第14話 転移魔法の修得
魔力の放出を修得した翌日。
やっと治療が始められると、意気揚々執事さんといっしょに公爵邸を訪れた。
今度はちゃんと公爵様に了承を得てから始めることにしよう。
「ブリエルサ公爵卿、触れずに行う治療の方法が見つかりましたので、改めて治療に参りました」
……あれ?公爵様が何やら困った顔をしているぞ。
「そのことだが……迷惑をかけた。あれから娘を説得したのだ。長年苦しんだ病から解放されるというのに、何というわがままかと。娘も言われた通りの治療を受け入れると了承してくれたところなのだ」
おおいい!俺のあの苦しみは何のためだったんだよ!
危ない……公爵様に突っ込みをいれそうになった。
ここは実績のある方法を使えるという事で納得しよう。
「はい……。いえ、実績のある治療ができるほうが安心です。早速マーガレット様の治療をさせていただきます」
「よろしく頼む」
そしてやってきました、マーガレット様の寝室。
今日は公爵様も立ち会ってくれるようだ。
「マーガレット様、治療を始めます。病気を治すのは自身の力です。魔力の制御は、それほど難しいものではございません。私が流す魔力を感じ取り、イメージすることでできるようになります」
「はい……承知いたしましたわ」
不満げな雰囲気は残っているが、特に反論されなかった。
気が変わらないうちに始めてしまおう。
やはり一番滞留がある下腹部からだな。
魔力視の頭巾で、魔力の色を確認し、微調整を行う。
自分の中で作った魔力の流れを、手で下腹部へ触れ流していく。
「ふ、ふう……。暖かい……」
暖かい?今まで治療で言われたことないけど、不快でないならいいか。
魔力は……うん、正常に流せている。
「私の魔力がわかりますね?その魔力と同じになるようにイメージしてください」
「はい。何となくわかってきましたわ」
治療を始めて1時間ほど。
その間に何度か魔力を流し、流れを確認することを繰り返す。
「楽になってきましたわ。でもまだ……」
「あと2か所要因があります。下腹部は正常になったようなので、次はそちらの治療です」
左右の脇下に両手で触れ、正常な魔力を流していく。
「ああ……この魔力ですのね……」
これは凄い。あっという間に魔力が正常な流れを取り戻していく。
……もう完治しているな。
「素晴らしい……こんな短時間で魔力を制御なさるとは」
「えっ?はい、ありがとうございます……」
俺の言葉に多少照れて顔が赤くなっていた。
恐らく体調がよくなったのだろう。
笑顔で声も力強い。
「チェスリーくん!ありがとう。よくぞ娘を助けてくれた」
「マーガレット様の魔法制御がお上手だったおかげです。これまでに、このように短時間の治療で終わることはございませんでした。魔力量も素晴らしく多いと思われます」
「そうかそうか。うむ、大儀であった」
はあ~、上手くいってよかった。
公爵様に会うだけでも膝が震えてたのに、治療が終わった瞬間に吹っ切れた気がする。
思わず一気にしゃべってしまった。
とにかく落ち着いたところで一息つきたい。
治療で疲労があると断りをいれ、公爵邸からは早々に帰らせてもらった。
伯爵別邸に戻ると、転移使いの人も出迎えてくれ、一緒にお茶することにした。
お茶を用意してくれたメイドさんが退室すると、おもむろに仮面をはずし顔を見せてくれた。
うわ……凛々しい美人さんだ。
「ふふふ。首尾は上々のようだね」
「ああ、緊張がとけて、すっかり体の力が抜けたよ。それにしても……顔を見せてよかったのかい?」
「ああ、君なら問題ないさ。顔などより、もっと凄い秘密を教えたしさ」
「転移魔法か……あの魔力を流された時を思い出すだけで体が痛い」
「そっちじゃなく、私の性癖とかさ」
「それのが凄いと言えることに、びっくりだよ」
もうやだ、この人……あ、名前知らないんだった。
「名前聞いてもいいかい?」
「私のかい?私はシルビア。美しい清楚な乙女が由来の名前だ」
「うわあぁ」
「おいおい、その態度は失礼ではないか?しかし、つれない態度もまた一種のプレイとして使えるのさ」
「そういうところがダメなんだが……」
どういう生活おくってたら、こうなるんだ?
