第1話 特級クラン追放
わしの名はチェスリー。
以前は冒険者をしておったが、限界を感じて引退した身じゃ。
それ以降は、特級クラン『黄金の翼』の経理と教育を担当しておる。
いつもと何ら変わることなく、本日の業務も終了じゃ。
次の日の準備を終え、後は眠るだけじゃの……と眠ろうとした時に、いきなりマックリンに自室へと呼び出された。
「マックリン何か用事かの?もう眠いんじゃが……」
「寝るならどこか宿でも探してくれ。今日でクランから追放させてもらう」
「え!?」
「そんなに驚くことか?身に覚えはあるだろう」
「何故じゃ!クランの発展にも十分貢献してきたはずじゃ。冒険者は引退したが、クランの教育や経営に、わしは十分な働きをしておるはずじゃ!」
マックリンは一瞬沈痛な表情を浮かべ、拳を握りしめた。
その拳をドンと机に叩きつける。
「ああ、その通りだ!冒険でもチェスリーの力に助けられたことは何度もある。冒険者を引退しても、おまえの教育のおかげでクランは充実した戦力を確保できている!だが……そんなお前に裏切られた俺の気持ちはどうしてくれる!!」
「だから何のことじゃ?わしは裏切ったりなどしておらん」
「とぼける気か……?これを見ても同じセリフが吐けるか!」
マックリンが叩きつけた紙束、それはクランの帳簿だった。
わしがまとめているものだ。
これは……気づかれてしまったじゃろうか……。
「キャメリアから帳簿におかしところがあると言われた。今まで気づかなかったが、確かにおかしいところ……おまえならわかるよな?」
「い……いや。わしには何のことやらさっぱりわからん」
「このスリーチェ商会ってのは何の商会か知っているか?」
もちろん、よく知っておる。
クランの資金を横流しできるように、わしがでっちあげた架空の商会だからな。
「特級クランともなれば、取引する商会も多い。チェスリーだけに押し付けるのはどうかと、キャメリアにも経理を手伝ってもらうことにした。だが……まさか、こんな不正をしていたとはな」
わしは真っ青になり冷や汗をかいた。
でっちあげ商会のことがばれたなら、もう弁解の余地はない……だろう。
「既にチェスリーがごまかした金は差し押さえた。クランに貢献した実績は認めてやるが、裏切りは許せねえ。すぐに出ていけ!」
「ああ……わかった」
肩をがっくり落としながら、とぼとぼと部屋に戻り、荷物をまとめる。
しかしほとんど持ち出せる荷物はなさそうじゃのう。
この快適なクランハウスともお別れじゃな。
クランが特級に認定された時に購入したもので、ギルドトップの6人には特別な部屋が与えられていた。
3LDKで風呂付に加え、魔道具で冷暖房、冷蔵庫、キッチンも完備している。
家具や備品もクランで購入したものばかりで、好みの酒やつまみぐらいしか自分で用意したものはない。
僅かな持ち物、酒やつまみをバッグに詰め込み、準備はお終いじゃ。
名残惜しいが、ゆっくりしている暇はないのう。
誰にも会わないように、注意しながらクランハウスをでる。
外は日が暮れつつあり、もうしばらくすると王都の門が閉まってしまう。
門を無事通過し、ある程度王都から離れたところで、右腕につけていた”変化の腕輪”を外し、走る速度を一気に上げる。
一昼夜走り続け、魔物の森に突入する。
――さて、怠けて鈍っておった戦闘勘を鍛えなおしじゃ。
王都の西にある魔物の森は、過去に大規模ダンジョンから溢れた魔物が住みついている。
森の外周辺は弱い魔物が多く、経験の浅い冒険者の狩場になっている。
だが、油断して奥に進みすぎると、強い魔物が縄張りをはっており、下手に踏み込んだ冒険者は命を落とすことになる。
雑魚には用はないとばかりに、気にせず奥へ進んでいく。
雑魚魔物では移動速度が速すぎて、戦闘にすらならない。
「お、グレートスパイダーがおるの。あいつの糸欲しいし、狩っとこう」
グレートスパイダーに気付かれないよう静かに停止し、敵を観察する。
グレートスパイダーは敵を察知すると、即座に糸を結界のように張りめぐらせ、遠距離から糸攻撃をしかけてくる。
近づくことができれば防御力が低いので、剣などで対処できるのだが、見えにくい糸の結界に絡まる恐れもあり、やっかいな魔物だ。
倒すだけなら、遠距離から弱点の火魔法で攻撃し続ければいいのだが、その方法では糸が燃えてしまい素材がとれない。
その他の属性の魔法は、強い耐性を持っており、ダメージが通りにくい。
グレートスパイダーに察知される間合いは熟知しているので、範囲外から準備を行う。
水魔法で水球を作り、体を洗うために持っていた石鹸をいれて、水球を回転させ混ぜ合わせる。
完成した石鹸入り水球を、グレートスパイダーに向けて放つ。
察知範囲外から放たれた水球は、糸結界の隙間を通り抜け、回避することもできずに、まともに命中した。
水球が当たったグレートスパイダーは、激しく動き回っていたが、すぐに動かなくなった。
魔物といえど、構造自体は昆虫と大差がない。
昆虫の多くは気門という呼吸するための穴をもっている。
普通の水ならどうということはないが、石鹸を含む水は泡を作り、気門を塞いでしまう。
自己の力では、その泡を取り除くことができず、窒息死するのだ。
このように討伐すれば、糸などを傷めることなく最高の状態で素材がとれる。
蜘蛛本体も食用にできるが……これを食べるかどうかは人によるだろう。
グレートスパイダーから魔石と糸素材を剥ぎ取り終わると、すぐにまた走り出す。
魔物の包囲網を掻い潜るようにすいすいと抜け、さらに森の奥へと進む。
………………。
ついに見つけたぞ!
