第10話 ヘスポカへ
翌日、俺たちはヘスポカへ転移させてもらうことになった。
旅の準備がほとんどいらないのは、ありがたい。
転移魔法うらやましすぎる。
一応挑戦しようしたことはあるが、転移を使える人に会うこともなかったので、何もできなかった。
レアスキルは、元からスキルがないと修練しても使えないのが常識だったこともあり、早々に諦めることになった。
今は目の前の問題に集中しよう。
肝心要の魔力視の頭巾もヴェロニアに借りておかなければ。
あとお金もマルコラスから預かってきたが、魔道具代は俺も負担することにした。
何せ俺しか本来の効果が発揮しないわけだし……。
「ヴェロニア~、死んでないか~?」
扉を叩きながら呼び掛けてみると、いつものように中からどたどたと音がして、ヴェロニアが現れた。
「だから~~!普通に呼びなさいよ!」
「ちゃんとパターン変えてやったろ。どこに文句があるんだよ」
「華麗なるヴェロニア様はご在宅でしょうか?でよろしく」
「俺は自分に嘘はつけないんだ。悪いな」
「むき~~!もうさっさと入って」
「お邪魔しまーす」
いつものつまらないショートコントを終え中へ入る。
「これ魔道具の代金な。金貨50枚」
「ふぅ、これで素材代が払える。あっ、イビルアイの瞳は伯爵様がお金出してくれたし、お礼金も貰ったから、値引きするわよ」
「いやいいよ。今回は想定以上の収入になったし、納めておいてくれ」
「さすが小金持ち、ふとっぱら~」
「大金だろ!……とは言えないか。庶民にとっては大金でも、貴族や王族から見たらなあ。伯爵様の年収にも満たないんだろうな」
「そうよね……改めて思い知らされたわ」
話がまとまると、即金でポンっと金貨の袋を渡された。
振舞われた料理も、たった7人1食分だけで金貨に手が届きそうな値段のものだった。
「ま、自分たちとは見る世界が違うってことで。明日ヘスポカへ行くから、魔力視の頭巾を借りていくからな」
「うん。転移いいな。すぐ帰れるなら私もヘスポカ行ってみたい」
「伯爵様に話してみれば?ヴェロニアにも今後出資者になってくれる話されてたよな」
「あ~、魅力的な話なんだけど……。協力できるところはジェラリー経由でってことで、直接依頼は断っちゃった」
「なんでさ?金欠になる可能性ぐっと下がるぞ」
「あたしの魔道具ってさ、発想が何かに特化したようなものになるのよ。たまたま着火の魔道具は誰でも使えたけどさ。あたしの作りたいものは伯爵様の要望には応えられないと思うの」
「そうかねえ。まあ金儲けのために作ってるようには見えないな」
「うん。お金は全くないのも困るけど、お金の為の魔道具は作りたくないの。ホントはね、魔力視の頭巾もこんな高価な素材で無理やりに作るつもりじゃなかったし」
「人の命がかかってたからね。ヴェロニアにはほんと感謝してるよ」
「……慣れてないから照れるわね。それにさ、ジェラリーはやっぱ凄いわ。あの魔封じのコルセット、治療には使わなかったけど、他に使いどころがいっぱい考えられるの」
「ああ……すぐ思いつくのでも、魔斑病の抑止、魔法犯罪者の拘束、要人の訪問者対策とか、魔法を封じたい場面の応用範囲がいろいろあるだろうな」
「うん、そういうこと!あたしはあたしの作りたいものをこれからも作るわ。……お金はチェスリーが薬草持ってくれば何とかなるって」
「おおおい!最後で台無しだよ!」
俺とヴェロニアは、その後素材屋を複数件回り、後払いの代金を納めていった。
払い終わってわかったのだが、ほとんど作成費とってないじゃないか……。
追加でいくらか渡そうと思ったら、ギルドにでも預けておいてと突っ返された。
ほんと金に執着がないというか、無計画というか……。
翌日、ヘスポカ行きのメンバーが伯爵邸に集合した。
ヘスポカの冒険者である、リンジャック、マルコラス、アントマス、ニコライドと治療を行う俺の5人だ。
レフレオンも行きたがっていたが、土産にヘスポカの地酒を買ってくると言ったら、おとなしくなった。
現金なやつめ。
転移は倉庫のような場所で行われるようだ。
周りに木箱が積まれており、輸送品が入っているのだろう。
転移できる重量や範囲も、使い手によって変わると言われているが、木箱も20箱ぐらいあり、人も転移使い者を含め8人いる。
それが一度で転移するというので、相当優秀みたいだな。
せっかくの転移体験なので、伯爵様に断りをいれて、魔力視の頭巾を被って転移中の魔力の流れを見せてもらうことにした。
どんな光景が見られるか、非常に楽しみだ。
転移が始まる。
仮面を被った転移使いが魔法を使い始めると、ゆっくり円を描くように、透明に近い黒い魔力が広がっていくのがわかった。
さらに円の上から、どこかに向かっていく魔力がある。
これがヘスポカへと繋がっているのだろうか?
