第134話 解読の問題と解決への糸口
俺とスーザンが古文書の解読を始めて数日経過した。
全く読むことができない文字を解読するには何らかの手掛かりを見つける必要がある。
もし古文書に文字しかなければ、恐らく解読することは不可能だっただろう。
しかし、ヴェロニアがもっていた古文書と謎の建物の地下から見つけた書物は、各所に挿絵とそれを説明するように付随する文字が記載されている。
挿絵が魔物や謎の建物というように理解できるものであれば、文字がその絵を指す名詞だと理解できるのだ。
名詞はこの方法でいいとして、動詞などはどうすればいいか。
いくつかの動詞は図の矢印に付随しているので読み解くことができそうだ。
その他の動詞は推測するしかないので、とりあえずは分類しておくだけになる。
といった感じで順調に進んでいるように思えたのだが、スーザンが最初に危惧していた事態に陥ることになった。
「チェスリーさん、この形の分類はどこかに書き出していませんでしたか?」
「あれ、そうだっけ……。うーん、もう一度整理しないといけないなあ」
「私も分類の記憶が曖昧に……やっぱり難しいですね」
「そうだな。これほど大変だとは思わなかった」
「やはり記憶回路を作るべきかもしれませんね」
「でも完成の目途がないんだよね?ある程度わかるようになった名詞や動詞があることだし、もう少し頑張ってみないか」
「はい。わかりました」
そう言ったものの紙に書き出したものが数10枚を超えたあたりから、正確に分類することが難しくなってきたのだ。
【演算】スキルで形の分類はすぐにできるのだが、それを書き出したり整理したりしているうちに徐々に記憶が曖昧になってくる。
新たな書物を読み解き始めるとさらに前の記憶が薄れてしまう。
何度も紙を見直すことになり、効率が目に見えて悪くなってきた。
これは【演算】スキルだけでは解決できないかも……。
その後も作業を継続していると、アリステラが土板を何枚か抱えてやってきた。
「チェスリーさ~ん、描画の魔法できましたわ!」
「お、ついに修得できたんだね。どれどれ」
アリステラの持ってきたものを見ると、屋敷の中庭が描かれていた。
うん、まさに見たままの風景だな。
「よくできてるね。細かい制御は苦手だったのに」
「チェスリーさんほど速くできませんけどね」
「いや、俺は魔力を供給してもらわないとできないし」
「私もミリアンさんから魔力を供給してもらいましたけど使いこなせませんでしたわ……」
「ああ、供給してもらう魔力を扱うのはなかなか難しいからね」
「さらっと凄いことしてるのですね」
「うーん、【百錬自得】のおかげなんだろうと思う」
「チェスリーさんのスキルは便利ですね~。えっと、解読の調子はいかがですか?」
「問題があってさ……。分類を紙で整理してるんだけど、記憶頼りだとどうもうまくいかなくてね」
「あー、この紙の束ですね。……うわ、こんなにあると大変すぎるのでは」
アリステラが紙の束をぱらぱらめくりながら、率直な感想を述べた。
そうだよな……書物は1冊ごとに数10枚あるから、整理して書き出してもかなりの量になる。
「あ、それでですね。謎の建物の地下を【分析】して描画しようかと思いまして」
「そうか。こっちも煮詰まってるところだし、気分転換にもなるな」
出かけようと席を立ったところで、突然スーザンも立ち上がり、興奮気味に話しかけてきた。
「ちぇ、チェスリーさん!そ、その地下に私も連れていってください」
「あ、ああ。かまわないけどどうしたんだい?」
「何で気づかなかったんだろう……謎の建物の地下ではヴェロニアさんの魔力を判別して仕掛けが動きますよね?」
「そうだ。他の人の魔力では反応しないんだ」
「それなら魔力の記録を何かにしているはずです。その記録されたものと触れた人の魔力を比較するための制御回路もあるはずです」
「ほう」
「魔力を記録し制御できるのであれば、私が実現できなかった問題が解決します。そこに答えがあるんです!」
「お、おう」
スーザンが一気にまくしたてた。
しかし言われてみるとその通りだ。
判別するには比較するための何かが必要になる。
全く偶然で子孫であるヴェロニアの魔力に反応したとは考えにくい。
仕掛けの構造がわかれば、記録を制御する回路を作れるようになるかもしれない。
「わかった。一緒に行こう」
「はい!」
建物の地下にも転移陣は設置してあるので移動は一瞬である。
ヴェロニアの魔力を魔力制御で作れば俺が扉を開けることもできるしな。
今回は俺、アリステラ、スーザンの3人だけで建物の地下へ転移した。
「えーっと、結晶の台座から【分析】を始めるつもりでしたけど、扉の仕掛けのほうからしたほうがいいですか?」
「多分結晶の台座から魔力が供給されて繋がっているだろうから、台座から始めよう」
「はい、ではいきますわ!」
