第30話 お人よしの意味
キャシーが落ち着いたところで、オーガスがどうして怪我を負うことになったかを教えてくれた。
ダンジョンの未踏破区域を10人構成のパーティーで探索していた時に、ダンジョンの罠が発動した。
その罠で通路を塞ぐ岩が落下し、前衛4人と後衛6人が分断されてしまう。
それぞれ迂回路を捜し、合流しようとしていたが、前衛4人が多数のハイオークに遭遇してしまった。
後衛の援護があれば問題なく切り抜けられたはずだが、前衛4人だけで凌ぎきるのは難しかったようだ。
何とか倒しきったが、1人が死亡してしまい、オーガスは重傷を負ってしまう。
その後、何とか分断された後衛組と合流でき、ダンジョン内の拠点まで戻った。
ダンジョン内の拠点からは、近道が確保されており、治療の魔法ができるものが常に魔法をかけつつオーガスを搬送し、ようやく事務所まで戻ってきたということだ。
地上の探索に比べ、ダンジョンの探索は難易度が桁違いに高い。
ダンジョンの罠は知恵のある魔物が、落とし穴や落石などを仕掛けているようだ。
特に未踏破区域では、先の地形がわからないので、戦闘をするにしても味方に有利な状況が作れないこともある。
さらに退路を断たれるような状況では、正面突破しかなくなることもある。
もし転移魔法があれば、どのような状況でも撤退の選択が可能になるのだが……。
俺が未発見ダンジョンを探索した時は、ダンジョンの構造が単純で敵も弱かった。
ボス部屋の戦闘も、戦術をたて魔法を練習する余裕さえあった。
この余裕がなければ、弱小と言われるコボルド相手でさえ、あの数を相手にすることはできなかっただろう。
その後はキャシーがお礼がしたいと言い始め、金銭を渡そうとしてきたり、武器や素材を渡そうとしてきたり、メアリを差し出そうとしたり、収拾がつかなくなってきたので、受け取りは拒否した。
一度落ち着いてから、後日改めてお話をさせてほしいと、ミリアンが提案した。
キャシーも了承したので、やっと俺たちは伯爵別邸に戻れることになった。
正直助かった。
あのキャシーの興奮状態では、話がまとまりそうになかったし、俺も疲れ果てていたのだ。
「ミリアン、助かったよ。俺1人だと、いまだに帰ってこられなかったかもしれないよ」
「ふふっ、少しでもお役に立ててよかったです。オーガスさんは皆に慕われてるようですし、その命を救った恩人ともなれば、あのような状況になるのもわかります」
「うん……。しかし、治療が成功したからよかったが、治療の魔法を使ったことがなかったと知られたら、騙して実験したことになってたな……」
「……冷たい言い方ですが、私はあの場で失敗しても問題ないと考えていました」
「え?……どうしてだい?」
「チェスリーさんのスキルで、上手くいけば助かるかも、とは思っていましたが、時間も限られた中で、その方法が見つかるかどうかはわかりませんでした」
「……そうだな」
「オーガスさんは既に危険な状態でした。クラン内で対処できない事態を招いた時点で、クランで責任をとる必要があります。例え失敗してもチェスリーさんに責任はありません」
確かにそうだが……。
それでも失敗していたら、俺は……。
「クランは目的を成すために、その障害となる事に対処できる人材を集め、計画を立て、実践する、そういうものだと考えています。本来は責任を持たない人が手を貸すべきではありませんよね」
「……それでも俺は手を貸したと思うよ。自分の責任も感じるだろう」
ミリアンは軽く微笑み、話を続ける。
「チェスリーさんがそういう人だから、私が助手をしています。実際に現場を見ていれば、チェスリーさんだけでは対処できないことも、お手伝いできるかもしれませんから」
「ああ、治療が終わった後のことは、ほんと助かったよ。ミリアンが話をつけてくれたから、何とかなったわけだし」
「ふふっ、キャシーさんは、オーガスさんのことを愛してるようですからね。失う怖さから助かった安心感で、感情が抑えられなかったのでしょうね」
「俺もオーガスを死なせたくなかったから、治療が成功してよかったよ。あっ、後日改めて話をすることになったけど、何か要求するつもりなのかい?」
「具体的にはまだ何も決めていません。しかし……瀕死のリーダーを救うというかなりの恩を売りましたからね……ジェロビンさん辺りだと、どう考えるのでしょうね」
「今ちょっと寒気がしたんだが」
