第18話 侯爵様の息子を捜せ
紹介されたオーガスに、防具などが借りられないか相談してみることにした。
「はじめまして。私はチェスリーと申します」
「オーガスといいます。クラン『暁の刃』の責任者です。あなたが治療師ですね?」
「はい。普段は冒険者をしています。ご相談ですが、王都へは治療目的で来たため、装備を持ってきていません。防具などお借りすることはできるでしょうか?」
「ええ、予備の装備がありますので、皮鎧を軽く調整すれば大丈夫でしょう。武器もお得意なものをお貸しします」
「ありがとうございます。では皮鎧とショートソードをお借りしますね」
無事に装備を借りられた。
捜索隊の人たちで守ってくれるとは思うが、何があるかわからない場所で丸腰は勘弁願いたい。
俺は重要人物扱いになるようで、クランリーダーの乗る馬車へ同乗させてもらうことになった。
他に二人が同乗し、一人はクランの女性剣士、もう一人は伯爵様の執事さんだ。
移動の合間に、状況を教えてもらおう。
「今の状況を教えてもらっていいでしょうか?」
女剣士の人が答えてくれるようだ。
「あたしはキャシー、よろしくね。偵察隊からの報告では、傷ついた馬車が見つかったそうよ」
あ……痺れを切らしたわけじゃなく、偵察隊はちゃんと帰ってきてたんだな。
キャシーが説明を続ける。
「馬車だけで、馬も人も見あたらなかったようね。戦闘の後らしきものもなかったみたい。馬車に金目のものはなかったようだから、身代金目的の誘拐ではないかと言われているわ」
「馬車の傷は戦闘によるものではないのですか?」
「馬車の横に、剣か斧のようなもので切られた傷が2か所あっただけなの。護衛には大剣や槍を使う人がいるので、戦闘があれば周りの地面が荒れるはずね。魔法による痕跡も見当たらないそうよ」
なるほど……。
そうすると、戦闘以外の何かで無力化した……痕跡の残らない魔法か、あるいは……薬物。
俺も魔物に対し、毒や麻痺薬を使うことがある。
モンキーバットという猿に蝙蝠の羽がついた外見の魔物がいる。
放置すると畑や果樹園を荒らされることがあるので、発見されると討伐依頼がでる。
戦闘になれば弱いのだが、警戒心が強く、こちらに気づくと一目散に逃げてしまう。
空を不規則に飛ぶので、弓や魔法もなかなか当てにくい。
俺の技量では逃げられると倒す術がないため、畑や果樹から採った物を食している最中に、そっと微風の魔法にのせて粉末状の麻痺薬を流すのだ。
弱めの麻痺薬でもモンキーバットは耐性が低く、痺れたところを退治する。
まあ熟練冒険者ともなれば、こんな手に引っかからないと思うが……。
油断していると、足元をすくわれることもあるかもしれない。
「捜索する手段はあるのですか?」
「私たちのクランメンバーに【嗅覚】スキル持ちがいるの。手がかりさえあれば、匂いで追跡できるわ」
「ほお、それならいけそうですね」
馬車を走らせること1日半。
途中1泊と数回の休憩をとり、馬車の発見された場所に到着した。
キャシーが言っていた通り、周りに戦闘の痕跡は見あたらない。
馬車も2か所の傷以外、特に壊れたところもないようだ。
馬車の中は……荷物は全て持ち去られている。
「バイロブ、馬車の匂いから追えるな?」
「お任せください!こっちの方です。いきましょう!」
リーダーのオーガスと【嗅覚】持ちのバイロブという人だ。
どうやらいくべき方角がわかったようだな。
バイロブが【嗅覚】スキルを使い、進むこと約2時間。
どうやら敵の隠れ家を見つけたようだ。
先行した偵察からの報告で、洞穴の入り口に盗賊と思わしき見張りが二人いるらしい。
洞窟から少し離れた場所に集合した。
