第28話 仲間がいる安心感
ベッドで寝ていた子が人形を持とうしたところで、偶然見えてしまった。
腕に赤く浮き出た斑点。
これだけでは、魔斑病かどうかわからない。
他の病気でも赤い斑点がでるものがあるかどうか、医療の知識に乏しい俺にはわからない。
上半身だけとはいえ、起き上がっているので、重症ではないのかもしれない。
エドモンダ伯爵様が、魔斑病治療の情報を制限しているのは、俺のためだ。
魔斑病が治療できるという事実が、今拡散して知れわたれば、どんな混乱が生じるか...。
そのため、魔斑病の治療体制が整うまで、勝手な事をするわけにはいかない。
そう、理解はしていたはずだ。
手を出せば準備を進めてくれている仲間にも迷惑がかかる。
しかし...、患者の存在を知ってしまえば...俺は無視できない。
だが、今一番やってはいけないことだけはわかる。
俺の感情のままに行動してしまうことだ。
頼れる助手はすぐ隣にいるじゃないか。
「ミリアン、話がある。2人だけになれるところへ移動しよう」
「は、はいっ」
院長さんとアリステラに、少し2人で話をしたいと断りを入れ、部屋を貸してもらえることになった。
「ミリアン……実はな……」
「はいっ、ま、まさかこのタイミングでとは、予想していませんでしたが、わ、私ならいつでも準備できていますから」
「え?」
「あのっ、ヴェロニアさんにも、チェスリーさんが望むなら、と……い、言われてまして!」
「いや、今ヴェロニア関係ないし、あ、いや全く無関係ではないけど」
「そうですよね、2人だけの問題ですから。ふう~~、すみません。続きをどうぞ」
「2人だけの問題でもないんだが……。実はな……魔斑病患者がここにいるかもしれないんだ」
「へ?」
ミリアンは首を傾げて固まってしまった。
目の前で手の平をひらひらさせても、反応がない。
ミリアンのこんな顔初めて見たな。
ちょっとかわいい。
「はっ、すみません。えーと、魔斑病の患者さん?」
「お、そう。話を聞いてみないと何とも言えないが、ベッドに寝ていた子の腕に赤い斑点が見えたんだ」
「……なるほど。ヴェロニアさんが言ってたのはこういうことですか」
「ん?何かヴェロニアが言ってた?」
「いえいえ、こちらのお話です。それで、どうなさりたいですか?」
「うん……院長さんに話を聞いて、もし魔斑病なら治療してあげたいと思うんだ。しかし、まだ魔班病の治療体制は整っていない。どうするかミリアンと相談したいと思ってね」
「ここで治療することで、どういう事態が起こる可能性があるか、おわかりになっていますか?」
「ああ、例え口止めしても、事実は隠しきれないかもしれない。せっかく準備してくれてる皆に迷惑がかかるかもしれない。でも見たからには、知ったからには、無視することができないんだ」
ミリアンは少しだけ間を置いた後、微笑んで返答してくれた。
「それでは院長さんに、お話を伺いましょう」
「いいのか?」
「ええ、ジェロビンさんから伯爵様に、こういう事態があるかもしれないと助言されていたそうです。その場合、チェスリーさんのやりたいように、とのことでした」
「え……わかっていて、そんな」
「チェスリーさんお1人で抱え込むことはありません。クランは既に活動していますし、許容できる範囲は広くなっています。どうしても駄目な場合はお止めしますが、それ以外は自由に動いていいとのことです」
ちょっと涙滲んできた……。
俺のことを理解してくれる仲間がいるとわかって……ん?助言?
