第32話 スキル修得開始
翌日は、返事を待たせていることもあり、早速クラン『暁の刃』を訪問することにした。
治療の対価として要求するのは、スキルを教えてもらうことだ。
盗賊退治にも活躍した、【嗅覚】【察知】は便利なので覚えておきたい。
その他にも珍しいスキルがあれば、情報提供してもらうつもりでいる。
少々厚かましいお願いではあるが、今回の対価としてなら、教えてもらえるだろうと言われている。
クラン『暁の刃』の拠点に行くと、すぐにキャシーが出迎えてくれた。
「ようこそ!チェスリーさん、さささっ、どうぞこちらへ」
キャシーに案内され、応接室で待つことに。
しばらく待つと、オーガスを連れて戻ってきた。
「先日は世話になった。おかげで命拾いしたぜ」
「いえいえ、大事に至らなくてよかった。もう動いて大丈夫なのか?」
「ああ、探索は控えているが、動く程度なら問題ない。血を流しすぎたから、多少ふらつく程度だ」
「傷の方はどうなったかな、その後の経過が気になっていたんだ」
「傷も綺麗に治りつつある。しばらくすれば、跡も残らなそうだ。お前さんの治療は凄いな。うちの聖魔法使いがハイヒールを掛けても治らなかったものを治しちまうんだからな」
まさかあの場で試して作りましたとは、言えないよな。
「ははは……しかし酷い目にあわされたものだな」
「うむ……慎重に行動していたつもりだったが、あの罠にはまいった。仕掛けで動作する罠じゃなく魔物に指示して、壁になるような岩を落としたみたいなんだ。押し潰すことを狙ったのかもしれないが、避けた結果パーティーが分断されてしまった」
強い攻撃力を魔物は、それだけでも脅威だ。
さらに知恵をつけた魔物は、脅威度が跳ね上がる。
「あんなでかい岩はどうしようもなくてな。戻る道は未探索のところを行くしかなくなった。あのハイオークどもを避けれてりゃ、あんなことにはならなかったんだがな」
「知恵のある魔物か……本当にやっかいだな……」
「ああ、だが命を救われたおかげで、あの出来事はいい経験になった。死んでたらお終いだからな。本当に感謝する」
「どういたしまして。それで治療の報酬について、話しをしたいがいいだろうか?」
「うむ、命の恩だ。心して聞こう」
「俺とミリアンをクランで修行させてほしい」
「はい?」
「俺のクランは『百錬自得』という名で、スキルを研究するために結成したんだ。その活動のため、『暁の刃』のメンバーが持つスキルを研究させてもらいたい」
「ほう……。どのように研究するんだ?」
ここでミリアンからの説明が始まる。
「皆さんのスキルを教えていただきます。魔法であれば、魔力制御を実際に流していただきます。その他のスキルは、実際に使っているところを見せていただき、可能であれば指導もお願いしたいです」
「魔法の話はわかる。しかし、その他のスキルはどう指導するかわからないものもある。それで研究になるのか?」
「ええ、問題ないです。全て上手くいくとは思っていません。今回の方法でダメであれば、また別の方法を探すことも研究の一つです」
「……なるほど。俺らのクランが持つスキルを教えること、そして指導する労働の提供か」
「はい、それらを対価として提供いただきたいのです」
「……期間はどれぐらいだ?俺らも1人死なせちまった後だ。すぐにダンジョンに突っ込む気はしねえから、許容範囲なら力を貸してもいい」
「期間は10日でいかがでしょうか?進捗によっては短くしますが、最長で10日です」
「……わかった。協力させてもらおう」
「そうか!ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ。但し、成果が上がらなくても文句言わないようにな」
こうして俺とミリアンは、『暁の刃』でスキル修得を行うことになった。
最初は俺だけでやるつもりだったが、俺の他全員の反対により、ミリアンもいっしょに来ることになった。
どうにも仲間の信頼がないように思える。
ここらで挽回したいところだ。
修得は魔法系から始めることにした。
ミリアンの魔力量なら、上級の魔法も使いこなせる可能性が高い。
『暁の刃』のメンバーで、火魔法の上級、風魔法の上級が使える人がいるので、この2人に講師をお願いする。
先ずは火魔法。
その名の通り、火を生み出す魔法だ。
命中時の威力が高く、命中後の炎症ダメージも期待できる。
魔力制御で火の形を変えることで、いろんな状況に対応させることができる。
代表的なものが、球のファイヤボール、矢のファイヤアロー、壁のファイヤウォールである。
中級や上級の魔法は、基本の初級魔法の威力を高めたものである。
応用として、複数の火を同時に発生させたりすることも可能だ。
俺は火の形状変化は得意だが、魔力量のせいで中級相当の威力が出せない。
ミリアンが火魔法を教えてもらうと、形状変化はまだまだだが、中級相当の威力のファイヤーボールが使えるようになった。
