第26話 クラン計画始動
エドモンダ伯爵邸の敷地内に、離れのこじんまりした建物がある。
こじんまりと言っても、2階建てで1階に3部屋、2階に1部屋で、俺の住んでいる平屋より十分に大きいのだが。
この建物を仮のクラン事務所として使わせてもらうことになった。
現在のクランメンバーは俺、ミリアン、ヴェロニアの3名。
昨日の話し合いの結果、ヴェロニアもクラン専用魔道具師という、何を作るのかよくわからない役割でクラン入りすることになった。
エドモンダ伯爵様に話したところで、そんなの受け入れられないだろうと思ってたが、ノリノリで承諾された。
うん……俺の感覚のほうがおかしいのだろうか。
意外だったのはジェロビンで、クランには加入しないという。
別に何かやりたいことがあるらしい。
今後も協力してくれるみたいだが、やりたい事って何だろうな?
ヴェロニアは、現在整理できている魔物素材の魔力種別や、魔力視の顕微鏡を使った鑑定方法を、ジェラリーさんを始めとした魔道具クランの面々に、引き継ぎを行っているようだ。
今後もヴェロニアは一員として参加するため、魔物素材の情報や新たな発見は、ヴェロニアからクランにも伝わることになる。
最初の重要案件は、魔力視ができる安価な魔道具の開発だ。
そして俺は、ジェロビンから魔斑病の治療に飛び回ることになると、気合いを入れていた。
……はずだったが、その前に転移陣をいっぱい準備しなさいと言われた。
とりあえず100枚書いた。
シルビアには、「またその番号だけの転移陣かい……」と苦笑されてしまったが、気にしないことにした。
単純なのじゃないと覚えられないんだからしかたないよね。
俺は間違っていない。
魔斑病治療師を増やすという計画が始動したので、患者情報の入手範囲も広げたようだ。
優先するのは重傷者で、アルパスカ王都で新たに6人見つかり、さらにアルパスカ王都周辺の町にも、重症者がいるらしく、新しく書いた転移陣を設置次第、治療に飛ぶことになっている。
早く治療師の体制が整ってもらいたいが、俺が治療してクランメンバーに誘うという、目的もあるので、忙しさはあまり変わらないかもしれないな……。
今回の王都での治療は、俺とミリアンの二人だけで行くことになった。
ミリアンには、転移ができることは既に教えている。
治療を行う先方には根回しが済んでおり、二人だけで訪問して問題ないとのことだ。
クランの活動の一環として、治療する魔斑病患者を、クランに勧誘するかどうか、一次見極めをミリアンが行うそうだ。
別に俺が見極めれば……と言いかけたところ、問答無用で却下された。
ミリアンは、「ついでに荷物も運んでくれんかね」と伯爵様から言われ、大量の物資を収納済みだ。
治療先を訪れる際の途中で、配送することになる。
すごく便利に使われちゃってる気がする。
アルパスカ王都への転移を行う。
王都の転移陣は『20番』だ。
そういえば、他の人を連れての転移と、王都への直接転移、どちらも初めてだな。
ミリアンさん、くっつかなくても大丈夫ですから。
一瞬の浮遊感の後、転移が終了。
「もう王都に着いたのですか?」
「ああ、俺が間違えてなければね」
見覚えのある伯爵別邸の倉庫だ。
これで転移する距離に、魔力量はほとんど関係ないことがわかったな。
「それでは、本日のご予定をお伝えします。デルバード男爵の4女クラレ様、マーテリ子爵の次女レリッサ様の治療を行います。治療後に商品の配送を2か所に行います」
おお、何か秘書っぽい。
美人秘書を連れて仕事をするなんて、考えたこともなかった。
2年ぐらい前の俺に、頑張ればこんな良いこともあるんだぞって教えてやりたい。
「チェスリー様?ちゃんと聞いておられますか?」
「あ、はい。問題ないです」
「も~しっかりお願いしますね!」
浮かれてる場合じゃないぞ。
患者が待っているんだ。
予定通り、デルバード男爵邸を訪れる。
伯爵様からの紹介状を見せると、すぐにクラレ様の元へ案内された。
話が早くて助かるね。
クラレ様は18歳、病状が発生してから半年ぐらいになる。
魔力視の頭巾で診察すると、魔力の滞留は3か所あった。
新治療方法は時間はかからないが、手で触れて魔力を流すことは同じだ。
そして今回はちょっと際どいところに……。
下腹部に手を触れ魔力を流す……よし、治った。
次は左右の胸の下に手を触れ魔力を流す……。
ミリアンの視線が鋭い気がする……いつも以上の重圧を感じてしまうな。
……治療は無事に終了した。
次はマーテリ子爵邸に移動だ。
こちらもすぐにレリッサ様の元へ案内される。
レリッサ様は16歳、病状が発生してから8ヶ月ほどになる。
魔力の滞留は……2か所だ。
今度は下腹部と背中なので、余計な重圧はかからなくて済みそうだ。
……と思っていたが、ミリアンの鋭い視線は弱まることなく、俺に重圧をかける。
……治療は無事に終了した。
治療が終わった後の馬車の中で、ミリアンは猛烈に紙に何かを書き留めている。
チラッと何が書いてあるか見ようとしたら、「チェスリー様にはお見せできないのです」ときっぱり断られた。
え~、それなら見てないところで書いてよ。
超気になる。
商品の配送も終わり、この日は伯爵別邸に泊まる。
ミリアンとはちゃんと別の部屋だよ。
翌日は残りの4人の治療だ。
順番に患者の元を訪れ治療を行い、特に問題なく全て終了した。
治療手順も慣れてきたはずなのに、いつもより精神的消耗が激しいのは何故だろう。
いや、分かってはいる……ミリアンの視線のせいってことは。
王都内の治療が終わったので、しばらく待機だな。
王都周辺の町の治療は転移陣が設置の連絡待ちになるからだ。
それより……ミリアンの様子を見ておこう。
ミリアンに与えられている部屋へ行ってみることにした。
「ミリアンさん、いまちょっといいかな」
「あ、はい、チェスリー様どうぞ」
また何か書き物でもしていたのかな。
机の上に紙とインクが置いてある。
「何かご用でしょうか?」
「うん。ミリアンさんの事でね」
「私の……何でしょうか?」
「仕事中のことだけど、力が入りすぎてないかな?と少し気になってね」
「あ……すみません。おっしゃる通りかもしれません」
「そうか、何か俺にできることはないかい?」
「い……いえ……」
あ、ミリアンが俯いて……な、泣いてる!?