今までどうやっても倒せなかったあいつじゃ!!
魔物の名はギガントサイクロプス。
一つ目の巨人で、通常のサイクロプスが3メートル程の大きさだが、ギガントは3倍以上の10メートルを優に超える大きさだ。
通常であれば人型の魔物の弱点はいろいろある。
しかしギガントサイクロプスは規格外の化け物だ。
大きな弱点と思われる一つ目だが、透明な膜で覆われており、ギガントサイクロプスの中でも最も硬質な部位だ。
風で毒を流すなどして、相手を弱らせる手も考えたが、限定された空間でもないと効果は薄いし、そんな狭い空間ではあの図体から逃げきれない。
目の膜よりは弱いとはいえ、全身の皮は並みの攻撃や魔法では傷一つつかない。
わしは強力な攻撃をもたない冒険者ゆえ、策を弄して戦うタイプじゃ。
以前ギガントサイクロプスに対峙した時は、マックリンの強力な攻撃に任せる他なかった。
だが……ようやく自らの手で一矢報えそうじゃの。
ギガントサイクロプスとの戦いは、一方的な破壊行動から始まった。
ギガントサイクロプスが拳で殴りかかり、素早く躱すが、その後方の木が根こそぎなぎ倒される。
少し距離をとると、人間の胴体ほどもある岩を片手で軽々投擲してくる。
その岩が地面に着弾すると、岩が砕けて破片が飛び交い、地面が抉れる。
巨体にも関わらず、攻撃速度は速い。
わしは必死にギガントサイクロプスの攻撃を回避しながら、足・体・腕に太い線を張るように魔力を巡らせる。
「準備は終わったぞ……ふぅうう!」
ギガントサイクロプスの拳を僅かに掠めながら躱し、一気に懐へ飛び込む。
左足を地面に踏み込み、その反動に体の捻りを加え、足と体に蓄えた魔力を腕に送る。
さらに腕の魔力と合わせて圧縮、指先に集中させて、ギガントサイクロプスを軽く突く。
指先に凝縮された魔力が皮膜を透過して吸い込まれる。
――ドボォォォオオオオンン
一瞬、時が止まったかのような静けさの後、ギガントサイクロプスの体内から強烈な破壊音が響いた。
ギガントサイクロプスがスローモーションで倒れ、地響きが起こる。
完全に息の根が止まったようだ。
「よっしゃああ、やったわい!」
この技こそ、マックリンから盗みたかったものじゃ。
倒したギガントサイクロプスを、収納魔法で丸ごと収納する。
目の膜や全身の皮は、後でいろんなことに利用できるので、捨てる部分はないのだ。
目標を達成し満足したところで、再び走り出す。
落ち着けそうな場所を探していると、小さな湖が見えた。
「ここがよさそうじゃの」
周りに敵がいないことを確認し、収納していたテントを取り出す。
テントを組み立て終わったら、周囲に結界を張る。
てきぱきとかまどを作り、鍋でスープを煮込み、鉄板でステーキを焼く。
ステーキを豪快にほおばり、スープで流し込む。
あっという間に食事を終えると、秘蔵のワインをカップに注ぎ、ゆっくり飲み干す。
ふうっと大きく息を吐き、こうつぶやいた。
「ふふ……計画通り」
ポコリッ!
我ながら見事に決まった、と悦に浸っていると、急に後ろから頭を叩かれた。
後ろを振り向いても、誰もいない。
はて?結界も張っているし、安全なはずなんじゃがのう。
不思議に思っていると、すーっと頭を叩いた不届き物が姿を現した。
……これはまずい。
「チェスリーさん!やっとクランを抜けられたからといって、急にはっちゃけないでください!追いかけるの大変なんですよ!」
姿を現した美人さんに、いきなり罵倒されてしまった。
「いや……少しぐらい自由にしてもいいではないか。ただでさえ、最近は体がだるかったのじゃ」
「いけません!もう予定を大幅にオーバーしてますので、早く戻っていただいて、たまっている仕事を片付けましょう。それが終わったらゆっくりしていいですよ」
鬼か……!
長期の任務をようやく終えたというのに……すぐ働けとは。
「しかも、一人でおいしそうな物食べちゃって。私が追いかけてること気づいていましたよね?」
「いや、まったく気づいてない」
「はぁ……これだから目が離せないんです。さあ、戻りますよ!」
「……はい」
こうして短い自由な時は終わりを告げた。
次回は「秘密のスキル効果」でお会いしましょう。