第77話 ミリアンのおねだり
空を飛ぶ魔法の練習に夢中で気づかなかったが、辺りは既に薄暗くなりつつあった。
「ミリアン、仕上げに高く浮く練習をしようか。これができれば、【一望千里】が使いやすくなる」
「はい。魔法は私が使うのですか?」
「二人一緒に使おう。何かあれば俺が守るから」
「……手を繋いでください。一緒に飛ぶ約束でしたよね」
「あ、ああ」
ミリアンと手を繋ぎ、空間魔法を展開する。
「上部の魔力を体内に留め直すイメージだ。一緒にやってみよう」
上部に展開する魔力を留め直すと、体が上昇し始めた。
「ミリアン、魔力を留めすぎないように。魔力が薄まりすぎると急に加速してしまいそうだ」
「は、はい」
「大丈夫、手をしっかり繋いでいるから。落ち着いて制御するんだ」
そうしいるうちに、加速は穏やかになり、ゆっくりと上昇するようになった。
「チェスリーさんは凄いですね……。同じように初めてのはずなのに」
「ははっ、魔力制御だけは自信があるんだ。10年以上の積み重ねがあるからな」
「ふふふっ、それだけではないですけどね。あ……地面があんなに遠くにある」
「山頂からの景色もよかったが、自分で飛んで見る景色はまた格別だな」
「ええ、癖になっちゃいそうです」
「しばらくは一人で飛んじゃだめだよ。落ちたら命に係わる」
「はい、チェスリーさんがご一緒してくれるのですね」
「そうだ。もう大丈夫と確信するまでは一緒に飛ぼう」
「はい!」
空間に作用しているおかげなのだろうか、かなり高く浮いても気温はさほど変わらない。
山頂に行く前に、空間魔法を覚えておけば便利だったな。
……メアリに温めてもらうのも良かったけどね。
「上昇は十分試せた。そろそろクラン拠点に帰ろうか」
「ええ、ではでは」
ミリアンが俺の側の魔力を薄めたのだろう、ぴったりくっついてきた。
「……転移するよ」
「はい!」
転移が終わり、無事クラン拠点まで戻れた。
よし、上空からの転移も問題ないようだな。
これで不測の事態が起きても、転移で対応することができる。
クラン拠点に戻るとケイトさんが出迎えてくれた。
ヴェロニア達はしばらく戻らないと、マーガレットから連絡があったようだ。
メアリがダンジョン核を捜索するための手掛かりを掴んで、魔法の開発をしているとのことだ。
さすが俺の弟子だ……いや、メアリの才能が凄いのだろうけど。
「今日はお二人だけになりそうですね。お食事を準備する量が少ないので、少し凝ったものをお作りします」
ケイトさんはそう言い残し、食事の準備に行った。
「ケイトさんってちゃんと休んでるのかな。いつも出迎えや食事の準備してくれているけど」
「ケイトさんにとっては、日常が休日みたいなものだと言ってました。同じ女性としても見習うところがたくさんありますね……」
「ミリアンは俺の助手だから、適した役割をこなせばいいと思うよ。食事はケイトさんにお任せしよう」
「ふふっ、そうですね」
食事の準備を待つ間、ミリアンと空を飛ぶ魔法のことを話していた。
魔法自体の話ではなく、空から見た景色のことで盛り上がっていた。
人が空を飛ぶなんて、考えたことはあっても、実現したというのは聞いたことがない。
必要は発明の母である、とは上手い例えだ。
視認転移の弱点を克服するため空を飛ぶ。
単純に考えることはできるが、実現方法に辿り着くのは難しい。
俺は山頂から【一望千里】を使った経験で、高いところなら【一望千里】の弱点が克服されるのは知っていた。
収納魔法で収納した物の重さを感じなくなることも知っていた。
それでもミリアンに教えてもらうまで、自分の重さ軽減に使うなんて発想はなかった。
アリステラの魔班病治療をしたときもそうだったな……。
シルビアやヴェロニアの意見を参考に、自分の認識を改めたのだ。
これからも仲間の意見や気付きに助けられることはあるだろう。
う~ん、そう考えると信頼できる仲間が多いほうがいいように思えてくる。
前回のクラン会議でメンバーは増やさない方針にしたけど、本当にそれでいいのかな。
「ミリアン、話は変わるけど相談したいことがあるんだ」
「え、はい。何でしょう」
ミリアンの発想に助けられたことや、今までも仲間の助言に助けられたことを話す。
メンバーを増やさない方針は、頼りになる仲間に出会う機会を失うことになるのではないかと。
「……何を選べば正しいのか、誰にもわからないのではないでしょうか。ただ増やさないという方針に固執することはよくないと思いますね」
「俺もそう思ったんだ。候補が貴族の子であるとか、マーガレットとアリステラが反対したからというだけで、メンバーを増やさないと決めてよかったのか、疑問に感じてね」
「はい。マーガレットさんとアリステラさんは特に重い症状の魔班病でした、重症の原因は魔力量や魔法の素質が高いためですね。チェスリーさんが治療した他の方も同様に重い症状ですよね。恐らく魔力量や素質は高いと思われ、頼もしい仲間になるかもしれません。やはり実際に会って人柄や意思を確認してみるべきではないでしょうか?」
治療した患者にクラン入りを頼むのは、恩を押し付けるようで多少抵抗があった。
これも俺の思い込みかもな。
出会いのきっかけは様々だし、何を選択するかは自身で決めることだ。
