6 ☆
早い話、一度に複数の事象が起きた。
先ず、レスターは治癒魔法をアルビンに施そうとして、詠唱を完了するも、途端に森の中をつんざく声がレスターの耳に届いた。
とはいえ止めようと思っても一手遅い。
レスターの耳に声が届いていたころには、治癒魔法は既に光の筋に代わり、アルビンを包んだが、治癒を与えた途端、アルビンは気を失ってしまった。
レスターはアルビンを抱きかかえ、体を揺らすも頬を叩くも反応は無かった。
「何……?」
振り返ると神々しい輝きを放った虎が、デーモンを押さえつけている。レスターが見たことのない魔法だった。
「胸に埋まっている黒ジェム目掛けてヒール値を 1から1.55以下に調整して当てなさい。それで全てが終わる筈です」
レスターの耳に男の声が届く。
壮年な男が光の虎を操っている。
信じられないが現実だ。杖から出る輝きが虎に注ぎ込まれている。
現術士の類だろうか。
と言うか1から1.55の治癒魔法って何だ?
「言われた通りに魔法を詠唱しなさい! レスター・アルナイル!」
「何で俺の名前を! 貴方は一体!?」
レスターは首を傾げる。
何故、レスターは名前を呼ばれたのか不思議でならなかったが、相手からの返事はなかった。男もデーモンと対峙するので手一杯の様子だ。
「胸って……」
おそるおそる、レスターは視線を再びデーモンへと向ける。
筋肉隆々の胸の中に一筋の――光源を認めた。鈍色に輝く固形化した黒ジェムだった。
「ヒールを当てるって、俺のヒールは……」
レスターは動かないアルビンに視線を向ける。
回復魔法を施したのに――アルビンは倒れている。
頬を叩いてみた。けれども反応はない。
「俺……やっぱり……」
明らかに失敗だ。
というより今迄失敗したことなんてなかったのに。
そもそも治癒魔法に失敗なんてあるのか?
だが現実に失敗は起こった。
「わかんねえ……」
なのに、いきなり現れた男は、治癒魔法を当てろと言う。
そもそも相手を回復するのが治癒であって攻撃魔法ではない。
対象を滅却する神聖、対象を永久の眠りにつかせる賛美歌などはあるが、レスターは当然覚えている訳もないし、そもそもああいう系は自己スキルと武器に嵌めたジェムの乗算値が八桁はないと強敵には無理と聞いてたから、人間には到底不可能で……。
あああ――ともかくデーモンなんて倒せる訳がないじゃないか。
「私の天啓魔法はもう長くは持ちませんぞ」
レスターは見る。
デーモンが暴れていた。
威勢がいい。
もがくたびに光の虎は形を崩し、今にも消えてなくなりそう。
「ギフト……」
レスターは別のことを考えていた。
男が口走ったギフト――。
それは太古の昔に、人間がジェムを得た対価として失った古代能力で――。
「ここでレスター君が死ぬことを、ミルヒシュトラーゼ様は望んでいないぞ!」
ミルヒシュトラーゼ? 誰だよ、そんな人知らないぞ!
けれども、レスターに考える時間はない。
もうここで死ぬぐらいなら、なるようになれだ。
レスターは腹をくくる。
「今はあの人を信じてやるしかない――」
レスターが手を挙げ、治癒魔法の詠唱を開始。
「治癒!」
光の筋が束になり、一直線にデーモンへと向かう。
「○△□□……!!!」
黒ジェムに命中。デーモンは自ら輝きを放ち、奇声を上げてのたうち回る。
同時に押さえつけていた虎も姿を消す。
成功した――ように見えた。
「○××○………!!!」
デーモンの体が膨らんでくるまでは。
「少し多かったか――」
男が舌を鳴らす。
同時にデーモンが鈍色に輝き出した――。
「黒ジェムが大爆発しますぞ!」
男が言った――が、レスターは動けない。
「って言ったって……」
レスターは来る人生の終焉を前に半笑いしていた。
「俺の人生も……終わりか」
全てを悟った――ときだった。
デーモンが爆発。
全てを――何もかもを吹き飛ばす。
レスターは何処まで転がったか分からない。
それでも漸く止まったので、状態を確認する。
「あ……」
上体を起こそうとして、レスターは痛さに失神、意識を失った。