そして、円状に広がった魔力がすっと消え始めると同時に、軽い浮遊感があり、一瞬で周りの光景が変わっていた。
「ヘスポカへようこそ」
恐らく関係者である、転移先で待っていた執事に出迎えられた。
凄い……本当にヘスポカに来たんだ。
マルコラス以外は、一旦ここでお別れだ。
リンジャックらは、冒険者ギルドへ護衛依頼の報告などを行う。
俺はマルコラスといっしょに、妹さんの治療へ行く。
ヘスポカは初めて訪れる町だ。
建物もレンガ造りの家が多くみられる。
近場で良質な粘土がとれるらしい。
町の規模はマクナルとそれほど変わらないようだ。
マルコラスの家まで、徒歩で40分ほど。
家に着くと、マルコラスの両親が出迎えてくれた。
転移のおかげで、護衛任務だけの往復と変わらない期間で戻ってきたことになる。
転移のことは教えなくても辻褄は合うだろう。
妹さんの治療ができそうという話をすると、マルコラスの両親はとても歓迎してくれた。
「早速治療を始めよう。妹さんの容態が気になる」
俺は話もそこそこに治療を始めたいと申し出る。
マルコラスに妹さんが寝ている部屋へ案内してもらうと、苦し気に顔を赤くしている女性の姿があった。
ジルシス草の効果が切れかかっているのかもしれない。
可哀そうに、頬はこけ、腕や足もすっかり細く、筋肉が衰えている。
前の経験があるおかげで、魔力視の頭巾を使うと、原因と思われる魔力の流れがはっきりとわかる。
いやしかし……何だこれ。
ローズリーの時も驚いたが、この子の魔力はそれ以上の濃密さで循環している。
「ミリアン、帰ってきたぞ。熱がこんなに……苦しいだろうが、治療ができる方を連れてきたんだ。もうしばらく耐えてくれ」
「お兄様……ほ……ほんとに……治るんですか?この病気……が……」
「ああ……。チェスリーさん、よろしくお願いします」
マルコラスは目に涙を貯め、俺にすがるようにお願いしてきた。
「ミリアンさん、苦しいでしょうが、よく聞いてください。あなたを治すのはあなた自身です。私はお手伝いに過ぎません。俺が今からあなたに魔力を流します。その魔力を感じて、その流れになるよう魔力を制御してください」
体力もないだろう。
念のためポーションを与え、気力の足しにする。
ミリアンの魔力が濃密すぎて、自分の魔力をちゃんと感じ取れるか、不安はあるができることをやるしかない。
やはり下腹部が原因のようで、軽く手で触れ、正常な魔力の流れを流していく。
……実に6時間、治療を続けた。
しかしまだ完全に制御できていない。
俺のほうが魔力に限界を感じ、この日の治療は一旦中断した。
症状はジルシス草で抑え、翌日以降に様子を見て治療を再開することにした。
ローズリーの治療が3時間ぐらいで終わったので、まさかここまでかかっても治らないとは思わなかった。
全く成果がなかったわけではなく、赤い斑点がかなり薄くなるところまでは制御できていたのが救いだろう。
この日は近くの宿に泊まることにした。部屋に遅めの夕食を運んでもらい、マルコラスと状況を話しながら食べることにした。
「治しきることができなくて、すまない」
「いえいえ……本当に感謝しています。症状が和らいだ時は……思わず泣きそうになりました」
「診察してわかったが……ミリアンさんは凄い魔力を持ってるね?」
「はい……。今までお話ししませんでしたが、妹は収納魔法が使えます。正確な容量はわかりませんが、かなりの大きさでも収納できます」
収納魔法自体は、レアスキルではない。
使い手により容量は異なるが、1立方メートル程度が一般的だ。
これ以上が使えるとなると、下手なレアスキルより貴重な存在だろう。
あまり気軽に広めていいものではない。
しかし……未発見ダンジョン以来、凄いスキル持ちにやたら出会うな……。
「妹は病気にかかるまで、商会に雇われて重宝されていたようです。一度に大量の物資を運べますから、輸送の仕事でいつも忙しそうで……休む暇も少なかったのではないかと……」
「……倒れるのが必然だったのかもしれないな」
「う……そうですね……」
「まあ、何か事態が起こるまで対処できないのは、よくあることだ。想定以上の魔力で制御が難しいのが原因だと思う。ミリアンさんは素質も高そうだ。明日は制御を覚えてくれることを期待しよう」
「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」
明日こそはミリアンの治療を終わらせて、安心したいものだ。
次回は「魔斑病治療契約」でお会いしましょう。