの妹さんが同じ病気とか?」
「ええ、症状を聞く限り、同じ病気で間違いなさそうです。明後日には治療のため、旅立つ予定です」
「そうか……治療のお礼はもちろんさせていただくが、もう一つ力になれることがある。是非受け取ってもらいたい」
なんだろうと、首を傾げていると、執事さんが、仮面を付けたローブの男(?)を連れてきた。
「紹介しよう。この者は転移魔法が使え、わしの商売を手伝ってもらっている。君に転移の力を貸そうと思う」
……これは驚いた。
まさか転移魔法を使える人に力を貸してもらえるとは。
転移魔法を使える人は、極稀にしかいない。
もちろんレアスキルなのだが、効果がわかりやすいのと、既に修得の方法も判明しているため、与えられた人は訓練さえすれば転移を使えるようになる。
大当たりのレアスキルだ。
とはいえ、自由自在に転移できるわけではない。
転移する先に、予め転移陣を書いておく必要がある。
距離や量も無限というわけにはいかず、使い手の魔力量により異なるらしい。
「あの……行先はヘスポカですが、そこまで転移できるのでしょうか?」
「ほう、転移のことを知っているようだね。安心したまえ。ヘスポカは取引場所の一つで、既に転移は可能だ。おっと、このことは極秘事項だから他言は無用でお願いする」
「え、ええ、もちろんです」
うう……早く治療できそうなのは嬉しいけど、秘密とか知りたくなかった……。
期待してくれているのか、それとも他に思惑が……。
「それほど緊張しないでいい。君にはもう一つ頼みたいことがある。実は娘のことがなくとも、連絡することになっていたのだ。おかげで娘の病気も治り、君が信頼に値する人物と知れたのは、まさに僥倖なのだ」
「わ、わかりました。あの……頼み事とはなんでしょうか?」
「君たちが手に入れたダンジョン核のことだ」
「はい?しかし明日オークションにかけられることになっていたと……」
「私が指示してオークションへの出品は止めている。どうしてもダンジョン核を入手したくてな」
「「ええええ!?」」
ジェラリーは別の意味で驚いていた。
そもそもダンジョン核を入手した話は彼女には伝えてないし。
ヴェロニアは……お金の心配だろうか。
ツケで素材を買いまくってるからな。
ダンジョン核を売ってお金が入らないと、最悪犯罪で捕まってしまう。
「強引なやり方はすまない。ダンジョン核がオークションにでるのは、5年ぶりのことになる。恐らく値は吊り上がることになるだろう。君たちにとっては、手元に入るお金は大きくなる。が、いきなりそんな大金を持って、トラブルに対処できるかね?」
むうう……。
ダンジョン踏破したときに、話し合ったことと重なる部分がある。
欲張れば切りがないが、自分の力で解決できる範囲を超えてしまうと、破滅の恐れはあるんだよなあ。
それでも少しは反撃しとかないと。
「それでは後ろ盾になっていただけるのでしょうか?」
「そのつもりだ。マクナルでは多少権力はもっていると自負している。それに君は娘の恩人だ。頼まれなくとも、便宜は図る。それと君たちのパーティー全員と話をする必要があるだろう」
あっさり返されてしまった。
この人……貴族という立場は利用しているものの、話はわかる感じがする。
裏取りは……後でジェロビンに頼むとして、ダンジョン核を抑えられてる以上、下手なことはできないな。
それにマルコラスの妹さんの治療が早くできるとなると、ほとんど逃げ道は塞がれているような……。
「わかりました。元々オークションに全員で行くつもりでしたので、明日の昼頃こちらに伺います」
「昼食はこちらで用意しよう。大食漢がいても大丈夫なようにな」
レフレオンのことか……どこまで調べてるんだろう。
俺のレアスキルのことも知られているかもしれないな。
まあレアスキルは知られても大して問題ない。
何の効果かもわかっていないので、重要視される事はないだろう。
次の日の朝、臨時パーティーを組んだ7人で、ギルドの相談室を借りた。
未発見ダンジョン出発前の時と同じだなあ、と少し感慨深い。
さてと、俺としては悪い話ではないと思うが、みんなはどう思うだろうか。
「先ず、今日はオークションに行く用事はなくなり、代わりにエドモンダ伯爵邸へいくことになった。俺も昨日聞いたばかりの話で事前に伝えられなかった」
「「「「ええええええ!?」」」」
