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第110話 転移魔法の教育と日常

 スキルラボの農園は既にお試しという規模ではなくなっていた。

 アリステラが張り切りすぎたせいだけど。


 「アリステラ、ちょっとお試しにしては広すぎないかな?」


 「試すならいろいろできたほうがいいと思いまして……迷惑でしたか?」


 「迷惑なわけないじゃないか。どんどん試そう」


 アリステラが目を潤ませて聞いてくるんだもの。

 少しお試しという考えを切り捨てて、大規模に試せばいいだけのことだ。

 よーし、頑張っちゃうぞ。


 「あんた単純ねえ。でもこれでテンサイも試せそうね」


 「何ですか?天災って。あ、雷とか台風の心配でしょうか?」


 「アリステラまでチェスリーのようなボケをしないでちょうだい。砂糖がとれる植物の名前よ」


 「えへへ。チェスリーさんといっしょ」


 「……まあいいわ。さあさあ、みんな集合~~!」


 ヴェロニアの号令でミリアン、アリステラ、マーガレットが集合した。


 「みんなに転移魔法を覚えてもらいたいの。講師はもちろんチェスリーよ」


 「「「……ゴクリ」」」


 3人とも一斉に顔が引き締まった。

 緊張しているのかもしれない。

 レアスキルの教育は激しく感情が高まることになる。

 だが、この試練に耐えなければレアスキルを修得できないのだ。


 「「「お願いします!」」」


 「うお!」


 あれえ、引き締まった顔が跡形もなく緩んだかと思うと、一斉に近寄ってきた。

 まるで何かを期待するかの如く……。


 「転移って便利ですよね。覚えたいと思っていました」

 「私にもできますでしょうか?」

 「私はずーっとこの日を待ちわびておりましたわ!」


 みんなこんなにも転移を覚えたかったのか。

 何度も転移の便利さを見せると、こう思うのも当然かもしれないな。

 俺もシルビアの転移が羨ましくてしょうがなかったもの。


 「みんなの気持ちはわかった。転移魔法の教育を始めるぞ!」


 「「「はい!」」」


 「最初に言っておくが、一番素質があるのはミリアンだ。闇魔法の黒の魔力色を使う必要があるからな。だからアリステラとマーガレットは闇魔法から練習してもらう。ミリアンは転移魔法の制御を教える」


 「私だけ先にすみません」


 「ミリアンさん、気にしないで。すぐに追いついてみせるわ!」


 「私も負けませんわ。絶対に修得してみせますわよ」


 「よし、その意気だ。それじゃアリステラとマーガレットは手を貸して。魔物退治でも使ったダークミストを教える」


 アリステラとマーガレットの手を握り、ダークミストの魔力を流していく。

 こうして魔法の教育をするのは久しぶりな気がする。

 クラン『黄金の翼』にいた頃は、毎日やっていたのにな……強制的に。


 「どうだい?」


 「はい……暖かいです。チェスリーさんの魔力はいつも心地いいですわ」

 「同感ですわ……魔力制御がわかりやすいし、すぐに覚えられそうですわ」


 「うん、練習して使えるよう頑張ってくれ。次はミリアンだ」


 「はい、お願いします」


 転移魔法の魔力制御をミリアンに流していく。

 さて、どうだろうか。


 「ん……あれ?この魔力制御……あ、あああっ!失礼します」


 ミリアンが俺に抱き着きキスしてきた。

 柔らかい唇に頭がとろけそうになる……。


 「ふう、ありがとうございました。一瞬知っている魔力制御に似ていたので大丈夫かと思いましたが、やはり抑えられませんでした」


 「あ、ああ。魔力制御がわかったかい?」


 「ええ、この魔力制御は遠隔収納の制御を応用すればできそうです」


 「そういえば遠隔収納って空間を超えて収納してるから似ているのかも。下地はもうできているわけか」


 「そのようです。転移陣用の紙と魔石はお持ちですか?」


 「ああ、これを使ってくれ」


 俺の収納にはいつでも転移陣を増やせるように紙とインク、魔石を揃えている。

 ミリアンに自分のイメージしやすい模様を描いてもらう。


 「へえ。かわいい絵だね。ネズミかな」


 「ふふ、ありがとうございます。これをここに置いて、コツは胸の辺りに魔力を集中させてから放出する感じでしたよね?」


 「そうだね」


 魔力視の眼鏡をかけてミリアンの魔力制御を視る。

 いいね、魔力の流れが実に綺麗だ。

 重力魔法の開発や収納魔法の応用など、凄い魔法使いになったものだなあ。

 あ……ミリアンが転移を覚えてしまったら、お決まりの抱き着きがなくなってしまうのか!?