オーガスが状況の説明を始めた。
「敵は盗賊団のようだ。見張りは二人。いくつか罠が仕掛けてあるそうだ。これから進む道の罠は予め伝えるので注意してほしい」
恐らく罠の発見が得意なスキルを持った人がいるのだろう。
このクランには、いろいろなスキルを持つ人が揃っているようだ。
「見張りは気づかれる前に倒したい。弓使いに任せるので、声をあげる間もないよう確実に狙ってほしい。ここで気づかれると、後がやっかいになる」
弓装備の人は6人いる。
弓使い6人を3人づつに分け、それぞれが見張り1人を狙えばいけるだろう。
「洞窟の入り口は3人しか同時に入れない。中は広くなっているかもしれないが構造は不明だ。本来なら様子を見て、敵の人数や人質の状況を確認すべきだが……侯爵様の息子が難病らしく、もう薬が切れているはずだ」
ジルシス草を煎じた薬がないと、熱や痛みで体力が削られてしまうな。
身代金目的なら、症状を抑える薬は使っていると思いたいが……。
「以上の状況から、強行突撃で人質を確保する。ここにいるものなら、武力で押し負けることはないだろう。何か意見のある者はいるか?」
う~ん、もう少し確実な手はないのかな。
確かに人数も揃っているし、強行突撃でもよさそうだけど、中の様子がわからないのが不安だ。
冒険者にスキルを尋ねるのは、敬遠される行為だが緊急事態だ。
なるべく確実な戦術を練るために、情報を提供してもらおう。
「あの、緊急事態でもありますし、皆さんのスキルを確認させてほしいです。私は【戦術】スキルを持っているので、より確実な戦術が考えられるかもしれません」
「え?君は治療師だろ?」
オーガスが首を傾げてそう質問してきた。
まあ、治療師と紹介されたし、そう思うよな。
「はい、しかし普段は冒険者として、パーティーの戦術を考える役割です」
オーガスの隣にいたキャシーが耳打ちで何かを伝えているようだ。
「わかった、全てではないがスキルを教えよう。すぐに戦術が思いつかないなら、強行突撃を実行する」
50人のスキルを整理していく。
剣術、槍術、格闘、斧術、短剣術、弓術、火魔法、水魔法、風魔法、闇魔法、聖魔法、嗅覚、察知
「オーガスさん、各魔法使いの人は上級魔法まで使えますか?」
「水、闇、聖は中級までだな。火、風なら上級を使える者もいるぞ」
「わかりました、私の考えた戦術は……」
俺の考えた戦術をオーガスとキャシーに説明する。
オーガスとキャシーで話し合いを行った後、俺の戦術を採用することに決まった。
作戦開始だ。
見張りに気づかれる前に倒す作戦はそのままだ。
弓使い6人が3人1組で、それぞれの見張りを狙って一斉に撃つ……成功だ。
弓使いの技術も確かなようだ。
洞窟には、剣6、槍6、格闘2、火魔法4、闇魔法1、嗅覚1、察知1、俺の22人でいく。
そして洞窟に入る前に一工夫だ。
ダークミスト広範囲版を発動する。
転移魔法を使う時に覚えた、一度魔力を集中してから放出する制御を応用したものだ。
闇魔法使いの人に、魔力制御を教えると、かなりの広範囲にダークミストが拡散していくことがわかった。
【察知】と【槍術】の6人が先行して洞窟に入り、罠と敵を警戒しながら先へ進む。
ダークミストは光を通しにくいので、暗い洞窟がさらに暗くなり、松明をつけても見えにくい。
視認できる距離は精々3メートルぐらいだ。
こちらだけ中の状況がわからないのは不利なので、相手からもこちらがわからない状況にしてしまおうという作戦だ。
そして相手に熟練した【察知】を持つ人がいなければ――。
「左斜め6、1人、前方8、2人」
【察知】の人から順次攻撃指示を行い、【槍術】の人が横一列で一斉に飛び出し攻撃を行う。