「私もです」
2人で笑い合ってしまった。
ジェロビンには内緒だな。
「それにしても...改めて凄いですね。チェスリーさんのお力は」
「今回は自分でもそう感じたよ……。今までは魔道具のおかげで、自分の力は大したことないと思っていた。しかし、あの場で見ただけで治療の魔法を修得し、推測が成功したとはいえ上級の聖魔法に匹敵する魔法を使えたんだからな……」
「ふふっ、スキルも確かに凄いですが、私が感じるチェスリーさんのお力は性格だと思いますよ」
「性格?」
「ええ、皆さんは”お人よし”と表現しますが、その中に含まれるものは、自己より他人を優先する行為や、他人の事も真摯に思考する、というものだと思います。私の病気にしても、自分が治療できるとわかった時点で、治療に赴くことに何の疑問も持たなかったと聞いています」
「……それは当たり前のことじゃないのか?」
「それを当たり前と思える人ばかりではないという事です。例えは悪いですが……もし以前話していただいた侯爵様がその立場だと、チェスリーさんのように行動したでしょうか?」
「……貴族と平民の身分差があるから、単純に言えないが……まあ何もしなかっただろうな」
「ふふっ、”お人よし”は、揶揄することにも使われますが、決して悪い印象ばかりではないということです」
「そっか、ありがとう。少しは自信持てるようになりそうだ」
「はい!」
『暁の刃』への返答を相談したいので、一度マクナルへ戻ることにした。
伯爵様に挨拶をすませ、クランの仮事務所でくつろいでいると、ローズリーちゃんが遊びにきた。
本を読んでほしいみたいだ。
隣の椅子に座らせて本を読んであげていたが、一緒に本を見たいと言い、膝の上にのってきた。
そこまで小さい子じゃないんだけどな……。
拒否することもできず、そのまま本を読み続ける。
ちょうど本を読み終わるところで、事務所の扉が開き、何人か中へ入ってきたようだ。
ヴェロニア、ミリアン、エドモンダ伯爵様、ジェロビンの4人だった。
「……あんた妙にそうしてるのが合ってるわね」
「ふふっ、よろしいではないですか」
「ローズリーは本当によく懐いているな。やはりあの話を進めるべきか...」
「へへっ、旦那は無害でやすからね」
それぞれが勝手なことを述べている。
多少不穏な発言も見られるが、気にするほどではないな……多分。
「ローズリー、お話があるから、席を外してもらえるかな」
「はーい。またね、おじちゃん」
「うん、またね」
ローズリーが退室した後、伯爵様が上座に座り、他の人も席に着いた。
「それでは、第3回クラン会議を行う」
「ちょっと待ってください。1,2回はどうなったのですか?」
「あんたが不参加のうちに終わったに決まってるじゃない」
ヴェロニアの冷静な物言いに、思わず納得しそうになったが、いやいや、そうじゃないだろ。
「何故に俺がいないときに開催してるの?」
「そりゃあ、あんたがいない時に話したほうが進みやすい内容だから、だよね」
「何それ、意味わかんない」
「ごほんっ、君たちが話し始めると止まらないからな。話を続けるぞ」
抗議があっけなく拒否された。悲しい。
「議題がいろいろあるからな。先ずは魔力視の魔道具からいこう。ヴェロニアくん頼む」
「はい。え~と、魔力視の眼鏡という、比較的安価で作成できる魔道具が完成したわ。使う素材で数を揃えるのが難しいものもあって、まだ量産できないけど、10個ぐらいは用意できそうよ」
おお、10個とはいえ安価で作れたのは大きいな。
「次はわしからだ。治療師にする闇、光の魔法使いを3人づつ、闇・光の両方が使えるものを1人雇い入れた。治療の教育を、チェスリーくんにお願いしたい」
「わかりました」
「次にミリアンくん。今回の遠征の報告を頼む」
「はい。治療依頼の22件、全て無事に終わりました。その他に、孤児院への訪問2か所、内1か所で魔斑病患者を治療しています。そしてクラン『暁の刃』に訪問した際に、偶然ですがリーダーの命を救うという成果を挙げています」
「うむ、大変結構だ。やはりチェスリーくんを、ある程度自由にする方針は間違っていなかったな」
えぇ……それが第1回か第2回の内容だったのかな……。
「ミリアンくんから見て、チェスリーくんの秘密について、どのようなことが想定されるかね?」