ミリアンさんマジ優秀。
次は風魔法。
風を生み出す魔法だ。
威力は火に劣るが、速度が速いのが特徴である。
風も形状を変化させるが、球や壁にするのには適していない。
刃のように薄く打ち出したり、回転させて竜巻を発生させたり、風に適した形状で使用する。
代表的なものは、刃のウインドカッター、竜巻のストームである。
俺の風魔法は、やっぱり威力が低いので、そよ風を起こして毒を運んだり、小さめのストームで土を巻き上げ目暗まししたりと、補助的な使い方をする。
ミリアンは風魔法を覚えられなかったようだ。
属性の種類により、適性が低いと覚えられない場合もある。
魔法系の次は、特殊なスキルを学ぶことにする。
【察知】と【嗅覚】だ。
スキルを持っているものは、察知だと気配を感じる練習をしたり、嗅覚だと匂いを嗅ぎ分ける練習をすればいいのだが、スキルを持たないものは、なかなか修得できない。
しかし、人の能力を超えたスキルは、魔力が関係しているのではないかと推測している。
もし魔力視の頭巾で、スキルの魔力を視ることができれば、修得できるかもしれない。
【察知】持ちはモーナさんだ。
女性で20歳、少し小柄なかわいい雰囲気の人だ。
「チェスリーさんお久しぶりです。私はどのようにスキルを教えればいいでしょう?」
「スキルを使って見せてください。使い方が複数あるなら、それぞれ見せてほしいです」
「わかりました。全方向察知と前方重点察知を順番にお見せします」
俺は魔力視の頭巾を被り、魔力の流れを視る。
想定が当たっていた。
【察知】は、魔力が能力を補助するように働いている。
全方向は周り全てに、前方重視は前方に向かって、膜のような魔力が放出されている。
魔力色はどこかで見たことがあるような、シアンに近い色だった。
転移魔法以外で放出する魔力を視たのは初めてだな。
【嗅覚】持ちはバイロブさんだ。
男性で26歳、細身でいかにも素早い感じがする。
【嗅覚】で匂いを嗅ぎ分けているところを見ると、鼻に魔力が補助的に働いているのが視える。
魔力色は緑に近い色だ。
結果から言うと、【察知】と【嗅覚】は両方修得することができた。
普段よりは察知や嗅覚が鋭くなった感覚はあるが、まだ実践レベルには及ばない。
どちらも練習して熟練していかなければならないだろう。
最後に武術系のスキルを見せてもらう。
武術系は練習によって熟練することでしか身につかないと思っていたので、今回の修得は期待していなかった。
しかし、魔力視の頭巾で視ると、技を振るう時に補助的な魔力が働いていることがわかった。
スキルを持たないものより、スキル持ちのほうが早く上達するのは、魔力による補助のおかげであることが判明した。
俺の武術はそこそこしか上達しなかったが、この魔力補助を覚えれば、上級レベルに達することができるかもしれない。
クランで修行を始めてから7日間経過した。
俺は魔力量が少ないので、上級魔法の訓練より、武術系と特殊系を重点に訓練していた。
ミリアンは護身用の短剣術と、魔法系を重点に訓練している。
最後の仕上げに、俺は【剣術】スキル持ちのダンと模擬戦を行っている。
ダンはベテランの剣士で、先日オーガスが大怪我した時にも同行していたようだ。
攻撃型で、相手に付け入る隙を与えないスタイルだ。
ダンの連撃を剣で受け流し、身を躱し、耐え忍ぶ。
ダンの勢いは凄まじく速く、鋭い。
頭、胴、足など、少しでも隙を見せると打ち込まれそうだ。
俺の剣は元々受け流しを得意としている。
攻撃力が欠けていたので、苦渋の選択ではあるが……。
魔力の補助を覚えたことで、受け流しや身のこなしが、以前よりずっとスムーズになり、キレがよくなった。
魔班病治療で目が鍛えられたのか、動体視力も向上している。
……ここだ!
受け流しで相手の体制が僅かに崩れたところを狙い、魔力補助を腕に集中、一気に剣をはじき上げる。
ダンの剣が宙を舞った。
「まいった!降参だ」
「ありがとうございました」
ダンの降伏で、決着はついた。
今までだと絶対勝てなかった相手に勝利できたことで、訓練の成果をはっきり感じた。
「いやあ、この短期間でえらく強くなったな。わしの剣を受け切れる奴はそういないぞ」
「ダンさんの動きをよく見せてもらったおかげですね。初見ではとても捌ききれませんよ」
「師匠お疲れ様です。これをお使いください」
見学していたメアリが、かいがいしくタオルを持ってきてくれた。
修練を始めてから、まるで付き人のように世話をやいてくれる。
いや、嬉しいんだよ?
でもミリアンの目がたまに鋭く光るんだ。
以前の修練だけでは成し得なかった上級に相当する武術に達することができた。
魔力の補助を覚えた今、様々なことに応用ができるだろう。
こうして俺は、『暁の刃』でのスキル修得を終えた。
次回は「クラン会議と新たな仕事」でお会いしましょう。