うわー、どうしよう、困ったなあ。
俺こういうの全くどうしたらいいかわからないんだけど。
と、とりあえず…………頭でも撫でてみよう。
「あっ……ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そ、そう。それならよかった」
ミリアンは泣き止み、ため息を一つ着いた後に話し始めた。
「……チェスリー様といっしょにお仕事ができることが、私すごく嬉しかったのです。しっかりチェスリー様のお役に立ちたいと……ずっと緊張していました」
ミリアンはもう一度大きく一息つくと、話しを続ける。
「治療する患者さんがクランのメンバーに相応しいかどうか、偉そうに見極めるなどと言った手前、見逃しがないよう凝視していました。患者さんにとる態度ではありませんよね……。そう思うと情けなくて涙が出てしまいました……」
「……なるほどね。そんなに重圧を感じていたのか」
俺との初仕事でもあるし、精神的に追い詰められていたのだろう。
もっと早く気づいてあげればよかった……。
「ミリアン、俺の事を呼ぶときの様付けはやめよう。最初は確か、”様”ではなく”さん”だったよね」
「え?それは……何故でしょうか?」
「俺も君のこと呼び捨てにするよ。呼び方でどうこうってわけじゃないけど……もう少し気楽に行こうと思ってね」
「は……はい」
「確かに俺は君の恩人で、その……好意を持ってくれていると思う。でも俺はそんな大そうな人物でもないし、ミリアンとはもっと普通に仲良くなりたいと思ってるんだ」
「……」
「気のきいた事もなかなか言えないけどさ。ミリアンとは言いたい事を言い合える仲になりたいんだ」
「……ふふっ」
よかった……笑ってくれた。
「呼び捨ては無理なので、チェスリーさんと呼びますね。私……焦っていたのかもしれないです」
「ん?何をだい?」
「チェスリーさんの秘密を教えてもらい、私を助けてくれた人はこんなに凄い人だったのかと。私などが、いっしょに仕事をして手助けになるのかなと」
「まあ、レアスキルは持ってるけど、まだまだ使いこなせてもいない、ごく平凡な男だよ」
「ふふふっ、そこで平凡と言い切れるチェスリーさんが凄いですわ」
「俺からすれば、大容量の収納魔法を使いこなすミリアンのほうが凄いと思うよ」
「まあっ、ありがとうございます。……でもですね、チェスリーさんは私の命を救ってくれただけでなく、もう何人もの方の命を救っているのですよ?事実は認めていただき、私の恩人様を自慢させてください」
「あ、ああ、わかった」
「チェスリーさんは、これからレアスキルを使いこなして、もっと凄い人になるんですから!私もお手伝いさせてくださいね」
「うん、期待に応えられるよう頑張るよ。これからもよろしく」
ヴェロニアとあれだけ話が合うし、本来は話好きのはずだ。
事務的な事以外、ほとんど会話してなかったのも緊張していたからだろうな。
「仕事はしばらく待つだけだから、明日出かける予定なんだ。ミリアンもいっしょに来るかい?」
「はい。お供させてください。どちらにお出かけですか?」
「王都に来たら、寄ってくれと言われてるところが2つあるんだ。約束はしていないから、会えるかどうかはわからないが……最初はブラハード子爵様を訪問してみようかなと思ってね」
「その方も治療をした関係者ですか?」
「そうだね。……患者本人から直接お礼をいただいた二人目だね」
そういうと、ミリアンは少し顔を赤らめていた。
一人目はミリアンからいただいたキスだからね。
次回は「孤児院訪問」でお会いしましょう。