俺、ジェロビンに見抜かれすぎてないかな。
……いまさらか。
「ありがとう。あ、さっきミリアンは何と勘違いしたの?」
「い、いえ。特には何も」
「……意地悪だったね。ミリアンのこと、ちゃんと考えてるから。いますぐは――」
「い、いえ!それで問題ありません」
「それと、そこで聞き耳を立てている人、こっちに来てもらえるかな」
アリステラが、おずおずと部屋に入ってきた。
「すみません、お気づきでしたか」
「これでも冒険者の端くれだからね。さすがに消してもいない気配ぐらいは気づきますよ」
「まあっ、頼もしいですわ」
「よし、院長さんに話を聞きに行こう」
「あれ?私のことこれだけ?何で聞いてたんだ……とかの問い詰めですとか……」
アリステラが不満げにしていたが、盗み聞きの罰で無視することにした。
院長さんに話を聞くと、ベッドで寝ていた子は、2週間前から寝込んでいるらしい。
それほど症状は重くないようだが、魔斑病は徐々に重症化する。
やはり気になるので、診察させてもらうことにした。
魔力視の頭巾で魔力の流れを視る……滞留が見つかった。
院長さんには、他言無用をお願いし、治療することにした。
初期段階は滞留も小さいので、治療はすぐに終わる。
今回は寄付にきたという理由で、治療費も寄付するということにした。
孤児院の訪問は終わり、アリステラをブラハード子爵邸まで送る。
「チェスリー様、ミリアンお姉さま、本日はありがとうございました」
「アリステラさんの人形のおかげで、いい経験ができたよ。こちらこそありがとう」
「おねえさま……あの私は平民ですし、そのように呼ばれると困ってしまいます」
「問題ありません!私の本当のお姉さま方は、お嫁にいってしまい会うことはありませんから」
「いえ……そういう意味ではないのですが……」
「まあ、いいじゃないか。俺も様付けは遠慮したが、ブラハード子爵様に押し切られてしまってな」
「そうでしたか……。ではアリステラ様、私も良い体験ができました。ありがとうございました」
「チェスリー様は今後も王都にいらっしゃるのでしょうか?」
「そうだな、治療の依頼も残っているし、また別の用事でも王都に来ることになりそうだ」
「わかりました。また訪問いただけると嬉しいです!」
アリステラと別れ、ミリアンと二人伯爵別邸に戻る。
本当は今日中にもう一つの訪問先も訪れるつもりだったのだが、孤児院訪問で時間がなくなってしまった。
「チェスリーさん、もう一つの訪問先はどこなのですか?」
「クラン『暁の刃』のクランリーダー、オーガスを訪ねるつもりだ」
「王都のクランの方とお知り合いなのですね」
「偶然治療をするはずだった侯爵様の息子が誘拐され、捜索に加わることになってね。その時の捜索隊のリーダーがオーガスだったんだ」
「それは……偶然にしても凄いことに巻き込まれていますね」
「全くだ。しかし、それがきっかけで仲良くなって、訪れてほしいと言われたんだ」
「ふふっ、チェスリーさんを知った方達は、みなそのように言いますのね」
「みんな……ではないと思うけどね。お人よしで無害と見てくれるのかも」
「私もその1人なわけですが、それだけではありませんよ。自信をお持ちください」
「……うん、ありがとう。では明日も治療依頼がなければ、オーガスを訪ねることにしよう」
「はい、了解です!」
翌日。
治療先の転移陣が間に合ったようで、クラン訪問は後回しになった。
転移先は、全て伯爵様が借りてくれた建物で、安心して転移ができる。
しかし、あちこちを短い日数で回るため、名前と顔は隠すよう言われていた。
顔を隠すのは、シルビアも使っていた仮面だ。
俺もこれを被るときがくるとは……。
ミリアンも同様に仮面を被っている。
傍から見ると、怪しさ満点の二人組で、余計に目立ってる感が半端ない。
訪問先は事前に連絡がしていたこともあり、特に咎められることもなかったが、街中では下手に買い食いもできない。
こうして、10日間で16件の治療依頼を終わらせた。
転移も使いまくったため、俺が1日で使える転移の限界までわかってしまった。
治療も多少魔力を使うため、正確ではないが、精々4回が限度だ。
往復で転移を使うため、1日2件までしか、転移で移動しての治療はできない。
「チェスリーさん、お疲れさまでした」
「ミリアンもお疲れさま。何事もなく全て治療できてよかったよ。まあ中には軽い症状の人もいたけれど……」
「軽いといっても、それなりに辛いですからね。私も症状が軽い時は、そのまま働いていたりしましたが、気分は最悪でした」
「ミリアンは休みなしで働かされてたんだよな……」
「利益を重視してしまうと、そうなってしまうのでしょうね。体調が悪いから休むとは、言い辛い雰囲気もありますし、他の方も休みなく働いていますから……」
「冒険者はきつい仕事だからこそ、休みを重視するんだ。いざという時に、力が出せないと終わりだからね。商会でも成功するところは、そういう考え方を持っていると思うんだけどな」
「経営する方の方針もあるのでしょうが、すぐ命に係わるものではないので、軽視しているのでしょうね。ふふっ、今回の治療も無理させてしまったかもしれませんね」
「ああ……治療師は本当に大変だな。人命がかかっていると弱音が出しにくい。治療体制が整っても最初は忙しくなりそうだし、伯爵様に待遇についての話をしておくよ」
「そうですね。では治療依頼は本日で終了です。明日はゆっくりお休みください」
「そうだな。あ、オーガスに会いに行くの明日にしようか」
「ん~。ご無理なさってはダメですよ」
「会話するぐらいなら平気だよ。移動は馬車も使えるし、久々に仮面から解放されることだしな」
「ふふっ、私は仮面被るの楽しかったです。普段と全く違う自分になった気がしました」
「案外物好きなんだな……。でも俺も気持ちはわかるような」
「変身願望っていうものでしょうか。視線が多少気になりはしましたが……」
「ははっ、常に仮面は嫌だけど、たまには変装して出かけてみるのもよさそうだな」
「ですね。明日は普通におでかけしましょう」
オーガス達はどうしてるだろうか。
仕事中で会えないかもしれないが、訪ねてみることにしよう。
次回は「治療の魔法を見極めろ」でお会いしましょう。