第21話 頼れるジェロビン
待望のジェロビンから連絡があり、いつもの酒場で会うことになった。
クランの進捗も聞きたいが、魔斑病の件も何とかしたい。
ジェロビンにこれ以上押し付けるのも無理があるから、相談だけになるかもしれないが……。
いつもの酒場に入り、奥の個室へ移動する。
ジェロビンとも久々の再会だ。
「旦那、待たせてすいませんでやす」
「いや、こっちも大幅に予定がずれたからな」
「状況から聞かせていただけやすかい?」
「わかった」
王都での出来事をジェロビンに伝える。
エセルマー侯爵様の横暴な態度については、またムカついてきたので詳しく話す。
そして息子ボルドの誘拐事件と、『暁の刃』と共闘した救出作戦について。
ボルドの治療は、さして重要でないから省略した。
ブラハード子爵様の娘アリステラの治療を行い発見した魔斑病の新治療方法についても話しておいた。
これで俺以外の人でも治療できる可能性が増えたが、高価な魔道具が問題になる事を相談したいと伝えた。
「へっへっへっ。これだから旦那との付き合いはやめられねえでやす。笑いがとまらねえでやすよ」
「そんなに笑えるところあったか?」
「へへ、旦那に情報料を払いたいぐらいでやすよ」
「……え?」
ジェロビンが何に対して情報料までくれると言ってるか、さっぱりわからない。
俺からしたら、行き詰ってる話をしただけなんだけど。
「いまはわからないでやしょう。旦那は準備している内容を知らないでやすからね。エドモンダ伯爵様は、新治療について知ってやすか?」
「あ、ああ。直接は伝えてないけど、執事さんには伝えたので、報告が上がってるんじゃないかな」
「新発見を素直に教えちまうのも、お人よしの旦那らしいでやす。しかし、今回はいい方向に働きやすよ」
「お、おう……そうなのか?」
あの時は……上手くいった事で浮かれてたからな……。
新治療方法を隠すとか全く考えてなかった……。
「魔斑病の件はあっしにお任せくださいやせ。クランの件は下準備だけ進めてやすが、まだまだこれからでやす。旦那の腕にもかかってやすからね」
「俺の腕?何がいるんだ?」
「もちろん転移でやすよ。旦那には距離の移動を優先してほしいとお願いしやしたよね」
「ああ、そのおかげで転移のことについて、わかったことがあるしな」
「へへ、ようやくヘケロイの拠点を確保しやした。転移陣8番で設置してやす。転移先の簡単な地図はこちらでやす」
「よし、明日にでも試してみるよ」
「へい。転移の結果次第で、クランの進捗は決まると思ってくださいやせ。それとそろそろ資金の追加をお願いしたいでやす」
ふ~ん、要は転移の距離が伸びると計画が早まるってこと……だよな。
資金の方は、ちょうどギルドに預けるか迷ってた金貨がそのままだ。
「それじゃこれ渡しておく」
ジェロビンに金貨25枚が入った皮袋を渡す。
「こいつあ!?……金額も驚きだが、いまどっから出しやした?」
「収納魔法だ。まだ覚えたてで、背負い袋ぐらいの容量しかないけどな」
「へっ、旦那に一本とられやしたね」
この収納魔法は、クラン『暁の刃』のキャシーから教えてもらったものだ。
キャシーに収納魔法の魔力を流してもらい、魔力制御を覚えた。
さらに、魔力視の頭巾で魔力色を確認し、魔力色を調整すると収納魔法が使えるようになった。
「魔斑病の件まで任せられるのは助かるよ。これからもよろしく頼む」
「旦那がいなきゃ始まらない話でやす。こちらこそよろしくお願いしやすよ」
いや~ジェロビンは頼れるな~。
おかげで余計な事を考えずに済んで、転移の練習も捗るし。
……もし裏切られたら俺終わっちゃうかもしれないけど。
ヴェロニアのところへ寄っていくか。
「ヴェロニアちゃ~ん。あ・そ・ぼ!」
扉を叩きながら呼び掛けてみると、中からどたどたと音がして、ヴェロニアが現れた。
「こどもか!!」
「そんな気分だったんだよ。すっきりしたとこだから」
「すっきりって……汚いわねぇ。レディの前でそんな話しないでよ」
「そっちじゃねえしレディって柄かよ。問題が解決しそうなので、すっきりしたんだ」
「あらそうなの。よかったじゃない」
「お邪魔しまーす」
「まだ入っていいと言ってないでしょ!」
勝手知ったるヴェロニアの家。
気分がいいので、俺がお茶をいれてやろう。
「ふぅ、うまいな。さすが俺のお茶」
「あ・た・し・の・茶葉です!自分のにしないでよ」
「まあまあ。例の魔斑病の魔道具のことだけど、とりあえず保留な」
「え、なんで?」
「ジェロビンが動いてくれることになった。こちらは下手に動かないほうがよさそうでね」
「ま~たジェロビン頼りなの?あの人嫌いじゃないけど、時々寒気がするのよね。何もかも見通されてそうで」
「……それは俺も感じることがあるな。でも数少ない命が預けられる奴だ」