攻撃指示を簡潔にするため、以下のような伝え方にした。
最初に方向。
次の数字は大よその歩数。
最後に人数。
”左斜め6、1人”までが1つの組み合わせで、左斜めの方向に6歩進んだ場所に、1人敵がいる、という意味を表す。
もし攻撃が当たらなければ、即座に引き返してもらい、新たに【察知】から指示を出す。
最初の攻撃は上手くいったようだ。
相手からすれば、いきなり槍だけ飛び出してきたように見えるだろう。
視認距離が3メートルしかないのに対し、【察知】は20メートル以内ならわかるようだ。
20メートル先から見つけられるなら、不意を突かれることはほとんどないはずだ。
敵が同レベルの【察知】が使える場合、この利点は失われることになるが、盗賊団にそこまで熟練したスキル持ちがいる可能性は低いだろう。
後続は【嗅覚】の人で、人質のいる方向を指示してもらっている。
その左右を【剣術】で固めると共に、横穴などがないかを確認してもらう。
【嗅覚】か【察知】の人が、敵に気づいた時点で、即座に戻るよう伝えている。
その後ろが魔法使い達で、周りは【格闘】の人たちで固め、護衛してもらう。
最後に俺とキャシーで後方の警戒を行う。
俺も範囲は狭いがダークミストが使えるので、魔法使い達の範囲だけに集中し、暗闇をを強化している。
これなら前衛が見える位置に来ても、後衛の魔法使い達は見えないだろう。
横穴を調べるもの以外は、できるだけ仲間が視認できる位置に固まることにした。
本来は、遠距離からまとめて攻撃されることを避けるため、間隔をある程度空けたほうがいいのだが、先が見通せないこの状態なら、遠距離からの攻撃はやりにくいだろうという想定だ。
しばらく進んだところで、周りが開けた通路になった。
ここで重要なのは火魔法だ。
例のファイヤーウォールの平面版であるファイヤーフロアーを予め教えてある。
【察知】の人が前方に集中しやすいように、ファイヤーフロアーで左右の足元を広く熱してもらい、左右からの挟撃を防止する。
短時間なら靴で耐えられるかもしれないが、熱い地面で足を止めたままではいられないだろう。
対策として靴に氷を纏わせる方法はあるが、視認できる範囲が狭く、どこまで火があるかもわからりにくいので、対処するのは困難だろう。
作戦はまあまあ上手くいってるが、敵も死に物狂いで突撃してくるなどで、何度か攻撃をうけている。
こちらの足音を頼りに、10人ほどが一斉に向かってきたときは、【察知】の指示が間に合わず、4人負傷した。
槍の横一列攻撃も毎回確実に仕留められるわけではないので、何度か接近を許し攻撃をうけている。
しかし、味方の技量のほうが盗賊たちより高いので、近づいたものは瞬く間に殲滅され、大事には至っていない。
あとは、相手が適当な狙いで放った弓が偶然当たり、2人ほど負傷した程度だ。
そしてさらに奥へ進んでいくと……。
「……人質の匂いが近いです」
【嗅覚】のバイロブから、人質が近いことが知らされる。
そのとき進行方向の奥から怒声が発せられた。
「てめえら!人質がどうなってもいいのか!!」
素早く【察知】と【嗅覚】から指示がでる。
「左斜め10、1人」
「あの臭い奴は人質より手前にいます!」
横一列の槍部隊が一斉に突入し攻撃を加える!
攻撃は成功し、あっという間に打ち取ったようだ。
槍使いの人が戻り、恐らく敵の親玉と思われるとオーガスに報告した。
「お前らのボスは打ち取った!!死にたくない奴は武器を捨てて降伏しろ!」
これが決め手となり、残っていた数人の盗賊は投降した。
次回は「王都への帰還」でお会いしましょう。