第15話 【百錬自得】の効果
常識を打ち破り、転移魔法を修得してしまったわけだが。
これって問題あるよな……。
シルビアは転移が使えることで、伯爵から秘匿されているほどの重要人物だ。
今のところ、しょぼい転移しかできないが、俺もそういう立場になるのだろうか?
「レアスキル修得しちゃったけど、俺も君のような立場になるのかな?」
「ん?問題ないんじゃないかな。既に治療で契約してるわけだしさ」
「あれ?俺の考えすぎ?」
「君は唯一の魔斑病治療師として、伯爵様には秘匿されてるじゃないか。転移の事は、私しか知らないわけだし、この件の生殺与奪は私が握らせてもらうだけさ」
「おいい!何てこったい!」
うわー、何か伯爵様よりやっかいなことになりそうなんですけど。
「まあ悪いようにはしないさ。私が信頼できる女だという事は既に認識しているだろう?」
「いえ、1ミリも信頼できる要素がないです」
「はああ~何という言葉攻め。昂ってきたさ」
「そういうのいいんで!それでどうするつもりだい?」
「そうだね……。君の返答次第だけど、しばらくこの事は伯爵様に話すつもりはないさ」
「俺もそうして欲しい。治療の事だけで今はいっぱいいっぱいだ」
「その代わり教えてほしい。君の秘密をさ」
「俺の秘密……?そんな大それたものは……」
「いや、あるね。6属性の魔法、君しか色が見えない魔力視の頭巾、魔力制御、どれをとっても普通じゃありえないさ」
う~ん。秘密といえば【百錬自得】しかないよな。
秘密にしてきたが、もう自分の中でそれほどの重要性は感じていない。
6属性魔法を修得したきっかけぐらいでしかないんだよな・・・。
取引として打ち明けるのもいいか。
「わかった。最初に言っておくが、大したものじゃないぞ?俺は【百錬自得】のレアスキルを持っている。しかし、効果は判明していない、所謂ハズレスキルだ。6属性の魔法は、【百錬自得】の効果を調べるために、修練して覚えたものだが、結局わからなかったんだ」
「ほう……。【百錬自得】とはどういう意味なのさ?」
「”同じことを百回反復して行なえば、自然に反復したことが自分の身につく”という意味と教わった。だからいろんなスキルの修得を試していたんだ」
「スキルの効果で、6属性魔法を使えるようになったとは思わなかったのかい?」
「ああ、ひょっとするとそうかもと思ったことがある。だが、魔法はどれも初級しか使えない。6属性全てを学ぶことは、他の人がしないだけで、3つや4つを使える者は珍しくない。それに剣や挌闘などの武術も試してみたが、一般の修得と何ら変わりないんだ」
「ふむ、さすがに自分のスキルだけあって、説得力があるさ。ただ今回の転移の件はどう説明がつくのかな?前に話した転移を教えようとした10人は全員魔法のスキルを持っていた。魔力量も多く、上級魔法を使える者も含まれていた」
「それは……あっ、俺が魔力視の頭巾で魔力の流れを視たからでは?他の人も同じようにすれば使えるように……」
「おいおい、忘れたのかい?魔力の色が視えたのは君だけだよ」
「あ……ああ。でも……魔力の流れが視えるだけでも違うような」
「断言してもいい、それだけでは無理だね」
「どうして……かな?」
「魔力の流れだけでいいなら、直接魔力を流された方がよくわかる。何度も魔力を流して試したが、誰も修得できなかった。修得できなかったのは”魔力の色まで含めた制御ができないから”ではないかね」
う……理詰めの議論に慣れてないせいもあるが、混乱してきた。
でも言いたいことは分かった気がする。
「つまり【百錬自得】を持っているから、魔力の色が視えると……。さらにそれが再現できるのもレアスキルが効果を発揮してるから、ということですか?」
「推論だし、それが正しいかなんて問題ではないさ。シンプルに言えば、誰も修得できなかった転移を君は修得できた。そして他の人との明確な違いは、君はレアスキル【百錬自得】を持っている。こう考えて、今後も試していけばいいのさ」
そうだよな。
元々が言葉の意味から推測してとか、あやふやなところが始まりだ。
レアスキルの正しい検証方法なんて、誰も知らないから、神の試練なんて言われるのだ。
諦めかけていたレアスキルへの情熱を久しぶりに感じる。
俺は何年も諦めずにチャレンジしていたじゃないか。
魔力視の頭巾、転移魔法、この奇跡的な巡り合わせを信じて、もう一度チャレンジしよう。
俺はシルビアの手を両手で包むように握った。
「シルビアありがとう。俺……レアスキルを使いこなして見せるよ」
「ちょ……ちょ……」
あれ?シルビアの反応がおかしい。
「ちょくせつふれちゃだめええええええええーー!」
どんっ!
