4
「俺はもっと強くなりたいんだ、フローラ」
その日の夜、アルビンは自室で声を荒らげていた。
アルビンはロックと練った計画の同意を求めるべく、フローラを部屋へ呼んでいた。
「デーモンと戦いたいんだ。俺の腕が通用するか、試してみたいんだ。国王陛下に進言して貰えないか? な、頼むよ、フローラ!」
アルビンは、フローラの父親の口添えがあれば、ギルドを経由しなくても、直接頼んでしまえば楽だと考えていた。
「嫌よ。デーモンって、人間が手出しちゃいけない生物ってお父さんも言ってた」
熱弁を振るうアルビンを尻目に、青い髪の毛をいじりながら、窓の外に目をやるフローラ。
その姿はアルビンに全く眼中なしといったところだ。
「一年前が最初で最後って言ったじゃない。二度目はないわよ。あんな思い二度とごめんだわ」
フローラの視線の先、アルビンの懐には二人にとって非常に身に覚えのある代物が。
「俺たちはあの戦いから強くなってる。分かるんだ。俺の体の中で流れる血が、ジェムが――訴えてくるんだ。デーモンを倒せって。殺してくれって――頼む、協力してくれ。フローラ」
「強さ、強さ、強さ――私、戦いなんてもう辟易してるのよね」
毒を吐くフローラに、
「何を言ってんだ――フローラ?」
アルビンが一歩下がる。
「確かに私は大魔道士で、国王のひとり娘だから、皆にもてはやされるのも無理はないけど、本当は嫁入りして、ゆっくり暮らしたいの。ここまで言えば満足かしら」
「でも、お前は俺と――」
「誰が戦闘狂と結婚するものですか――貴方とは今日限りにさせて貰うようにお父さんにいってくるわ」
フローラは身支度を調え、荷物を纏めると小走りで扉の方へと向かった。
「お前! まさかとは思うけど――」
「安心して、あんなこと誰にも言わないわよ――さようなら」
アルビンは振られた。人生で最悪な日。
勇者としての栄光の階段を駆け上がっていたアルビンにとっては、突然の苦い経験だ。
「くくく……見事に振られてらあ。これじゃ何の為に付き合ってたんか分かんねぇなあ。お前がデーモン討伐の為にあいつと付き合ってたの知ってるんだぜえ」
「ロック……」
アルビンの前にニタニタ笑いながら、奥の部屋に隠れていたロックが姿を現す。
「畜生……」
アルビンは頭を抱え、同時に新調したばかりの戦闘服、右ポケットの中が鈍色に輝く。
「こいつがあれば……」
アルビンは嘆息をついて、ポケットに手をやると輝きは収束した。
「―――誰だ!!!」
アルビンは窓を引いて、辺りを見回した。
後を追ってロックも一緒に外を見る。
広がるは王都の街――すっかり夜になってしまっているので真っ暗だ。
アルビンがいるのは住宅街。それも王都の中でも一流階級が住む閑静な地域。
夜中に誰かがいる訳がなかった。
「誰もいねぇじゃんよ」
「――いや、俺の気のせいだ。気にしないでくれ」
アルビンは小さく笑いながら窓を閉じ、鍵を閉め、灯りを消した。
「監視されてる……か」
アルビンは椅子に腰かけ、ロックには伝えず思っていたことを口にした。
少なくとも経験上間違いないと思うし、勇者を名乗る以上経験がない訳ではない。
「俺も流石に今回は下りるぜえ。行くならレスターと二人で頼むわ」
「好きにしろ」
勇者の称号は国王が任ずることの出来る最高のくらいで、得られるのは一人のみ。
腕っぷしは当然のことながら、薬学の知識にも精通している必要がある。
つまり何でも一人で出来なければならないのだ。
これからも――ずっと。
しかし……。
「成るほどな」
アルビンは見る。
着ていた戦闘服――ポケットが再び鈍色に輝いて――すぐに消えた。
アルビンは直観していた。
今、監視している者が人ならざる者であることを。
「明後日――だな」
アルビンはロックを返し、鍵を閉め、灯りを消した。
そしてその日の夜――。
王都で小規模な――誰にも気づかない程度に大地が揺れた。