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「――聞いてんのか、レスター。レスター!!!」
レスターの名前を呼ぶ者――アルビンと呼ばれる勇者だ。
宣託の儀式から六年後、十八になったレスターは仲間と一緒に行動をしている。
骸に代わったホブゴブリンからジェムをはぎ取ったレスターが、間の抜けた言葉を返す。
「ん――ああ、アルビン。何か用?」
雷のジェムを懐にしまい、レスターはアルビンに視線を向ける。
「相変わらずお前は回復量が少ない気があるから、鍛錬積めってお叱りの言葉と、何なら俺が教えてあげようかと思ってだな」
「いつも気遣ってくれてうれしいけど今はいいかな。ありがとうね」
勇者が決まって魔物の討伐が終わると決まってかける言葉だ。
まぁ十八になってもスキルは1のまま、出来る魔法は治癒のみとくれば無理はない。誰にも真実を言っていないから、なおさらだ。
それに、今回のゴブリンは上位個体だったから、回復が余計に必要だったことも強く言う原因であるとレスターは考える。
そんなレスター達はホブゴブリンの群れを倒して今は帰る途中。
流石に暑いな――レスターは破れかけの服を抓んで体に空気を送り込み、冷えた風を体の中へ入れ込む。
冷えた汗が水へと代わり、少し寒い気がした。
時は生誕暦千八百年氷の月の九日目。
俗に言う冬の時期である。無理もないか――。
レスターは大きく息を吐いて、今度は冷えた体を温める。
「俺たちは並のパーティじゃないんだ――」
「パタゴニア王国の看板背負って戦ってるんだ。だろ?」
「分かっているなら決められた役割は果たすように」
「へいへい……」
いちいち煩いアルビンだが、自己スキルは七百を超えると聞く。
これまで三頭戌、三頭龍など、列挙したらきりがないほど数多くの魔物を屠った経歴を持ち、勇者の称号を国王より賜っている強者だ。
他にも友好国を助けてほしいから援軍として向かってほしいと依頼されたこともあったな――誰かを殺すとか痛めつけるとか、正直気乗りはしなかったけど「お国の為に」とアルビンが言うから同行はしたが、一か月経っても戦争は始まらなかった。
結局、報酬だけたんまり貰って帰ってきたから文句もそのときは出なかったが、次に戦争へ行くときはきちんと辞退を申し出ようと思う。
本当に戦争になれば、俺なんかすぐに倒されてしまうし、足手まといになるからね。
因みに、戦地へ赴いたときに得た報酬は全部、身を寄せている孤児院に寄進した。
今でもそうしてるし、これからもそうするつもりだ――って長話しちゃったな。
勇者アルビンと共に行動するレスター、上の名をアルナイルと呼ぶ。
見た目は精悍な顔立ちで、物静かな風貌。よく元気がないと言われる程度に開いた緑色の目、茶色いボサボサ髪の毛を生やし、華奢で筋肉は生活に必要な最低限しか持ち合わせていない、抜けた感じの青年である。
そんなレスターだが、スキル1の治癒士であるにも関わらず勇者入りのパーティに入れている理由は全くの偶然からだった。
人間界では話題に触れることも禁忌とされている魔王――その側近を倒したから。
いや、状況を冷静に考えてみると退けたと言った方が正しいかもしれない。
一年前、レスターはギルド請負の課題を王都周辺でこなしていた。
レスターは人様に迷惑をかけまいの信条を持ち、誰にも関わりを持つことなく細々と暮らしていたのだが、王都を視察していた魔王の側近と戦っているアルビンのパーティと遭遇。半ば強引に組まされてしまった訳なのだが、レスターはその魔王の側近と戦ったことはない。戦いはほぼアルビン達で終わらせていたからだ。
唯一見えたのはアルビンがその側近につけたという剣の傷だけ。