……突き飛ばされてしまい、後転3回が見事に決まった。
「ふう、ふう……。いやあ失礼したさ……」
この人……口だけだったのか。
「ああ、こちらこそすまない。いきなり訳の分からないこと言って」
「あ、いや・・。うん。何となくわかったさ。それでは、契約成立ということで!」
シルビアは慌てて部屋の外へ駆けていってしまった。
手を握っただけなのに……まるで純情すぎるお子様のようだ。
……契約成立ということは、しばらく誰にも話さないってことでいいんだよな?
俺もいろいろ試したいことができたし。
魔斑病の治療でお金の心配もしばらくない。
治療の依頼はそれほど多くなさそうだから時間もある。
ほんと、状況が整いすぎて怖いぐらいだ。
王都の用事はこれで終わりだ。
行きと同様に、中継を挟んだ転移2回で、マクナルへ帰還した。
今回の報酬は、金貨20枚!
さすが公爵様……というか治療費どんだけ請求したの。
報酬を受け取った後、シルビアとは特に何も話さず、伯爵邸から自宅へと帰る。
話そうとしたが、避けられてしまったので、また後日訪ねることにしよう。
魔斑病の治療やレアスキル修得は、魔力視の頭巾なしには始まらなかった。
ヴェロニアにはしっかり感謝を伝えよう。
「ヴェロニア様はご在宅でしょうか?」
扉を叩きながら呼び掛けてみる。
あれ?出てこないな・・・・。
と思ったら、そっと扉が開いて、ヴェロニアが顔を覗かせた。
「……何の用?」
「王都から戻りましたので、参上いたしました。ヴェロニア様にはいつもお世話になっております。ご報告などさせていただいてよろしいでしょうか?」
ヴェロニアはそっと扉を閉じた。
「おい、閉めるなよ」
「チェスリーの皮を被った偽物め!あたしはその程度じゃ騙されないんだからーー!」
「ああ、悪かった悪かった。この感謝の気持ちをどう伝えようか迷ってたら、てんぱって普段の口調が使えなかったんだ。慣れなくてね」
「はい?それってば普段は全く感謝してないってこと??」
「まあ、そうなるな」
「むきーーー!もう入って!」
「お邪魔しまーす」
ヴェロニアが香茶をいれ、俺が王都土産の果物菓子をお茶うけに出す。
「で、何なのよ。感謝とか何とか」
「魔力視の頭巾だよ。おまえが作ってくれた魔道具のおかげで、魔斑病のことだけじゃなく、俺のレアスキルの効果がわかったんだ」
「へ?レアスキルって……【百錬自得】のこと?」
ヴェロニアには、俺がレアスキル持ちだという事が随分前にばれていた。
最初は秘密にするつもりだったが、俺がいろんな修練をすることや、スキルの事をやたら調べている事を問い詰められた。
どうにも誤魔化しきれず、白状してしまった。
「そうだ。まあ……正確にはできる事がわかったということになるかな」
「へえ。何ができたの?」
「転移魔法を修得した」
「ふーん。…………え?!」
「どうだ、凄いだろ」
「いや、凄いってのもそうだけど、レアスキルの歴史が覆っちゃってるんだけど!」
「そうだよなあ、どの書物見てもレアスキルは与えられた者しか使えないって書いてあるものな」
「そっか……それが【百錬自得】の効果か……。よかったわね」
「ああ、やっと前に進める気がするよ」
「…………うん」
ヴェロニアはしばらく俯いて黙っていた。
感謝は伝わったかな?
「そ、それじゃ……。うん。魔力視の頭巾、もうちょっと改良するよ」
「無理しなくていいからな。今のままでも十分使えるし、転移も練習しなきゃいけないからな」
「りょーかい。そっちこそ無理するんじゃないわよ」
ヴェロニア宅を後にして、ふと思った。
転移の練習ってどこですればいいんだ……?
伯爵別邸の時は、シルビアと二人だけで、転移用倉庫が使えたけど、あれは目の前に転移するだけだった。
それに頻繁にシルビアを訪ねるわけにもいかない。
町の外でやるなんて、魔物もいるし、人の眼がどこにあるかも知れず、あまりに不用心だ。
状況だけがよすぎて、具体案を何も考えてなかったわ……。
一人ではできる事が限られすぎる。
今後レアスキルを持つ人に出会うためにも、協力者や修練するための環境が必要だ。
エドモンダ伯爵に協力を依頼する?
……いや、確かに貴族にしては、いい人だと思うが、それではダメだ。
ダンジョン核のことでは、後ろ盾になってくれたが、レアスキルの修得は話が全く違う。
やはり初心に戻って、冒険者として活動するのが、今までの慣れもあり一番やりやすい。
さらに、レアスキルを使いこなす人と出会うためには、強力な敵が現れるダンジョンに挑む冒険者と、接触する必要がある。
答えは……クランに加入することだ。
1章はこのお話で完結になります。
ここまでお読みいただき、ありがとうざいます。
次回は「困難なクラン加入、困難な治療」でお会いしましょう。