第25話 女は目で語る、口はもっと語る
ミリアンを連れて伯爵邸からヴェロニア宅へ向かう。
道中ちょこちょこ寄り道し、屋台のお菓子を買ったり、商会を見て冷やかしたりと、ちょっとしたデート気分で通りを歩いた。
マクナルに来てから10日ほど経っていることもあり、伯爵邸近くのお店は、既に顔馴染みになっているところもあるようだ。
その中に俺が買い物に行っても、いつも不愛想な店主がいるが、ミリアンを見ると別人のようにデレッデレになっていた。
わかりやすい野郎め。
俺の心のブラックリスト、店編の欄に名前を刻む。
「ヴェロニア~。お菓子あげるから出ておいで~」
扉を叩きながら呼び掛けてみると、中からどたどたと音がして、ヴェロニアが現れた。
「お菓子ちょうだい!」
「お、おう。そうくるのか」
「ん?その後ろにいる、かわい子ちゃん誰?」
「紹介するよ。名前はミリアンさんで、あのマルコラスの妹さんだ」
「むむむっ!」
ヴェロニアがミリアンをジロジロ見ている。
敵か味方かの判別でもしているのだろうか。
初対面の人に失礼だから、そろそろやめてほしい。
「ヴェロニアさん、初めまして。ミリアンと申します。本日はお礼に伺いました」
おお、動じることなく返した。
「ヴェロニアです。ようこそいらっしゃいました」
「お邪魔しまーす」
「まだ入っていいと言ってないと、何度言わせるの!」
ヴェロニアの家に入り、お茶を用意する。
ヴェロニアの向かいに、俺とミリアンが並んで座る。
そして楽しい会話がはじま……なんで沈黙してるの?
「あ、えーと。ヴェロニアさん?」
「ん?今ちょっと忙しいから黙ってて」
「えぇ……」
忙しいって、向かい合って座ってるだけじゃん。
何が忙しいんだよ。
「ミリアンさん?」
「すみません、今少し手が離せないのです」
えええ、ミリアンまで!?
俺だけわかってないの??
脳波で話し合ったりとかしてるの?
俺にわかる会話してほしいんだけど。
しょうがないので、しばらくおとなしくしていることにした。
ちらっと二人を見ても、何もしてないようにしか見えない……え、目だけ激しく動いてる。
こわっ、何かこわっ。
「ふぅ、大体わかったわ。これからもよろしくね」
「こちらこそ、私たち仲良くできそうですね。よろしくお願いいたします」
「おいい!頼むから俺も会話に入れてくれよ」
「何言ってんのよ、ちゃんとあんたも話の中に出てきたんだから」
「ええ、むしろ中心……いえ何でもありません」
「はああ!?」
「女の子はね。大事な事は目で語れるの」
「聞いたことねえよ、そんな特殊技能。それに子ってガラじゃ...」
びしぃっ!
茶菓子の欠片が飛んできて、額に軽く突きささった。
とっても痛い。
「まあまあ。チェスリー様もいけませんよ。そういうことを言っては」
「いてえぇ……わかったよ」
「ヴェロニアさんに作成していただいた魔道具のおかげで、命を救われました。本当にありがとうございました」
「うんうん。私も嬉しいわ。こんなにいい子が助かって」
「あ、それでさ。ヴェロニアにも魔道具の協力依頼が伯爵様からくると思うから、よろしくな」
「ん……ああ、もう話しちゃったのね。もう少し整理してからにしようと思ったけど、あんたにしちゃ話すまでの時間がかかったほうか」
「俺が話すってわかってたようだな……」
「そりゃ口止めもしなかったし、あんたなら会話の流れで話しちゃうでしょうが」
「その通りで何も言い返せない」
「魔物素材の魔力識別なんて、わかっちゃえば隠すようなことでもないでしょ。そりゃ技術を独占したいとか、商会なら考えそうなことだけど。あんたのスキルみたいな個人に関わる事でもないし」
「でも俺しか魔力の色が視えないじゃないか?」
「うん、そこも解決済み。今回作った魔力視の顕微鏡なら、誰でも色が視えるようになるわ」
「おお!できたのか」
「ええ、ただね。魔道具は据え置きで、素材をその台の上に置かないと魔力が視えないわ」
「その方がいいかもな。魔力視で人の体を見ると、体の線がわかっちゃうし」
「……ほう。それは気づかなかったわ」
「え?……いや、視えるの知ってるよね?」
「あたしが視ても、体の線なんて見えないわよ。あんた色まで視えるから、体の線まで視えたんじゃないの?」
「ん。……今のは聞かなかったことに」
「そんなわけにいくか!」
「ぷっ、あはははははは!」
ミリアンが思わず噴き出したようだ。
いやはや、お恥ずかしい。
「あ~おかしい。お二人っていつもこんな感じでしょうか?」
「まあ、大体こんな感じだな」
「そうね。……あんたさっきのことは、忘れてないからね」
「……反省します」
「ともかく効果範囲が広い魔力視の魔道具は、あんた専用ね。研究が進めば全員が使えるようになるかもしれないけど、金貨数十枚も出して覗きみたいな真似をするような奴が……いないとも限らないのが怖いわねえ。覗き防止魔道具も作っておかないと……」