あ……身バレしないように秘匿されてるんだよな。
あまり自由はなかったのかもしれない。
「ん?その顔、私の事を案じてくれてるのかい?」
「まあ……身バレしないように不自由なところがあるのかと」
「その心配なら無用さ。転移使いと知られなければ、無暗に狙われることもない。例え秘密が漏れたとしても、伯爵様に喧嘩を売るような真似をする奴は少ないだろうさ。それに私は旅行が趣味で、今の仕事は楽しんでるのさ」
「そうか、それはなりよりだ」
「それより、転移のほうは使えそうかい?」
「いや、まだ試してないんだ。それに考えてみたら、俺の魔力量って大した事なくて。例え使えてもしょぼい結果になりそうだなと」
「魔力量か、それならば尚更訓練した方がいいさ」
「え、どうしてだい?」
「私も最初はそれほど魔力量は多くなかったんだ。せっかくの転移が距離も量も大したことなくてね。それでも一瞬で移動ができる転移は、需要があったのさ」
「そうだな、倉庫からの荷運びだけでも効率よさそうだ」
「まさにそれもやったことがあるさ。そうして使い続けているうちに、魔力量が多くなってきたのさ」
そういえば……【火魔法】スキル持ちの人は、上級をマスターすることで魔力量が上昇したことがあるとかの噂があったようなないような。
俺は初級レベルの魔法なら6属性使え、割と日常的に使っているが、魔力量はほとんど変わっていないと思う。
「私もこれが転移魔法特有なものか、【転移魔法】スキルによるものかはわからない。他の転移使いと会ったこともないしさ。だが試す価値はあると思わないかい?」
「十分魅力的だ。試してみたい」
「よし、転移陣の書き方も教えておくさ。仕事の合間にでも試してみるといいさ」
「随分親切だな。俺に転移を教えて大丈夫なのか?」
「ふふ、契約に転移を教えてはならない、なんて書いてないさ。そもそも伯爵の指示で、転移の魔力を流して、転移が使えるかの実験を行ってたわけだしさ」
「あ~10人の犠牲者か……」
「犠牲者とは聞き捨てならないね。ちゃんと同意の元で行ったさ」
「俺は……ああ、自分からお願いしたのか。でも事前に痛いことぐらい説明してくれてもよかったんじゃ?」
「私は転移を流した瞬間の、驚きと痛みが混在した顔を見るのが楽しみでさ。説明は省略させてもらった」
「悪趣味すぎるわ!!」
真面目と不真面目が混在してる人だな……。
話しててもストレスがない……わけじゃないが、……楽しいか。
シルビアに転移陣の書き方を教わっているが、転移陣の模様に特に決まりはないそうだ。
大事なのは、魔石を含んだ特性インクで模様を描き、自分の魔力を流しておき、転移する場所を認識できるようにすることらしい。
自分がわかりやすい模様を決めることで、転移先の陣を間違えないようにする。
後は実際に転移魔法を使い、対象の範囲に魔力を放出した後、転移先の模様を認識すれば、転移が発動する。
「聞くだけだと簡単そうにも思えるけど、模様を認識するってのがわからなそうだな」
「今まで【転移魔法】スキルがない人が転移を使えた例はないからね。私は頭に模様が浮かんでくるイメージなんだけどさ」
「とりあえず試してみるよ」
特性インクを借り、羊皮紙に「あ」と書いてみる。
その文字に魔力を流して、準備は完了。
1メートルほど手前に羊皮紙を置いて、転移の魔力制御を行う。
えーと、先ず放出の応用で、黒い魔力を混ぜて体全体から放出。
次に模様の認識………………あれ?
「発動しないな」
シルビアを見て、全然ダメですと首を振る。
「大事なのは何度も繰り返して試すことさ。それと魔力視の頭巾を使うといいのではないかい?」
再挑戦。
今度は魔力視の頭巾も使い、自分の魔力の流れを確認しながら、魔力の制御を行う。
そうすると、自分の魔力制御がとんでもなくお粗末なことが判明した。
放出した魔力はガタガタで、円形とは程遠い広がり方をしている。
何度かやり直すが、上手くできない。
「ダメだな。放出が上手くいってないや」
「うむ。それでは私の転移魔法をもう一度お見せするさ」
シルビアの転移魔法の魔力の流れを確認すると、一度胸の中心辺りに魔力を集中させてから、爆発させるように放出していることが、わかった。
なるほど、体全体の周りから放出するイメージだと上手く円状にならないんだな。
「ああっ、そんなに視姦しないでっ」
「油断するとこれだよ!」
しかし……魔力視の頭巾だと、体の線がはっきりわかってしまうので、視姦と言われても反論しづらい……。
ゆったりしたローブで隠しているからわからなかったが、かなりでかい……。
「ふふ、まあいいさ。ではもう一度やってみて」
「りょ、りょうかい」
気持ちを切り替えて、再挑戦!
転移の魔力を胸の中心に集めて、一気に放出……。おお、円状に放出された。
さらに転移の模様を認識……おっと、こっちもイメージできた。
その瞬間、転移が発動し、羊皮紙の近くに瞬間移動した。
「で……できた!やったよシルビアさん」
シルビアのほうを見ると、目を丸くしてこちらを凝視していた。
しばらく固まったままだったが、ようやく動き出した。
「あ……いやさ……。けしかけてはいたが、本当にできるとは……。今まさに常識が打ち破られてしまったさ……」
「ええ!?あんなに自信たっぷりの説明で、できると思ってなかったの?」
想定外の事態らしいが、こうして俺は転移魔法を修得した。
次回は「【百錬自得】の効果」でお会いしましょう。