第11話 魔斑病治療契約
翌日、再度マルコラスの家を訪れ、ミリアンの容態を確認する。
まだジルシス草がよく効いているようだ。
魔力視の頭巾で見ても、魔力の流れが薄く、循環が穏やかなことがわかる。
ひょっとして制御を覚えるだけなら、今のほうがやりやすいのでは……。
「ミリアンさん、昨日も行った魔力の制御、今の状態でできますか?」
「え……ええ、やってみますね」
ほう……できている。
何でこれで治ってないんだろ?既に治ってる?
「制御できてるようですね……。もう一度診察させてください」
「はい、お願いします」
魔力視の頭巾でもう一度丹念に魔力の流れを観察する。
昨日は容態が悪く、気にしている余裕はなかっただろうが、今日のミリアンは少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。
いや……いやらしい気持ちは……これっぽっちしかないんだよ。
服は着ているし、直接見てるわけじゃないから。
でも……魔力の流れは体表にもあるようで、体の線ははっきりわかってしまう。
さてさて、余計な考えを捨てて、原因を探ろう。
ジルシス草のおかげもあって、昨日は濃密で見えにくかった魔力が視やすくなっている箇所があった。
すると、どうも心臓に近いあたりに、下腹部とは別の滞留がありそうなことがわかった。
今は症状がでていないので、ほんの僅かな滞留にしか見えない。
これを改善すればいけるかも……。
「ミリアンさん、もう一度魔力を流します。これを覚えれば、何とかなりそうなんですが……。その……流す場所が胸の間になります……」
「は…………はい。お願いします」
ミリアンは熱を出していた時と同じぐらい顔を赤らめているが了承してくれた。
手を胸の間にいれ、魔力を流していく。
集中しないと……手の周りの柔らかさに制御が乱れてしまいそうだ。
一気にやってしまわないと、恥ずかしさに負けそうなので、そのまま制御の練習をしてもらう。
ミリアンも集中が途切れがちだったのだが……上手くいったようだ。
「ジルシス草の効果が切れても大丈夫か、2~3日様子を見る必要はありますが、恐らくこれで治ったと思います」
マルコラスの母親は俺の手を握り、号泣しながらお礼を言ってくれた。
父親もマルコラスも泣きながら、感謝を伝えてくれる。
ミリアンは体力が尽きたのか、眠ってしまったようだ。
まだ油断はできないが、俺は心地よい満足感に包まれていた。
まだ2例しか治療していないが、魔斑病の特徴がわかってきた。
・魔力量の大きいものほど重症になりやすい
・魔力の滞留が原因
・正しい魔力制御ができれば滞留が消える
・滞留個所は1か所とは限らない
魔力量が大きいものほど、この病気にかかるのが真実だとしたら、非常に惜しいことだ。
俺みたいなしょぼい魔力しか持っていない者に比べれば、余程役に立つ人材なのだ。
社会的損失も甚だしい。
魔斑病の治療を専門にするのもいいかも……でもなあ。
魔力視の頭巾が使え、魔力制御を教えられるという点だけ見れば、他にも治療可能な人は多数いるだろう。
一人でできることは限度もあるし、治療方法を教会にでも伝えておくほうがよさそうだな。
それにヴェロニアが魔斑病の原因の大よそは掴めていたことだし、どこかでは既に魔斑病の治療方法が見つかっているかもしれない。
マクナルに戻ったら、ヴェロニアに相談してみるか。
そして2日後。
ミリアンの症状はすっかり良くなり、食欲も旺盛になっていた。
まだ病床にあった時の面影は残っているが、徐々に回復していくことだろう。
「チェスリーさん、私このご恩は一生忘れません。ありがとうございました」
「いや、元はと言えば、リンジャックがいい話を持ってきてくれたからだ。それに魔力視の頭巾を作ったヴェロニアがいなければ、どうしようもなかった」
「はい……でも直接治療していただいたのはチェスリーさんです。ヴェロニアさんには、いつか必ずお礼に伺おうと思います」
「ああ、しかしマクナルは遠い。ついでがあれば、でいいと思う。俺からヴェロニアには伝えておくよ」
「……私からお渡しできるのはこれぐらいしかありませんが……・。受け取っていただけますでしょうか。こちらに……」
ミリアンは上半身だけ起こし、胸の前で何か両手で包んでいるような仕草をしている。
何かわからないが、受け取ろうと近づき、手の中を見ようとしたところで、頬に暖かく少し湿った感触が……。
ミリアンを見ると顔を真っ赤にしていた。
「うん……ありがとう」
