第135話 記録回路の作成と非常識な常識
スーザンとジェラリーさんに記録回路の作成を任せることにした。
というか、無理やり追い出された。
謎の建物の地下から仕掛けを丸ごと持ち帰り、ジェラリーさんの魔道具クランを訪れた。
古文書の解読をするために記録回路が必要なことを説明したまではよかったのだが……。
収納していた仕掛けをジェラリーさんに見せた途端、脇目もふらず調べ始めたのだ。
「あ、あの~ジェラリーさん?」
「しっ!忙しいので話しかけないでいただけませんか」
「えーと、その記録回路のほうは――」
「だから今調べていますの!今日はお引き取りください!」
「は、はい」
「スーザンさん!素材を試験にかけますわ。実験室へ運んで分解しましょう!」
「了解です!」
そんな感じで仕掛けを調べるのに夢中になってしまったのだ。
俺の出る幕はなさそうなので、素直に王都のクラン拠点に帰ってきた。
完成の目途とか聞いておきたかったんだけどなあ。
「ヴェロニア~、いきてるか~?」
「生きてるに決まってんでしょうが。やけに懐かしい挨拶ね」
「いやあ、昨日まで解読にかかりきりで頭とスキル使いまくってたから。急に力が抜けてしまったというかね」
「ああ、仕掛けをジェラリーに見せてきたのね。どうだった?」
「どうだったも何も……もう俺のことなんか眼中になくて凄い勢いで調べてたよ」
「あっはは。やっぱりそうなったのね」
「笑いごとじゃないよ。熱心なのはいいけど、記録回路ちゃんと作ってくれるのかな」
「あの仕掛けを見て夢中にならないわけないって。今の技術よりかなり進んでると思うからね」
「そこまで凄いのか……」
「ええ、あたしのご先祖様は天才だった……いえ、まだわからないわね」
「なんで?そんなに凄い仕掛けを作るなんて天才じゃないの」
「ん~、本当にあたしのご先祖様が作ったものならね。そうじゃないかもしれないわ」
「そうかな。まあ少なくとも関係ぐらいはしてそうだけど」
「全ては古文書の解読ができてからね」
「そうだな」
「あ、思い出した。手が空いたなら帝国に行ってきてよ。ジェロビンが王都に戻りたいんだって」
「いいよ。あれ?帝国の監視はもういいのかい」
「もう問題ないらしいわ。新皇帝も滞りなく内務官に決まったしね。食糧輸出で国庫はある程度持ち直したから、後は自分たちで上手くやるでしょ」
「食料を輸入したんだから出費で国庫は減ったんじゃないの?そりゃ安く提供したけどさ」
「ふふん。軽く説明してあげるわ」
ヴェロニアの話によると食料輸入で一時的に出費はするが、不足しているものが売れないわけがない。
すぐに利益つきで還元される。
さらに食料の心配がなくなると食費により閉じていた財布のひもが緩む。
ちょうど新しい魔道具が帝国にも出回り始め順調に売れているそうだ。
商売が繁盛すれば利益がでて従業員の給金が上がり、さらに物が売れるようになる。
結果、税金も増収になると。
「変な問題がなければお金は素直に巡るものなの」
「ははは。すぐ金の巡りが悪くなるヴェロニアの言葉とは思えないな」
「うっさい」
「まあ帝国は監視する必要がなくなったってことか」
「そうね。通信魔道具に興味深々で早く試してみたいそうよ。諜報には便利でしょうけど、ジェラリーがあの調子だとすぐには無理かもね」
「ジェロビンも諜報のことだと俺と似たようなところがあるんだな」
「あんたほどじゃないけどね」
「え~~」
「え~じゃないわよ。ジェロビンは監視を途中で放り出したりしてないでしょ」
「いや俺だって――」
「途中で放り出したよね」
「はい、すみませんでした」
やぶ蛇になりそうだったので素直に謝って話は終わりにした。
言われた通りにジェロビンを迎えにいくことにしよう。
帝国にいきジェロビンを連れて、すぐ王都に戻ってきた。
帝国の拠点はそのまま残しておくことにした。
孤児院のこともあるし、帝国に度々行くことがあるだろう。
ジェロビンは通信魔道具を試したかったようだが、ジェラリーさんが地下にあった仕掛けの調査に夢中なことを説明すると。
「へっへっへっ。そいつを待ったほうが楽しそうでやすね」
などと不敵に哂っていた。
記録回路なんて諜報に役に立つのかねえ。
ジェラリーさんとスーザンから連絡が来たのは2日後のことだった。
やっと調査が落ち着いたのかと思っていたら、何と記録回路が完成したという。
たった2日でどうやって完成させたのだろうか。
魔道具クランを訪ねると、ジェラリーさん自らが出迎えにきて応接室に案内された。
「チェスリーさん、先日は大変失礼いたしました」
「いえいえ。俺も夢中になると周りが見えなくなることがあります」
「そうおっしゃっていただけると助かりますわ」
「記録回路が完成したと聞きました。まさかこんなに早くできるとは思いませんでした」
「大部分は既に完成していたからです。肝心の記録に使う素材が安定しなかったのですが、チェスリーさんがもってきてくれた素材のおかげで解決しました」
「そうか。仕掛けのほうはどうでしたか?」
「素材は珍しいですが、仕掛け自体は目新しいものではありませんね。私たち以外にあのような仕掛けを作れる人がいるのは驚きましたが……」
「ま、まあその辺りはまたお話しします。記録回路の使い方を教えてください」
ヴェロニアはかなり進んだ技術だと言ってたが、ジェラリーさんから見るとそれほどでもないのか。