「はい。孤児院の魔斑病治療のことは、念のため口止めしています。例え漏れたとしても、治療体制が整えば問題ありません。『暁の刃』での治療は、元より治療師として認識されていたため、レアスキルに気付く心配は薄いと考えます」
「よろしい。ただクラン『暁の刃』は人数も多い。リーダーの命を救った対価の一つとして、チェスリーくんのことが広まらないよう注意しておくことにしよう。『暁の刃』への要求は、わしがまとめて書いておく」
「了解しました」
ははは、俺の意見なしでもどんどん決まっていくぞ。
「次の案件は、クランの命名だ。チェスリーくんが決めてくれるかね?」
「え!?え~と、すいません。何も考えてなかったです」
「それじゃあたしから提案するわ。いっそ『百錬自得』でいいんじゃないかしら」
「えええ!秘密にしてるスキル名つけちゃうの!?」
俺は驚いているが、他の人は納得したような顔をしている。
「ほう、わしらの目的でもあるし、いい名前ではないかな」
「なるほど、一理ありますね」
「へへっ、旦那の神輿を担ぐにゃ、ちょうどいい名前でやす」
伯爵様、ミリアン、ジェロビンは賛成のようだ。
う~ん、俺だけ違和感を感じているのだろうか。
確かにレアスキルを諦めていた時は、秘密にする意味さえなかったが、今は【百錬自得】でレアスキルを修得できる事実を隠したいわけだし。
「それでは、私から補足いたしますね」
俺が首を傾げているので、ミリアンが説明してくれるようだ。
「【百錬自得】スキルについては、効果を隠したいのであって、スキル名は知られても問題ありません。むしろクランの名前にすることで、口に出しても自然になります」
「あ、なるほど」
「クランの目的に合っているのもいいですね。スキルを学ぶ際に”同じことを百回反復して行なえば、自然に反復したことが自分の身につく”という意味は説明しやすいです」
「ふむ……。言われてみればそうか。レアスキルが修得できるってところだけ注意すればいいんだな」
「要するに、あんたが隠そうとしてもダメだから、なるべく自然と隠れるようにしましょうってことよ」
「ぶっちゃけたな!」
ヴェロニアめ……。
合ってるだけに困る。
「ではクラン名は『百錬自得』で決定だ。次の案件は、ジェロビンくんのクラン調査状況だ」
「へい、ダンジョン探索に有用なスキルを持つ冒険者のクランを、3つほど調査済みでやす」
「……ジェロビン、何故俺がダンジョン探索に行きたがっていることを知っている?」
「へっへっへっ、これだから旦那は迂闊でやすよ。レアスキルを持つ人に会うために、ダンジョン攻略のクランに入りたいって話はしやしたが、”行きたがっている”とは聞いてないでやすよ」
「あっ!?」
うわーー、何で俺はこうなんだ。
レアスキル以上に、誰にもしゃべったことなかったのに。
気を許した仲間相手だと、どうにも自分の本音が隠せない。
「へっへっ、薄々気づいてやしたけどね。レアスキル修得はいいとして、修得した後はどうするでやしょうってね。やはりダンジョン攻略でやしたか」
「……ああ、その通りだ。今では力がなさすぎて誰にも言えなかったけどな」
「へへ、旦那が順調にスキルを学べば、夢じゃなくなりやすぜ」
「そうだな。しかし今の実力では、まだまだ夢の話だ」
「チェスリーくん、わしもダンジョンの事は気に留めておる。人類にとって最大の脅威だからな。今は段階を踏んで力を貯める時だ。焦らぬようにな」
「はい、エドモンダ伯爵様。注意いたします」
「そうでやすね。調査したクランの一つは『暁の刃』でやす。治療の教育が終わったあと、最初にいくことになりやすね」
「おお……そうだったのか」
「残念ながら、レアスキル持ちがいるクランは、もうちっとばかし調査をお待ちくださいやせ」
「では次の案件に行こう。クランの追加メンバーの話だ。治療時に調査した資料はミリアンくんが、まとめてくれているので、明日中に全員目を通しておいてくれ」
全員が頷き了承する。
「最後に注意事項だ。魔道具の安価な開発方法については、秘匿事項とする。チェスリーくんは魔力視の頭巾を貸したり、何か話したりすることは厳禁だ。ミリアンくん、監視をよろしく頼む」
ミリアンに頼んじゃった!
自分のこれまでの行いを考えれば当然だが……。
「以上だ。第3回クラン会議を終了する」
こうして俺にとっては初だが、第3回のクラン会議が終わった。
次回は「魔班病治療師の壁」でお会いしましょう。
2章の最終話になります。




