第87話 スーザンの教育
スーザンにやりたいことを聞いても、具体的な考えはないようだ。
長く病気で寝込んでいたので、急に目的を問われて答えられないことはあるだろう。
俺を探していたのは、病気のときに感じた暖かさをもう一度感じたいから。
本当だとしてもそれだけなのだろうか?
――チェスリーさんに会えば変われるかも
この一言に何か含まれていそうだ。
アメリアは土魔法の練習をしてもらうことにして、スーザンと再度話してみることにした。
「スーザンは何で変わりたいと思ったんだい?」
「……先ほどチェスリーさんに質問されたことですわ。やりたいことが見つかるかもしれないと思ったの」
「暖かさを感じたときに何が見つかりそうに思ったかな?」
「それが……具体的に言えないの。何かとしかわからなくて。もう一度暖かさを感じればわかると思ったのです」
これは俺のほうが悪かったな。
快楽を求めていたわけじゃなく、何かの答えを求めていたのか。
「わかった。それならもう一度魔力を流してみよう」
「は、はい。お願いします」
病気のときの再現なら、黒と白の魔力色を交互に流してみよう。
「ん……あっ少し暖かい」
「どうかな?」
「……すみません。あのときとは何か違うような」
おかしいな。
同じことをしても感じかたが意識がないときと違うのだろうか。
魔力視の眼鏡をかけて、再度スーザンの魔力を調べてみる。
魔班病の痕跡はないし、特におかしいところもない。
ここは【演算】の教育を試してみよう……あ、俺【演算】スキル使えないや。
「スーザン、【演算】スキルを使ってみてくれないかな」
「え?使うといってもどうすればいいでしょうか。多分計算するときに意識せず使っていると思いますが……」
「ああ、なるほど。ん~と、計算問題を作ればいいのか」
俺は適当に4桁の数字を10個足す問題を紙に書きスーザンに渡した。
「これを解いてみて」
「はい、終わりましたわ」
「へ?」
紙には既に答えが書き込まれていた。
答え合わせで計算してみると正解だった。
「凄いな。計算が速すぎて魔力を視る暇すらなかった」
「まあ、魔力って視えるものなのですか。……適当に5桁の数字を2つあげてください。そこで魔力を視てもらえますか」
「わかった。23649と57328」
数字をあげたところでスーザンを魔力視で視る。
頭に赤緑の魔力色が集中し、高速で循環しているのがわかった。
魔力をこんなに高速で循環させる制御があるのか……
「1355749872ですね」
「え?それ何の数字なの」
「チェスリーさんの言われた5桁の数字2つを乗算したものですね」
「うわあ……。そんなに計算が速いならどこでも重宝されそうだけど」
「計算は好きですが、計算を使う職業に魅力を感じませんの。重宝されても経理や建築がやりたいとは思えないのです」
「どちらも魅力はあるんだけどなあ。俺は経理をしたことがあるけど、数字を整理することで素材の相場や利益などがわかるんだ。数字を見ることで人の動向が見えるのが面白かったな」
「そうですの……。いえ、やはり今自分がやりたい何かとは違いますの」
「例えばどんな感じの職業ならいいの?」
「あの……偉そうに聞こえるかもしれませんが、せっかく助かった命です。できるなら後世に残るようなお仕事をやりたいですわ」
「ほう」
意外と夢見がちだった。
しかし、目標が高いのは望むところだ。
後世に残るか……計算を活かすとなると、数学者だろうか。
過去の数学者のおかげで、面積の求め方や三角法などの日常でも使う数式が後世まで残っている。
でも『百錬自得』の環境で数学者になるのは無理そうだな。
他には……お、あるじゃないか。
最近困っていて計算が速いと助かることが。
「スーザン、地図作りなんてどうだろう」
「地図?あの町や街道のことを表した図のことですわね」
「そうだ。まだこの大陸全体の地図は作られていないんだ。それに王都近辺の地図でも正確といえないところがあってね」
「正確な地図……あ、建物の高さや町の広さを算出するのに【演算】が使えますわね。でも測量するのが大変すぎて今まで作れていないのではありませんか?」
「その通りだね。もし測量する方法があるとしたら地図作りに興味はあるかな?」
「はい!地図なら後世に残りますし、私自身も大陸がどうなっているのか知りたいですわ!」
おお、いい反応だ。
測量は視認転移を使えば移動がすぐできるし、重力魔法を使えば空から見渡すことができる。
高さと目印となる建物などの距離を測れば、正確な距離を算出することができる。
理屈はわかっていても、計算が大変すぎて断念していたのだ。
【演算】スキルを有効に使えば、もっと効率のいい方法があるかもしれない。