ただ、向きも分からないし、何しろあのときはパーティに入れる入れないで一悶着あり、レスターは余り詳しく気に留めることなく、記憶していなかった。
ともあれ何故、レスターはアルビンのパーティにいられるのか。
「あの記事さえなければなあ……」
居合わせた戦場記者が、レスターを純メンバーと記した上で「魔王の側近を退けり救国の戦士と仲間達」と記事にしてしまったのだ。
因みに、専属治癒士は戦闘中に怖じ気づいて逃げてしまったとのこと。後で国王に一年間の勤労奉仕を命ぜられ、専属治癒士の存在はもみ消された。
結果レスター以下、パーティの面子は王国内で有名になってしまい、ヒール量が少なくても、アルビンや仲間に愚痴やら何やら言われても、解散出来ないという半強制的にパーティを組むことになった経緯がある。
勿論悪いことばかりではない。
戦闘のたびにやれ回復と愚痴を零すアルビンだが、公平に報酬はきちんと分けてくれるし、何より腕が立つのは勇者の肩書が証明している。
そして何より、どんな状況でも先頭に立って戦ってくれる。
だから、当然レスターも勇者と呼ばれるにふさわしい人間であると思っているし、尊敬もしている。
「私が強化魔法を張ったら、魔物の敵対心が来るから、貴方は私にたくさん回復するって何度言えば分かるの?」
レスターに毒づく高飛車な女。
アルビンの恋人にして、王国屈指の魔道士フローラである。
才色兼備に成績優秀。スキルはアルビンに負けず劣らず七百オーバー。
おまけに国王のひとり娘とくれば誰も文句はない――レスターを除けば。
「何度も同じこと言わせないでよね」
言うまでもないが、例の治癒士のもみ消しを依頼したのもフローラだ。
「今日は大人の少女服で攻めてるんだね」
「レスターにも分かる? 服のセンス」
「腹巻の装飾を学生っぽく制服に、あと髪留めをカチューシャにするとかどうかな。フローラの魔法、ジェムの力をたくさん使うから、長い髪が舞って邪魔じゃないかなと。戦闘中もよく弄ってるし。止めといた方がいいと思うよ」
本当は他国で大枚叩いて買った革靴と、真っ白な長い靴下に装飾つきのスカート。紛れもない大人の少女服である。
ともあれ、フローラの服が全部俺が納める税金に使われているのだから当然腹立たしいが、煽てておけば小うるさい愚痴を聞くこともない。
レスターはフローラの扱いを既に一年で会得していた。
「襤褸服の癖に、感覚はあるのね」
服に煩いフローラは王都でも一二を争う美人で有名だし、何しろスキルが高い。
同性からも羨望の的になっているのは有名な話だからなあ。
アルビンもどうしてこんな人に惚れたのやら。
「全く分からん」
レスターは人生に於いて異性に対して特別な感情を抱くとか、好きになるとか、見惚れるとか――思春期を過ぎた者なら必ず通りすぎる事象がまるでなかった。
レスターは人様に迷惑をかけまいと、細々と多種多様な本を読んで知識をつける生活をしていた。
悪い言い方をすると、自分自身の世界に入っていた。
今でこそ殻を破って勇者とともにいるが、思春期が急に来る訳でもない。
レスターには理解し難い感情だった。
「レスター!!! 大事な服に傷がついてるじゃない! 後で弁償して貰うからね――って、聞いてるの? レスター!!!」
レスターは目一杯の嘆息で無言の意思を示した。
「ダメダメ、レスターに何を言っても直んねぇぜ。知識しかねぇ三流止まりの治癒士だしなあ。正直言ってこいつがパーティにいると前で戦いたくなくなるんだよねえ」
もう一人の仲間、格闘士のロックだ。
幾多のパーティを経験し、二年前にアルビンにスカウトされて、それからずっと一緒に行動しているらしい。自己スキルは五百超えで二人よりは低いが、武術に一芸を持つ。
趣味は筋トレと金策。分かりやすい性格だ。