「そっか……ねえねえ、あたしは?」
「ん?おまえ冒険者じゃないじゃん」
「そーゆー意味じゃなくって!その……命を預けられる的な信頼は?」
「そうだな……まあ信頼できなきゃ、こんなしょっちゅうここに来ないよ」
「へ、へ~、これからも頼っていいからね」
「はいはい、精々頼りにさせてもらいますよ」
「あ、でも魔力視の頭巾はもう一つ作ったほうがよくないかな?魔斑病だけじゃなく、スキルの練習するときにも役に立つんでしょ?」
「そうだな……。魔力視の頭巾を使って魔力色を合わせると、早く修得できるみたいなんだ。今のままだと少し重くて、頭にすっぽり被るから目立つんだよな」
「りょーかい。あたしは専用魔道具のほうが得意だから、そっちの線で進めてみるわ」
「ありがとう、助かるよ。金が必要なら言ってくれ」
「よっ、さすが小金持ち!」
「それはもういいって」
そして翌日。
転移の練習を行うため、借りている空き家へ向かう。
ヘケロイへの転移が上手くいけば、アルパスカ王都への転移も現実的になる。
ヘケロイは転移陣8番だったな。
ヘケロイの転移陣は、自分で設置したわけではない。
最初は建物内だけで練習していたが、それでは長距離の練習ができない。
伯爵との契約もあり、自分で遠くへ出向くこともできない。
そこで予め俺が転移陣を紙に書いて魔力を通しておいたものを、ジェロビンに渡してある。
ジェロビンが冒険者を雇って各地へ旅立たせ、現地で格安の空き家を購入し、転移陣の紙を中に貼ってもらう、という方法で長距離の練習場を確保した。
転移陣が模様を選ばないことが幸いし、紙には単に『1番』『2番』と順番しか書いていない。
派遣する人には、転移陣とは伝えず、単に目印として中に貼ってもらうだけと伝えている。
冒険者にとっても、護衛対象も荷物も守らなくて済む移動で、依頼料もそれなりに払ってあるから、美味しい依頼と言えるだろう。
いっそ旅行気分で楽しく仕事してもらいたいものだ。
転移魔法を発動する。
魔力を集中し転移する範囲の魔力を放出……。
転移陣の『8番』をイメージし、転移先を確定……。
一瞬体が浮き上がる感触がして転移は終了。
目の前に『8番』の紙が貼ってある壁があった。
人目はないようだが、慎重に辺りを探り、空き家からでる。
本当にヘケロイに着いたか、念のため地図を頼りに確認するためだ。
よし、地図通りだし、ヘケロイに間違いないな。
何度か王都への中継で、ヘケロイには来ている。
ヘケロイの教会が遠くからでも見えるので、確認はバッチリだ。
転移陣を設置した空き家へ戻り、今度はマクナルへの転移だ。
マクナルの転移陣は記念すべき『1番』。
無事にマクナルへの転移が終了。
これで転移の最長距離を更新したが、まだまだ距離はいけそうだ。
ついでに転移の範囲を練習する。
この練習は実際の転移を行わなくても確認できる。
魔力視の頭巾があるおかげだ。
魔力を集中し転移する範囲の魔力を放出……魔力視の頭巾で範囲を確認……終了。
それを何度も繰り返す。
………………う~ん、やっぱり範囲はもう無理っぽい。
全然伸びないや。
あれ?……誰か扉を叩いてる。
ひょっとしてシルビアかな?
扉の隣部屋の窓から、こっそり確認……シルビアだ。
扉をあけ、シルビアの手を引いて、さっと中へ招き入れる。
「シルビア早かったね。仕事は大丈夫なのかい?」
「ふしゅ~~~、ふれるのはだめえええええ!!」
「ご、ごめん!」
しまった、手に触っちゃダメなの忘れてた。
しかたなくシルビアが落ち着くまでおとなしく見守ることにした。
両手をあげて部屋の隅に移動し、手を出さないよ~とアピールする。
「ふしゅ~~ふしゅふしゅ……ふううう」
「どうどうどう」
しばしの沈黙ののち……落ち着いたかな?
「やあチェスリーくん、ごきげんよう」
「ご……ごきげんよう?」
「失礼したさ、早速話を始めようじゃないか」
……大丈夫そうだな。
「ああ、そうしよう。仕事は問題ないのかい?」
「もちろん。普段の10日分を2日に短縮して終わらせたからさ。多少地獄を見た程度で終わったさ……」
「うわあ……」
「だからさ……今日は転移魔法を使うのは勘弁してほしいのさ……」
「ああ、了解」
「それで?空き家に引っ張り込まれたわけだけど……はっ、まさか手籠めにする気なのね。むりやりはだめさ」
「いや、もう君の正体ばれてるから、そういうのいいんで」
「……冷静に返されてしまった。いやあ、こういう話をしてれば、ドン引きされて何もされないのでね」
「おばあちゃんの知恵袋的なやつか」
「違うわ!それに誰がおばあちゃんさ!」
……冗談はこれぐらいにして、そろそろ本題に入るかな。
次回は「転移の特徴、魔道具の現状」でお会いしましょう。