ジェラリーさんの技術力が高いということかな。
魔道具は俺にとって非常に使いやすいものだった。
古文書の解読用に、ジェラリーさんにしては珍しく専用の調整をしてくれたようだ。
魔道具の操作は全て【以心伝心】でできるようになっていた。
記録させるときは【以心伝心】で記録したいものを思い浮かべて伝える。
記録したものを見たり整理したいときは【以心伝心】で命令を伝える。
要するに記憶に関することを自分の脳の一部のように使うことができるのだ。
魔道具の記録は命令しない限り消えないので、人の記憶のように忘れることがない。
1つの魔道具内で情報をまとめられるので、紙などより遥かに管理しやすくなる。
「……これはいい。まるで自分の脳が2つになったような感じだ」
「使えたようですね。解読にお役立てください」
「それにしても凄い魔道具ですね」
「い、いえ。実は魔道具自体はほとんど何もしていないのです。凄いのは【以心伝心】スキルのほうです」
「そ、そうなんですか」
「ええ。魔道具は記録素材との仲介をするだけ。【以心伝心】は会話だけでなくいろんな情報をやりとりできるのです。伝える相手を都合よく大量の情報を記録できる物に置き換えたのです」
「そういう仕組みでしたか……」
「マーガレットさんは相手のいる位置までわかるそうですね。私が魔道具で実現できるのはほんの一部ということです」
「一部だとしても誰でも使えるようにすることは素晴らしいと思いますよ」
「ありがとうございます。記録の魔道具は差し上げます。その代わり――」
「ええ、素材は遠慮なく使ってください」
「お話しが早くて助かります!」
ジェラリーさんが上機嫌になったところで、俺は魔道具を手に王都に戻ることにした。
記録魔道具は俺かマーガレットしか使えないので、解読作業はマーガレットに協力を頼んでみよう。
スーザンはそのまま魔道具クランに残り、魔道具開発の続きをすることになった。
記録回路の元の目的は通信魔道具の情報管理と制御を行うことだ。
誰でも使えるように魔道具で操作できるよう改良をほどこすらしい。
王都に戻った俺はマーガレットに協力を依頼し解読作業を再開した。
俺が【演算】スキルで古文書を分析し、分析結果を魔道具に記録する。
マーガレットは記録されたものを分類・整理して、図から想定される意訳を紐づけていく。
この分担が思いのほか効率よく、順調に解読は進んでいった。
マーガレットが読書好きだったことも幸いした。
娘のためにブリエルサ公爵様は様々な本を収集していたのだ。
本は高額だったり入手しにくいものも多いが、公爵様の人脈と財力なら可能なことだろう。
病気で長く寝込んでいた間に相当な量の蔵書を読み、暗号に関する本なども含まれていたという。
そのおかげもあり、マーガレットは謎解きを楽しむように解読を進めていった。
そして数日後、古文書のほとんどが理解できるようになった。
「……よく解読できたわね。それで古文書から何かわかったの?」
「それはヴェロニアの仕事だろ。訳したものを描画の魔法で書き出すから読んでくれ」
「え~、なんであたしが読まなきゃだめなの~」
「なんでじゃない!と言いたいところだが、実はマーガレットがほとんど読んじゃったんだよな」
「さっすがマーガレット。教えて教えて」
「調子いいやつめ……みんなにも伝えたいからクラン会議を開こう。姿が見えないけどどこにいってるの?」
「レフレオンとマックリンは帝国ね。ミリアン、アリステラ、メアリはスキルラボ。ジェロビンはよくわかんないけど、また何か調べてるんじゃないかしら」
「ふーん。グレイスとアメリアはミクトラにいったままだし、エドモンダ侯爵様とローズリーも一緒か。そっちは順調なのかい?」
「微妙なところね。もうひと頑張り必要かしら」
「え!?何か問題があるのか」
「そりゃあ問題は多いでしょ。恋敵が他にもいるし、お互いの気持ちのこともあるし」
「……は?何の話だ」
「アメリアとグレイスが上手くいくかどうかの話に決まってんじゃない」
「いやいや、俺はミクトラ投資のことを聞いたんだが」
「何だそっちのことなの。投資は順調よ。エドモンダ侯爵様の新店舗もできたし、内政は正常になりつつあるわ」
「既に投資より恋愛話のほうが重要になってる時点で大丈夫だな」
「そういうことね」
「あ、1つ気になってたんだ。ジェラリーさんは持ち帰った仕掛けに驚いていなかったようだぞ」
「へえ。……まあそう感じるのも無理ないか」
「ジェラリーさんの技術が高いから?」
「いいえ、ジェラリーの技術は認めるけど、多分気づかなかっただけね」
「気づかない……何に?」
「地下にあった金属は特殊でかなり硬いものなの。それをあの精度で加工できる技術が進んでるところよ。アリステラが【能工巧匠】で簡単に加工しちゃうせいで感覚がずれてるのね。あんたが転移のせいで距離の感覚がずれてるのと一緒よ」
「あ、なるほど」
自分では当たり前に思うことも他人から見れば大きく異なることがある。
最初は驚いていたクランメンバーの魔力量やスキルも今では当たり前のように馴染んでるしな。
クランメンバー以外と接するときは注意することにしよう。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。