リンジャック、マルコラス、ニコライド、アントマスのヘスポカ組は驚きの声をあげた。
あれ?レフレオンとジェロビンは驚いてないな。
「大よその事情は知ってるぜ」
「レフレオンの旦那には、情報を通してありやす。もし荒事となれば、旦那の心構えってやつがいりやすからね」
「ジェロビンおまえ情報早すぎだろ」
「へへ、伯爵様が絡むのはわかってやしたからね」
「えっと、どういうことでしょう?」
リンジャックが慌てて割り込んできた。
そりゃあ全く分からないよな。
「悪い話ではないと思っているが、これから一通り説明する。意見があれば、遠慮なく言ってほしい」
俺から、マルコラスの妹さんを治療する魔道具のこと。
素材の入手でジェラリーさんと共同作業したこと。
出資者である伯爵の娘さんの治療に成功したこと。
そしてダンジョン核は、奇妙な縁だが、その伯爵が先に押さえていることを伝えた。
「う~ん。それだけ聞くと貴族の権限で横取りされた悪い話になりますが……」
「もちろん、これだけではデメリットしかない。メリットとしては伯爵の後ろ盾が期待できること。
あともう一つは伯爵と直接会った後で伝えるが、今は話せない」
念のため、転移の事は伏せておくことにした。
転移でヘスポカへ帰れると知れば、大きなメリットで話は早そうだが、極秘と言われてるしな……。
「どちらにしても、ダンジョン核が伯爵の手にあるから、強気な対応は無理だと判断した。今日は昼食に招待されているので、いっしょに訪問してほしい」
しばらくがやがやと意見は交わされたが、まだ話せていないことも含め、結論は出ないだろう。
「へへ、まあ安心してくだせえ。伯爵様は傲慢な方じゃございやせん。いいお話になると思いやすよ」
ジェロビンはどこまで知ってるのか、余裕がありそうだ。
素直に話すやつじゃないし、情報料とられそうだから聞くのはやめておく。
一緒に行くから危険があれば、さすがに教えて……くれるよな?
約束のお昼に合わせて、7人で伯爵邸へ訪問する。
執事さんが出迎えてくれて、食堂へ案内してくれた。
席につくと、早速豪華な食事が運ばれてきた。
「皆様、お食事をどうぞ。お話はお食事の後にと主人がおっしゃってました」
マナーを気にせず食べられるよう配慮してくれたのだろうか。
今は目の前の食事に集中することにしよう。
食事後、昨日と同じ歓談室へ案内され、果実水が振舞われた。
レフレオンは酒を希望し、ワインを飲んでいる。
人心地ついた、いいタイミングで伯爵様がやってきた。
「みなさんようこそ。私がエドモンダです。集まってもらった用件を私から説明しよう」
説明された内容は、昨日とほぼ同じだ。
ダンジョン核を確実に手に入れるため、オークションに出すのを止めたこと、そして大金を得る事のリスク軽減のために後ろ盾になること、最後に説明していなかった転移についてだ。
「転移……ヘスポカへすぐ帰ることができるのですか!?」
マルコラスは妹の病気のために、すぐにでも帰りたいはずだ。
旅の日程が14日分も短くなるのは、願ってもないことだろう。
「な、なあ。これなら……」
「ああ、危惧していたことも……」
ニコライドとアントマスは、冒険者ギルドで、ヘスポカへの旅で受けられそうな依頼を探してもらっていたが、どうもその時に、ダンジョン核を持ち込んだのが誰かと、噂になっているのを聞いたらしい。
普段マクナルにいるのであれば、冒険者ギルドにお金を預けることもできるが、残念ながら、冒険者ギルド間で預貯金のやり取りはできない。
大金を持って移動することになり、道中が不安だったらしい。
転移で移動できるのであれば、旅そのものが短縮されるのだ。
「ダンジョン核の代金は、オークションにかければ、恐らく金貨500枚にはなると思う。君たちはギルドマスターから金貨300枚程度と聞いていたそうだが、ダンジョン核の価値は大きく上がっているのだ」
全員が息を飲む。金貨500枚もあれば、豪邸が建つほどになる。
7人で分けたとしても、普通の物件は悠々買えるだろう。
もうこの時点で決まったようなものだった。
一介のパーティーが伯爵様との交渉に異議を唱えられるわけでもなく、手の平で玩ばれるようなものだ。
結果、ダンジョン核の売却代金は一人金貨60枚で手打ちとなった。
次回は「ヘスポカへ」でお会いしましょう。