「実験ならお手伝いしますよ」
「いやあ、実験で覗き防止が失敗した時は視えちゃうよ?」
「まあその時はその時で。他の人を視ちゃうよりマシです」
「盛り上がってるとこ悪いけど、男を実験台にすればいいのでは?」
「ん~、面白みには欠けるわね」
「おまえは何に面白みを感じてるんだ」
「ふふっ、チェスリー様もそちらのほうが楽しみがありますよね」
「い、いや……はい」
「あんた正直ね。前にバカがつくけど」
うう……でも隠してもわかるだろうし。
俺だって男なんだから、野郎の裸より女性のほうがいいに決まってる。
「あ、ヴェロニアさんはどうするのですか?私はチェスリー様のクランに入ることになりましたが」
「え?何の話?」
「あ、すみません……今日お話があったばかりですね。先走ってしまいました……」
「かまわないよ、すぐ話すことだしな」
俺はヴェロニアに今日の出来事を話していく。
ジェロビンが伯爵様と共同でクランの話を進めていたこと。
魔斑病で治療した患者を優先して、クランメンバーに加えること、などを説明した。
「なるほどね。ジェロビンはよくわかってると思うわ。あんたじゃ加入初日にバレても驚かないわよ」
「それ俺が驚くんだけど」
「自分を見つめなおしなさい」
え~~いくらなんでも初日ぐらいは……。
うん、ないない、大丈夫だ、問題ない。
「……まあいいわ。その時はちゃんと何か考えてあげるから」
「よろしく頼む」
「あのっ、そういう場合は、私もいっしょに行きますから、フォローさせていただきます」
「ミリアンちゃんがいてくれてよかったわ。後何人かまともな人をつけたほうがいいかしら」
「ですね。クランのメンバーを増やすときがきたら、いっしょに選びませんか?」
「いいわね。でも女性ばかりになるかもしれないのよ。どうも魔斑病の傾向として、女性のほうが重症化しやすいみたいだし」
「う~ん、そこはしっかり選別すれば問題ないでしょうか」
「まあ、見極めるしかないわね。できれば技能は隠密みたいなのがほしいわね」
「陰から守る存在ですか……それ私もやってみたいです」
「ミリアンちゃん、そんな技能持ってるの?」
「いいえ。そこでヴェロニアさん、隠密の魔道具って作れないでしょうか?」
「ほ~、面白そうね。ちょっとやる気わいてきた」
「あ、これから多分忙しくなるのですよね……。時間が取れるようならで結構です」
「だいじょぶだいじょぶ、魔物素材の識別だけ終わらせたら、ジェラリーに押し付けるから」
「え~、ヴェロニアさんってば酷いです」
「酷くないわよ~。あたし魔道具は自分の好きな物しか作らないんだから!」
おいおい、話に混ざれなくなって、方向性もおかしいぞ。
二人の気が合うというのは、間違ってなかったけど、会ったばかりで随分話が通じるな。
女子会話恐るべし。
その後も話は止まらず、俺のことなのに、俺は全く意見を出せずに、今後の方針が決まっていった。
疎外されていないのに疎外感を感じる。
……………………。
「大体こんな感じかしらね」
「そうですね、後は追々相談させてください」
「いつでもいいわ。私からも相談するから」
「……ん?俺の出番は?」
「あんたは夕食の支度をお願いしたじゃない。もうちょっと話してるから、適当に冷蔵庫の中のもので作って」
「チェスリー様、お手数おかけして申し訳ありません。後少しで終わりそうですので。お食事はまたの機会に作らせていただきますね」
「……はい」
あれえ?ヴェロニアのところへミリアンがお礼に来ただけだったよな。
後は……魔道具の協力の件ぐらいか。
いつの間に、俺の今後の方針会議になってたんだ。
……夕食を作ろう。
冷蔵庫の中は……野菜と肉が結構な量置いてあるな。
パンは買い置きがあるみたいだし、お手軽にパンに具材を挟んで食べやすくしよう。
肉は棒状にして、塩と胡椒でざっと火を通し、臭み消しのハーブを加える。
パンは少し焼いて、具が挟めるように切り込みを入れる。
葉物野菜を敷き詰めて、肉を挟み、カットしたトマトやキュウリを詰めて終わり。
男のお手軽食の出来上がりだ。
料理を持って戻ると、まだ会話は白熱していた。
「野菜を買うなら、剣にサソリが刺さってる看板のお店がお奨めよ。クランやってた時のマークらしいんだけど、元メンバーで開墾した広い農場持ってるのよ」
「そうなんですか!看板だけ見ると入り辛かったです。今度行ってみますね」
おう……世間話も途切れないな。
「こんなものしか作れないけど、食べてくれ」
「ありがと。うん、シンプルだけど失敗がなくていいのよね」
「チェスリー様の手料理、ありがたくいただきます」
食事をしたら二人とも落ち着いたようだ。
やれやれ、二人が揃う時は、覚悟して臨むことにしよう。
次回は「クラン計画始動」でお会いしましょう。