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「痛ッ……」
レスターの前でアルビンが倒れた。
王都パタゴニアに帰着して早々の出来事である。
レスターが近寄ると、アルビンの懐が鈍色に輝いていた。
レスターは光の源に手を差し伸べると、アルビンが睨む。
見下すような、怒りを通りこした、正直後悔したくなるような憎悪の表情を見せる。
レスターは咄嗟に考え、一歩身を引いた。
やっぱり信頼されてないんだなあ。治癒魔法も使えないロックに手当して貰ってるし。
「ロック、レスターとフローラに今日の報酬証書を渡してくれ。精算を済ませたら、お前等二人は帰っていいぞ」
ロックの介抱もあり、苦悶していたアルビンの表情が元に戻った。
目頭に入っていた力も抜け、楽になったようだ。
レスターはフローラと一緒に鑑定を依頼する。
「火ジェムが二個――雷ジェムが四個――そのどれもが結晶化したジェムとは恐れ入った。お前達が持ってくるジェムは人気でねえ。助かるよ」
「ジェムはお金になるから俺も助かってます、マスター」
ジェムは宣託の儀の際、人間が含むそれとは他に、魔物も同じ物を授かっている。個体によってジェムの属性は異なり、強さによって状態の善し悪しも変わるのは言うまでもない。
特に結晶化したジェムは人気で、ジェム固有の能力値は軒並み五桁オーバー。
自己スキルの乗算効果も相まって、取引も活発だ。
アルビンもフローラもロックも――当然、武器には一万オーバーの破壊的な性能のジェムをつけてるし、状況に応じて装備品に装着するジェムを変えたりしている。ロックがスキルが低くても活躍できるのはジェムが持つ能力値が高い影響が強い。
要するにスキルも去ることながら、力のあるジェムを持つ者が、真の強者と言っても過言ではないのだ。
なので、自己スキルが低い者は強いジェムを手に入れれば事足りる話なのである。
ゆえに、老若男女問わず体にジェムを携えているとはいえ、人々は魔物から産出されるそれを求めて買い漁るのだ。
そしてある程度の自己スキルと強いジェムを持つ者は、強敵に挑んでジェムを得て売り捌き、売れたジェムは裕福な者が買い――の要するに強者のスパイラルが既に出来上がっているのである。
レスターが属するパーティはその先端を常に進んでいる。
当然、国王も簡単に手放すわけにはいかない訳で、もみ消しも容易だった訳だ。
「今日の報酬だ。心置きなく受け取ってくれ」
レスターは報酬一万ゴールドを受け取る。
王都に住む人間の平均月収は十五万弱故、今日の報酬は悪くはない。もとよりレスターは身を寄せている孤児院に寄進している。
だから懐はいつもカツカツだ。
「これでは、新しい服も買えないわね」
フローラはこれっぽちの表情を見せてたけど、まぁ国王の娘だから金には困らないだろう。
さっき転んで解れた服を仕立てて貰うんだと言って、思い出したかのように走って帰っていった。
「迷宮森林にはデーモンがいるって話だあ。攻略するなら、最低でも自己スキルと武器ジェムの乗算値が八百万以上の治癒士がいないと陛下も許可してくれないだろうぜえ。流石に無理な話だと思うがなあ、アルビン。もっとも強い光のジェムを受け継ぐ治癒士がいれば話は別だけれども」
「まぁそう言うな。レスターもレスターなりに上手くやっている。まぁ相変わらずヒール量は少ないし、まだまだ俺たちに背中を預けられる程度ではないのは認めるがな」
レスターはぼろ糞言われることには慣れている。
事実、スキル1だし他の魔法は無理だ。
だからその程度で怒ってたら切りがない訳なんだけれども。
ってか、背中預けられない言ったし……信頼されてないと言われてレスターは内心、衝撃を受けるも毅然と答えた。
「俺は敵前逃亡したことないぞ! ってか、俺抜きで何で話を進めてるんだよ」
デーモンは他の魔物とは異なり黒いジェム――通称黒ジェムと呼ばれる悪の権化を体に抱えている魔物の名前だ。
体躯は二メートルはあり、性格は狂暴で残忍。
剣を持つ個体もいるらしい。
尤も、関わりを持たなければ絡むこともないので、人間界ではどの国もデーモンには感知することをしないし、討伐の許可も出さないのが通例だ。
「俺の治癒云々問わず、デーモンには手、出さない方がいいとおもうけどな。それが俺達人間の昔からのしきたりって二人も聞いてるだろう?」
レスターは、ただ得体のしれない物と戦いたくない心が今の発言に結びついただけなのだけれども。
「魔族を倒してギルドの功績を挙げようぜえ。ホブゴブリンばかりだと俺の腕が鈍るしよお」
この世界には人間以外に、魔族が生活している。だが一切の交流はない。
その上で、人間との戦争状態の扱いにはなっているが――人間と魔族が戦う理由は有史以来の謎。不思議な関係にあるのが現状だ。
一説によると、何処か人間の王の娘が魔族に殺されたからとか、太古の昔に魔族が人間を奴隷として扱い、叛乱が起きて以来戦争が起きて、それが今でも続いているとか、別次元からの侵略者だとか超絶理論唱えてる人もいたな。拾った王都新聞を毎日読むけれども、正直なところレスターも答えを導き出せてはいない。
確実なのは、今の状態が少なくとも千五百年前から続いていることと、その間、人間の努力の甲斐あって大小問わず魔族を起因として滅びた国は無いとのこと。
そして一番は、魔族は人間の二十倍近く長生きする反面、文明程度は人間のそれより低いということの三つ。
レスターがありとあらゆる文献を読み漁って得た結論である。
「そういえば三日前に拾った王国記の一部に魔族歴史の記述があったなあ……」
レスターの帰巣本能スイッチが入る。
体が既に帰る方角へと向いてしまっていた。
こういうときは抗わずに本能が赴くまま帰るのが吉。
「そいでは、報酬も貰ったし俺はこれで失礼しまーす」
「明後日の朝、ギルド前に集合だぞ。忘れんなよ。まぁ忘れて貰ってた方がこっちは嬉しいんだがな。何てな」
「へいへい――」
レスターは尋常ならない悪寒を感じる。
呼吸を整え、レスターは周囲を見回す。
だが、何に起因するものかは分からなかった。
今いるのは王都の中でも最も賑わう場所――ギルドの中だから。
数多の人でごった返している。誰かが俺を見ていたとしても不思議ではない。何しろアルビンのパーティは有名なのだから仕方がない。
「二人は帰らないの」
「打ち合わせだ――レスターには関係のないことだ」
「お前は報酬貰っただろお? とっとと帰った帰ったあ」
「へいへい――」
アルビン達、ニタニタ笑ってたけど何を考えんだろ。
またいい金策でも見つかったのかな。それなら楽しみだけどな。魔族討伐は――ちょっと気が引けるけど、見たことある人は王都に誰もいないって言うし――ってか、今日は疲れた……。
結局レスターは根城にしている家――孤児院へと戻ることにした。
正直な話、肉体的にも精神的にもクタクタだった。
アルビンはまだしも、フローラとロックはレスターにとってストレス以外の何物でもない。この前、あの二人にギルドの中で公然と不要者扱いされたもんな……アルビンが止めてくれたから良かったけど。
「しかし背中を預けることは出来ないかあ……やっぱり役に立ってないんだよなあ、俺」
レスターは誰に言うでもなく嘆きながら、孤児院へと帰っていったのであった。