 少し寂しいがしょうがないな……。


 「ふふふっ、別に転移の時でなくてもいいんですよ」


 「え!?また顔に出ちゃってた」


 「はい、上手くいきそうなのに残念な顔をされていたのでそうなのかなあと」


 「いやあ、でも転移が上手くいくほうが嬉しいかな」


 「了解しました。では、転移を発動します!」


 あっと思った瞬間、ミリアンの姿が消え少し離れた場所に置いた転移陣のところへ移動していた。


 「おお、さすがだね。1回で修得してしまうなんて」


 「チェスリーさんのおかげです。あの空を飛ぶ練習で魔力制御がさらに上手になったんですよ」


 「そうか。俺が教えられることもあまり残ってないかもしれないな」


 「そんなことはありません。チェスリーさんは一生私の先生ですから。それにチェスリーさんはまだ成長されるのでしょう?」


 くう、泣かせることを言ってくれる。


 「わかった、これからも成長してみせる」


 「はい!」


 これでミリアンにも転移の移動を頼めるようになった。

 後で転移陣を設置しておくと便利な場所にいくことにしよう。


 アリステラとマーガレットはどうしているかな。

 ダークミストの練習をしているようだが、まだ上手くいってないようだな。

 さすがに素質に合わない魔力制御は難しいだろう。


 「アリステラ、マーガレット、そんなに焦る必要はないからゆっくり丁寧に制御するんだ」


 「「はい」」


 すぐに修得とはいかないだろうが、2人なら使えるようになると思う。

 魔力自体の素質が飛びぬけているからな。


 「ミリアンの転移陣を設置しに行こうと思うんだが、ヴェロニアはどうする?」


 「あたしは土の研究をしたいからクラン拠点に戻るわ。アリステラとマーガレットも魔法の練習ならクラン拠点でやりましょ」


 「それなら王都のクラン拠点に行こう。そういえばケイトさんは?」


 「ケイトさんなら小屋と倉庫を見てたわよ」


 「ちょっと呼んでくるよ」


 ケイトさんの様子を見に小屋の方へ戻ると……。

 生き生きと動き回るケイトさんの姿があった。


 「ケイトさん、王都に戻ろうと思うんだけど」


 「はい、確認は十分です。次に来るときは一通り揃えて参ります」


 「な、何を揃えるの?」


 「清掃用具と食器、装飾品などですね。家具はアリステラ様にお願いしようと思います」


 「……えっと、仮の建物だよ?そんなに気合い入れなくても――」


 「いえ、既に立派な農園ができておりますし、ご利用になる機会は確実に増えます。私にお任せくださいませ」


 「は、はい。それじゃ戻りましょうか」


 「では失礼します」


 ケイトさんが近づいて腕を組んできた。


 「いやいや、このまま戻るとマーガレットが怒るかも」


 「いいのです。この程度は味付けといったところでしょうか」


 「何に味をつけてるの!?」


 結局腕を組んだまま戻ると、やっぱりマーガレットに怒られた。

 ケイトさんは何がしたいんだろ。

 俺にはわからないけど、ケイトさんの胸が大きいことだけはわかる。


 「チェスリーさん!今考えてはいけないことを考えましたわね」


 「何のことかな。身に覚えがありません」


 「……もう!帰りますわよ!」


 負けじとマーガレットが腕を組んできた。

 これはこれでいいものが……。


 「はいはい。みんな帰るわよ~」



 何だかんだで王都のクラン拠点に戻ってきた。

 もう一仕事済ませないとな。


 「ミリアンの転移陣を準備しないとね。とりあえず100枚書いておこうか」


 「ええ!?100枚ですか。そんなに行くところありましたか」


 「俺も何枚か預かっておきたいからね。俺の転移陣と同じように管理しておきたいんだ」


 すぐに100枚もいらないかもしれないけど、自分の経験から準備しておいたほうが便利だと知っている。

 枚数が多くても意外とすぐ使っちゃうんだよね。

 それに転移先が増えても混乱しないように、最初にパターンを決めておいたほうがいい。

 俺は数字で区別するようにしたけど、ミリアンはどう工夫をするかな。


 ミリアンが書いている間に、ケイトさんのお茶でもいただこう。

 あれ?……周りが薄暗くなってきているような。

 いやいや、薄暗いどころじゃなく真っ暗になってきたぞ。


 「おーい!突然暗くなったけどみんな大丈夫か!?」


 「ご、ごめんなさ~い。まだダークミストは発動できないと思って制御を試そうとしたら暴発しちゃいました!」


 「アリステラ、室内で練習しちゃだめだよ!」


 「反省してまーーす!これどうすればいいでしょうかー!?」


 「どうすればって……どうしよう?」


 ダークミストがこんなに濃く室内に充満するとかなりやっかいだ。

 拡散させないと光の魔法を使ってもほとんど効果がない。

 まさか広範囲版のダークミストを自ら味わうことになるとは思わなかった。

 自分でもよく使う魔法だが、対応するには地道に拡散させるしかないんだよなあ。


 「手探りで窓を探してくれ!闇を外に出して拡散させるしかないんだ!」


 えーと、お茶を飲もうと席に座ろうとしたところだったから、右のほうへ行けば窓があるはずだ。

 みんなも窓のほうへ行こうとしているのか、ごそごそと音がする。

 あっ、何かにぶつかったようだ。

 この柔らかな感触は……。


 「窓を開けましたわ!」


 「そよ風の魔法を使います」


 アリステラが窓を開けて、ミリアンがそよ風の魔法を発動したようだ。

 そよ風によってゆっくりと闇が流れていき、徐々に明るくなってきた。

 すると目の前にケイトさんがいた、というかケイトさんの胸に俺の顔が埋まっていた。


 「まあっ!またしても胸ですの!!」


 「い、いや不可抗力だから」


 「チェスリーさんは大胆でいらっしゃいますね」


 「す、すみません!」


 慌ててケイトさんから離れる。

 今日はケイトさんに振り回されっぱなしだ。


 ん……どたばたしたおかげで気分がすっきりしている。

 憂鬱だった帝国の調査だが、やる気がわいてきている。


 そうか、悪意を見抜くためではなく、日常を取り戻すためと考えたからやる気が違ってきたのか。

 戦争が続く帝国では何気ない日常を過ごすことは難しいだろう。


 もしかしてケイトさんは俺の気を晴らすために……。

 そっとケイトさんを見ると、俺の顔を見て優しく微笑んでくれた。


今回もお読みいただき、ありがとうございます。


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