アリステラが分析を始めた。
傍らには内部の構造を描画するための土板がある。
しばらく分析を続けていたアリステラが困った顔で話しかけてきた。
「……チェスリーさん、【分析】をしながらだと手が離せないので描画できませんわ」
「あれ、そうなの?」
「単純なものなら覚えて描画できますけど、複雑すぎて覚えられませんわ」
「あー、見ながらとはいかないからか。それじゃこうしたらどうかな」
俺はアリステラの手と台座の間に土板を挟むようにしてみた。
これなら手を離さず描画できる。
……と思ったのだが、上手くいかなかったようだ。
「む、無理ですう。同時に2つのスキルを使えませんわ~~」
「ありゃ、だめかあ」
「チェスリーさん、私から提案があります」
「ん?何かいい考えでもあるのかい?」
困っているとスーザンから提案があるという。
この状況を打開できる策でもあるのだろうか。
「アリステラさんの【分析】ではなく【能工巧匠】で仕掛けを直接見られるようにしていただけないでしょうか」
「え!?そ、それはヴェロニアに止められてるんだ」
「描画で見るだけでは理解できないかもしれないです。是非この素晴らしい仕掛けをこの目で確かめたいんです!」
おお……すっかり職人だな。
自分が実現できなかった答えがすぐそこにある。
どんな仕掛けなのか見たくてたまらないのだろう。
「わかった。ヴェロニアに相談してみる」
【以心伝心】でヴェロニアに話しかける。
{ヴェロニア、相談があるんだけど}
{何よ。屋敷にいるならあたしの部屋に直接くればいいじゃない}
{いま例の地下にいる。アリステラとスーザンも一緒だ}
{あんたねえ。行くなら事前に言いなさいよ。それでなに?}
俺はスーザンが直接仕掛けを見たがっていることを説明した。
問題は仕掛けを壊してしまう可能性があることだ。
{貴重なものだからダメって言いたいけど、スーザンがそんなに熱心なら許可するわ。ただし、もし壊れたらちゃんと直すように。そうスーザンに伝えて}
{了解だ。なるべく壊さないようにする}
{よろしくね}
「許可は貰ったぞ。もし壊したら責任もって直すようにとのことだ」
「はい。必ず構造を理解して壊れても直します!」
「よし。アリステラ、扉の仕掛けのところへ行こう。最悪保管庫の仕掛けなら壊れても問題ないし」
「仕掛けが見えるように周りの壁などを取り除けばいいのですね」
「そうだ。なるべく壊さないようにね」
「わかりましたわ」
アリステラが仕掛けの横あたりから穴を開け始めた。
【分析】で確認しながらなので壊すことはないと思うが、何が仕掛けに関連しているかわからない。
念のため少しづつ穴を広げてもらう。
描画の魔法を修得したおかげか、繊細な作業が上手になっているようだ。
どうやら仕掛けを壊すことなく直接中が見られるように穴をあけられた。
さっそくスーザンが仕掛けを食い入るように調べている。
俺が見てもさっぱりわからないから任せた方がよさそうだ。
「チェスリーさん、扉の仕掛けを動かしてもらえますか」
「そんなむき出しの状態で動かして大丈夫かい?」
「はい。仕掛けの囲いがないだけで動作に支障はないはずです」
「了解、やってみる」
ヴェロニアの魔力に合わせて魔力制御を行い仕掛けに触れると、保管庫の入口がすうっと開いた。
「……なるほど。ここが駆動と繋がって……これが制御で……これで伝達……凄い仕組みだわ」
「わかったのかい?」
「え、ええ……ただわかったのは各部の役割だけです。分解して部品を詳しく調べないと実現するのは難しいです。ジェラリーさんにも相談したいですし」
「分解か……こうなったら徹底的にやろう。アリステラ、仕掛けの線を切り離してくれ。」
「は、はい!」
アリステラに仕掛けを外してもらい持ち帰ることにした。
ジェラリーさんならある程度事情を話しても大丈夫だし頼りになる。
「チェスリーさん、あの黒っぽいものは何ですか?」
スーザンが保管庫に残された黒い残骸を指差して質問してきた。
金属の板は持ち帰ったが、あれは不要だろうと思い残していたものだ。
「ああ、あれは何かの素材だったもので腐ってしまったのではないかと」
「そうなんですか?……え、これって!?」
「ん?どうしたの」
「これも仕掛けの中で使われている素材です。腐っているのではなく、元々こういう色で柔らかめの物です」
「え!?そうなんだ」
「これも持ち帰りましょう。きっと使えると思います」
「りょ、了解だ」
こうして謎の物質も持ち帰ることになった。
それにしても謎の建物内は謎だらけだな。
しかし王都や帝国にまで影響を及ぼす建物だ。
謎を明らかにしないと今後何が起こるかわからない。
スーザンには記録回路の開発を頑張ってもらうことにしよう。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。