「よし、決まりだな。でも最初は基礎からだ。魔法に興味はないようだが、【演算】も魔力が補助しているものだからね」
「ええっ!そうでしたの……すみません興味がないなどと言って」
「ああ、気にしないで。自分のやりたいことに関係ないと思えば、興味はもてないだろうからね」
【演算】も魔力が関連していると知ることで、認識も変わるだろう。
さらに魔法が便利なものだとわかればなおさらだ。
ここは生活でも役に立ち基本でもある着火の魔法を教育しよう。
スーザンに魔力を流してっと。
「あ……ふああ、これですわ。暖かく何か刺激のようなものがある感じ」
「効果あったようだね。しばらくは火と風の属性でいろんな魔力制御を覚えてもらう」
「わかりましたわ」
これでスーザンとアメリアの教育が進められる。
アメリアのレアスキルは気になるので、他のクランメンバーにも効果を発揮する方法を考えてもらっている。
レアスキルの効果をどう発揮させるかは謎解きみたいなものだからな。
さらに数日が経過し、スーザンとアメリアの教育も自主的に練習できる段階まで進んだ。
そろそろヴェロニアからジェロビン達の話を聞くべきだろう。
「ヴェロニア、教育の方は目途がついた。ジェロビンとグレイスのことを教えてほしい」
「そっか……。いい?今から簡単に説明するけど、詳しい話はジェロビンと会ってからよ。落ち着いて聞いてね」
「ああ」
「帝国の戦争は今のところ膠着状態らしいわ。小競り合いはあるようだけど、あまり大きた戦闘はないみたい」
「……え、ヴェロニアが言いにくそうにしてたから、もっと悲惨な状況なのかと思ってた」
「えっと、ここからが言い辛いところなんだけど、悲惨な状況なの。直接の戦闘は少なくても戦争で最も被害をうけるのは庶民なのよ」
「あ……」
「徴兵や物資の調達とかで戦争が長引くほど庶民への影響は大きいわ。もう3年以上続いていて終わりが見えなくなっているのもまずいようね」
「そんな……魔物だけでも脅威なのにどうしてそんな長期間の戦争ができるんだ」
「後はジェロビンから説明してもらうわ。私も一緒に行くからミクトラでジェロビンと会いましょう。ミクトラは山越えであんたが見つけた町よ」
「ヴェロニアが一緒なのか?戦争中のところなんて危ないじゃないか」
「あんたと一緒なら大丈夫よ。魔道具もちゃんと持っていくしね」
信頼してくれるのは嬉しいが、ヴェロニアが出向こうとするのは珍しいな。
ジェロビンをクラン拠点まで連れてきてから話してもいいはずだ。
「ジェロビンとグレイスをクラン拠点に連れてくることもできるが……」
「ええ、わかってるわ。その上で帝国へ行きたいと思ってるの。あたしは戦争というものを知らない。だけどリーダーとして知っておかなくちゃいけないの」
「そうか、わかった。他のメンバーはどうするんだ?」
「それぞれやることがあるから居残りね。私もそんなに長く向こうにいるつもりはないから」
「了解だ」
ミクトラは俺とヴェロニアの2人だけでいくことになった。
ジェロビンとの定時連絡で、翌日の朝に俺とヴェロニアが行くことを伝えておく。
現地で必要になりそうな魔道具や食料などの準備を急ぎ整える。
翌朝、ジェロビンに【以心伝心】で連絡する。
{いま転移して大丈夫か?}
{旦那でやすね。へい、問題ないでやす}
「よし、ヴェロニアいくぞ」
「いつでもいいわよ」
転移魔法の魔力を展開し発動する。
転移終了。
む、薄暗いし、かなり古い建物のようだ。
質素な机と椅子があるぐらいで、生活感が感じられない。
「旦那、お待ちしてやした」
「ジェロビン久しぶりだな。ここはどこだ?」
「ミクトラの空き家を買い取りやした。仮の隠れ家でやすね」
「チェスリーさん、お久しぶりです」
「おお、グレイスも元気そうだな」
「は、はい。……いえ、あまり元気とは言えないですね」
「……戦争のことか」
「……ええ」
「ささ、旦那。茶でも飲みながら話しやしょう」
グレイスの態度からも憂鬱な話になりそうだ。
お茶を飲んで落ち着いて聞くことにしよう。
ケイトさんがくれた美味しいお茶を持ってきているんだ。
「美味い……これはケイトさんですね」
「ああ、これで落ち着けたかい」
「ええ、美味いものは心が落ち着きますね」
俺が以前悩んでいた時にケイトさんが教えてくれたことがある。
悩んでいるときほど、しっかり食事を楽しみ心に余裕を持つべきだと。
なかなか難しいことだが、余裕がなければ必要以上に思い詰めてしまうだろう。
人同士の争いに俺ができることがあるかどうかはわからない。
ただし、内容によっては静観することなどできないだろう。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
次回は「戦争の状況と衝撃の事実」でお会いしましょう。