才能があるとわかっている人に声をかけることすらしないのが正しいとは思えない。
「ミリアンに相談してよかった。ちゃんと候補者に会ってメンバーにするかどうかを判断するよ」
「ふふっ、相談ならいつでもどうぞ。但し、私の意見も鵜呑みにしないでくださいね。正解かどうかはわかりませんから」
「ああ、そのためのクランだからな。もう一度クラン会議を開いてメンバー全員で考えよう」
「まあ、仲がおよろしいことで。お食事ができましたので、食堂へどうぞ」
いつの間にか、ケイトさんが俺たちを呼びに来ていた。
何やら凝った料理を作ってくれると言っていたし、急に空腹感が増してきた。
食事をいただくとしよう。
翌日。
ケイトさんの食事にすっかり癒され、ミリアンと一緒に空間魔法の練習に向かう。
昨日の続きでおさらいから始めようとしたのだが、ミリアンから提案があった。
「チェスリーさん、【一望千里】を教えていただけないでしょうか?」
「え……先に空間魔法を練習した方がいいんじゃないかな」
「えっと、空に浮くことはもうできるので【一望千里】でダンジョン捜索のお手伝いができたほうが便利かと思いまして」
「どうかな……うん。視点が多い方が探す効率はいいだろうね。ミリアンなら修得できそうな気はする。でも、その……またあの状態になってしまうけど大丈夫?」
「……やっと決心しました。チェスリーさんに正直に話そうと」
「え、何のことかな」
「チェスリーさんに魔力を流してもらったときの感情のことです」
「う、うん」
「経験はないのですが……性的な欲望だと思います。抱き着いて耐えられるのは、いくぶん発散されるからですね」
「……そうか。何となくそういう気はしていた。俺は教育をすることで、女性を誘惑していたんだな……」
「それは違います!ヴェロニアさんの言うように、教育される側の感情によりますから。自分から言うのは恥ずかしいですが……私の気持ちはご存知ですよね」
「ああ、わかっている」
ミリアンは俺のことを愛している。
むう……顔がどんどん熱くなってくる。
「あの……昨日もお話したように、今の関係で満足しています。教育の度に……あのようになってしまうのは、チェスリーさんがやりにくいと思いまして、ちゃんと話しておこうと」
「しかし、それを抑えるのは難しいんじゃないかい?」
「そこで提案です。ちょっぴりサービスしてもらえば感情が抑制できるのではないかと」
「サービスねえ。具体的には何をすればいいの?」
「キス……ですね。恐らくそれで大丈夫です」
「えええ!……いいの?」
「はい。キスぐらいなら問題ないかな~と」
軽くいってるけど、俺キスすらしたことなかったような……。
キスかあ……お互い好きなんだし、これぐらいならいいよね。
それ以上に進むと、いろいろ問題があるんだけど……うん。
「で……では試してみようか」
「……はい。では昨日練習した場所へ移動しましょう」
俺とミリアンは転移で練習場所へ移動した。
……ちょっと緊張してきた。
「【一望千里】の魔力を流すよ」
「はい、いつでもどうぞ」
【一望千里】の魔力制御を行い、ミリアンの顔を両手で包みながら魔力を流す。
「どうかな?」
「……うっ、や……やっぱり無理……お願……いします」
俺も男だ。
ここでヘタレている場合ではないだろう。
ミリアンにそっと口づけを……した。
口を合わせるだけのキス、少し時間を置いて……顔を離す。
「ミリアン?」
「……思ったとおりです。すぐに感情は収まりました」
「そ、そうか。それはよかった」
「ふふっ、これでもうチェスリーさんに教育を受けても大丈夫ですね」
「え……毎回キスするの?」
「ええ、これなら教育も効率よくなりますし、目標に支障はありませんよね」
……うん、何かそれでいいような気がしてきた。
いや、ちょっと待てよ。
「あのさ、他のクランメンバーはどうすればいいと思う?」
「え?キスすればいいじゃないですか」
「えーー。そ、それってメアリもその中に入ってる?」
「はい。彼女も既に感情を抑えきれていませんからね。キスで落ち着くと思いますよ」
俺としては嬉しくても、複数の女性とキスしまくる男ってどうなのよ。
……貴族の中には、複数の女性を愛人として囲っている例もある。
それに比べたらキスぐらいなら。
「いや、ちょっと待って。他のメンバーはともかく、メアリは弟子なんだけど?」
「ふふっ、私たちも弟子と言えますよ。それにメアリさんは既に目で語れますから」
「その目で語る基準が俺にはわからないんだが。ミリアンは俺が他の女性とキスしてもいいの?」
「チェスリーさんを一人占めするつもりもありませし、今のクランメンバーなら構わないですよ」
……実にあっさりと返されてしまった。
目で語る云々はわからないけど、ミリアンとメアリが教育で同じ態度になるってことは、そういうことなんだろう。
このままだと女性関係にだらしない男になりそうだが……。
……逆にこれを意欲に変えるってのはありなんじゃないかな。
殲滅という殺伐とした目標だけでは、人間としておかしくなりそうな気がする。
……これはマックリンあたりに聞いてみたほうがよさそうだな。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
次回は「ヴェロニアの後悔と開き直り」でお会いしましょう。