後ろでは微笑ましいものを見たと、ご両親とマルコラスが笑っていた。
マルコラスが治療の代金を払おうとしてきたが、断ることにした。
魔道具の代金だけで金貨25枚はもらっており、今後も魔道具は自分が使うことになるので、これ以上はもらいすぎだ。
ミリアンから報酬ももらったしね。
マクナルへの転移は2日後、その間はマルコラスがつきっきりで案内してくれたり、リンジャック達と飲んだりで、瞬く間に時間が過ぎていった。
もちろんミリアンの様子も見るため、毎日かかさず訪問している。
マクナルへ帰る当日は、残念そうにしていたが、笑顔で見送ってくれた。
そしてマクナルへ一瞬で帰還。
転移魔法はやっぱり素晴らしい。
帰りも魔力視の頭巾で見物させてもらったが、何度見ても壮観な魔力の流れで、飽きることはなさそうだ。
未発見ダンジョンからのドタバタもこれで一段落したわけだ。
とりあえず、お土産配りでもいこうっと。
……と伯爵邸を去ろうとしたら、呼び止められてしまった。
あ、ローズリーちゃんのお見舞いですね。
わかりましたとも。
「ローズリーちゃん元気?」
「あっ、おじちゃん」
ぱたぱたと小走りで出迎えてくれた。
かわいい。
「もうすっかりよくなったみたいだね」
「うん。もうお勉強もしてるの!昨日はね、パパが装飾屋さんに連れていってくれてね。ペンダント買ってもらったの!」
見せてもらったペンダントは、トップに四葉デザインの装飾品がついている。
あれ……やけにこれ光沢が凄いな。
いくらするんだこれ……親バカ?
しばらく他愛もない雑談を交わしていると、伯爵様からお声がかかった。
「ローズリー、パパちょっとチェスリーさんとお話があるから」
「わかった!またね、おじちゃん」
「ああ、またね」
伯爵様の書斎へ案内された。
もうお見舞いも終わったし、何かあるのかな……。
「チェスリーくん、娘のこと改めて感謝する。娘もよく懐いているようだ。これからもよろしく頼む」
「いえいえ……。もう十分お礼はいただきました」
「マルコラスの妹さんも無事完治したそうだな」
「はい。なかなか上手くいかなくて焦りましたが、これからは体力を回復させていくだけですね」
伯爵様は満足そうに笑みを浮かべた。
「誰も治療できなかった重度の魔斑病を治したのだ。誇ってよいと思うぞ」
「あ~いえ……。自分の中では誇れないところで」
俺の考えていた事を伝える。
魔斑病の原因自体は、ほぼヴェロニアが研究し、教えてくれたこと。
加えて魔力視の頭巾のおかげによるところが大きいこと。
そして魔力を流して教えるという行為の平凡さについて。
「なるほどな。君の自己評価の低さは聞いていた通りだ」
「え?いえ……まあ本当のことですし」
「先ず、魔力視の頭巾についてだが、娘の治療が終わった後、私の部下たちに使わせてみたのだよ。もちろん転移使いの者にもな」
「あ、はい」
「魔力の流れはみんな視えたが、色がわかるものは一人もいなかったよ」
「えええ?」
「まだ試す人材が足りていないかもしれないが、上級魔法が使える者でも同じ結果だった。そこから推測し、君のもつ特異性に要因があると考えておる」
特異性!?ひょっとして……【百錬自得】……なのか?!
「恐らく君が6属性の魔法を使えることが要因だ」
ガクっと、思わず前のめり倒れそうになった。
そういえば火、水、土、風、光、闇の初級魔法は全て使えるんだよな。
複数の初級止まりの魔法より、得意の属性を熟練するほうが有益だからな。
「ずっこけておる場合ではないぞ。初級しか使えないのに6属性を学ぶような者など、聞いたこともない。それにやろうと思っても、使えない属性があることも多いはずだ」
確かに……俺だって【百錬自得】がなければ絶対やらなかっただろうな。
「それと魔力干渉だ。色が視えたという事は、魔力色も合わせた上で、魔力を作っておるのだろう?魔法6属性だけ見ても人材が見つからない上に、そんな器用な者探そうと思っても見つからないだろう」
「お……おお」
「幸い重度の魔斑病にかかる者は極めて少ない。だが、発症すれば大変危険な状態に陥る。しかも魔力の量も素質も捨てがたい人材がそうなるのだ……。魔斑病の治療に、是非君の力を借してほしい」
まさか……ここで今まで地道にやってきたことが報われるとは思ってもみなかった。
しかも人助けに役立ち、現状俺しかできないのであれば、もう断る理由はない。
「はい!協力させていただきます」
俺は伯爵様とがっちり握手をして、協力を約束したのだった。
次回は「王都へ」でお会いしましょう。