「これまで上手くいってたんだから問題ないだろう。今日だって雷属性のジェムが六個も取れた訳だし。まぁ鍛錬が足りないのは認めるけどさ」
「何か怪しいんだよなあ。お前本当に治癒出来んのか? 色んな治癒士を見てきたが、お前みたいに治癒感じねえやつ初めてなんだよなあ。武器のジェムが弱っちいのかそれともスキルが低いか……どっちかだなあ」
治癒士は武器を持たないが、人差し指の指輪に通常はジェムをつけている。
尤も、レスターの場合はただの飾り、色のついた石ころなのだが――。
ばれたらまずいな――。
「俺の治癒感じないのは、ロックがちょっとやそっとで怪我しないからだとおもうよ。手当不要なら、治癒も必要ないしね。何しろ俺よりロックの方が体格もいいし、筋肉の付きも違う。最強格闘士じゃん」
「おうおう分かってんじゃんかよ。まぁ次から気を付ければいいさあ」
きっと脳まで筋肉なんだろうな。
ロックもフローラもある程度性格さえ覚えれば御しやすいから楽だ。
それでもロックは鼻が利くから、次からはヒールを大量に重ねがけしてやろう。
めんどくさいけど我慢我慢……。
「でもよお、パーティプレイは掛け算だぜ。スキル0が一人でもいると皆に迷惑がかかるのは、分かってるよなあ」
「いや、俺は0じゃなくて1……」
「んあ?」
「何でもねぇよ!」
こんなやりとりを続けて既に一年、レスターの体は悲鳴を上げていた。
「はぁ……」
レスターは再び大きな嘆息を空に向けて吐き出す。心なしか腹も痛く感じる。
今日は特別重症な日だった。
「こんな生活、限界だよ……」
レスターは物思いに耽っていた。
宣託のあと、レスターはすぐ孤児院に預けられた。
それも当然のこと。宣託で受けたジェムの力が自己スキルに直結するのである。
当然スキルが低ければ、真っ当な職にありつくことは難しいし、生活の基盤を整えるのも大変になる訳で、レスターも理解していたつもりではいたが、あれさえ飲まなければと、生んでくれた両親に迷惑をかけてしまったことに後悔して、涙を流す日々だった。
それでも一年後、レスターに転機が訪れる。
行商人が、レスターの故郷が戦火に包まれて消滅したと報せに来た。
人間同士の戦争、領土の取り合いに両親は巻き込まれたのである。
良くも悪くも、レスターは唯一自己スキルが1であることを知る両親を戦争で亡くしたことで踏ん切りをつけることが出来た。
そして事件を契機にレスターは変わった。
自立を目指してスキル1でも戦える魔物狩りを始めた。
決してレベルは高くない、低レベルのレッサー・ゴブリンやスモール・コボルトが典型的だろうか。それでも毎日成果をギルドに報告して、金策をして、今では自立して稼げるようにもなった。
それがレスターにとって、一番の両親への恩返しだと考えたからだ。
そして何より、神官との約束の履行でもある。
「――スキル1の治癒士で精一杯生きる」
レスターはがむしゃらに、時には失敗しながらも、六年間、生きた。
そして今では一応勇者パーティの一員だ。
役に立ってるのかと言われると、甚だ疑問だけれども。まぁ、これから役に立つ予定だけどな! とまぁから元気はここまでにしておいてと……。
レスターは最後の雷ジェムを拾い上げ、目を瞑る。
「パーティ入れたけど仲間の当たりが強いから少し辛い。俺を信頼してくれてる訳でもないし……本当は抜けて楽になりたい。抜けられたらいいけど、それも今は出来る状況でもないんだ。アルビンのパーティは国王の期待が大きすぎて、あと十年は、このままお願いしたいって一昨日も言われたんだ」
弱音こそ吐露するも、レスターはしっかり前を向いていた。
懐から零れ堕ちそうなほどのジェムを抱えて、立ち上がる。
勿論スキル1の治癒士であることを隠しながら。
これからもずっと――。






