1☆
「レスター・アルナイルを治癒士に任ずる。ただし生涯の自己スキルは1とし、武器に石を嵌めての自己スキル強化も禁ずる。スキル1のヒール専門治癒士としで残りの人生を過ごすのだ」
ジェム――それは一言で表すならスキルの塊だ。
人間はジェムと共に生きていると言っても過言ではない。
特に戦争の絶えない人間界では、武器にジェムを嵌めてスキルを高めることで、己の才能を向上することが求められている。
そして、自己スキルとジェムが嵌った武器スキルは、乗算の関係だ。
つまり自身のスキルが1だと武器に嵌ったジェムの値を乗算したところで殆ど意味を成さない。
レスターは白の法衣を纏い両手に透き通った水晶玉を持つ神官から、絶望的な宣託を受けた。
「生涯自己スキル1でヒール専門の治癒士って――何かの間違いですよね」
「天命に過ちは無い」
あっさり言われた。
どうやら本当のことらしい。
治癒士で自己スキル1、おまけに制限つき――なんて宣託を聞いたことがないのですが。
友達は同い年で自己スキル百五十超えの戦士って言ったし、ってか、隣の家の女の子でさえ自己スキル八十五のメイドって聞いたぞ。しかも自己スキルは成長と共に向上する。
なのに俺は自己スキルが1? しかも治癒士で、それも生涯って。
レスターにとってこれは寝耳に水だった。
神官の言葉に呼応して同じく白い服に身を包んだレスターが疑問形で尋ねる。
「スキル1の治癒士に、一体どんな役目があるのでしょうか?」
「君は男の子だからファイターを望んでいたのやもしれないが、私はそうは思わないぞ。治癒士は、戦場から家の中まで――あらゆる場面で必要とされる重要な職業であることを忘れてはならない」
それは自己スキルが最低でも百以上の治癒士の役割だろうが。
何処の世界に生涯自己スキル1で治癒士名乗る奴がいるんだと、ツッコミをいれたくなるが今は抑えて抑えて……。
「神官様。俺は職業に関して言えば何でもよかったです。戦闘職も勿論憧れてこそいました。宣託が下り、治癒士を与えられましたが、異論は何もありません。精一杯務めを果たす所存です。ですが、スキル1しか扱えないのでは――どう人の役に立てば良いのでしょうか。そもそもスキルが低い俺がこの世界で生きていていいのでしょうか。仮に生きていて、俺の治癒魔法で誰かを幸せにすることなど出来るのでしょうか」
「君の噂はかねがね聞いている――他の子より博識で、理解力もいい。将来を見据えての洞察力に長けた言葉には一芸を感じるところがある。きっと将来勇者になりたいと思って勉強していたのだろう?」
「俺は拾った本を読み漁って勉強した程度の知識を持つただの人間です。家はとても貧乏でしたので。神官様の仰る通り俺は職業は何であれ、将来勇者を目指していました。なのにヒールしか出来ないスキル1の治癒士だなんて……あんまりです」
レスターは赤い目を擦りながら、言葉を紡いだ。
神官が改まって口を開く。
「レスター・アルナイルよ。人の究極の幸せは以下の四つであると心得なさい」
レスターはきょとんとしつつ、泣きたくなる感情を抑えながら神官に目を向ける。
「人に愛されること、人に褒められること、人の役に立つこと、そして人から必要とされること――治癒魔法を施すことで愛以外の三つの幸せを生きる者に与えることが出来る。レスターよ。宣託は万人に与えられた権利なのだ。己が天より与えられた才能を十分に発揮して存分に世界の為に役立てなさい」
レスターは頷きこそするも、言葉は出さずに考えた。
確かにその通りかもしれない。ヒールが1でも人に――誰かを癒やすことは出来るかもしれない。命を助けられるかもしれない。才能を発揮して、誰かの役に立てるかもしれない。そして何より、誰かに必要とされるかもしれない――。
「俺の……俺の幸せはどうなるのですか。スキル1で生活をするとなると、ギルドで仕事を請け負うことも、ノーマル・ゴブリン、コボルトの類の魔物ですら狩ることも、お国の為に戦いに出ることもままならず、寧ろ足手まといになるだけです。そんな自分に成り下がりたくはないのが本心です」
「だから君は天より治癒専用のジェムが与えられることが決まった。存分に己が才能を振るうが良い」
非常に由々しき事態だ。
それって前途多難な人生と分かっていても、全うしろってことだよなあ……。
レスターは涙声を荒らげる。
「今の話を両親に告げたら、きっと俺を棄てると思います。俺は俺の両親を進んで悲しませるようなことは、出来れば避けたいのです」
「人間足る者、十二の年で宣託を受け入れて初めて一人前である。断る方が両親を悲しませることになると思うが」
「宣託が絶対なのは理解しています。ですがスキル1の治癒士とは余りに酷ではありませんか。武器や装備品にジェムを付けるのも駄目だって言われてしまうと、本当にヒール1しか出来ない訳ですし……再考をお願いしたいです」
「生きるとは苦行の連続。寝る前に君がお母さんに読んで貰うおとぎ話のような、筋書はまかり通らないのだよ」
「俺は来る現実を確認しているにすぎず、決して世迷い言を並べているわけではありません」
「なら問うが、君はスキル1の治癒士として何をしたのだ。何を得、何を人に治癒魔法で役立てたというのだ」
確かに、何もしていない。やる前から諦めてるだけだ。
それは間違いないのだが――余りにも酷すぎる。
スキル1のヒールでどうやって役に立てばいいんだ?
全く思いつかねえ……。
この際、成人になったら主夫にでもなれって話か?
「何で俺だけ……」
けれども宣託は絶対だ。抗う者には必ず災いが起きる。
いや、既に宣託自体が災いだろ……って、考えたらきりがないな。どうしたものか。
レスターは続く言葉を紡ぐことが出来なかった。
楽しみにしていた、待ちに待った瞬間の筈が――。
周囲ではファイター、将来勇者になれると言われた友人もいたと聞いていた。
当然そう言った友人達のスキルは高い。将来も自己スキルの成長を約束された有望株だ。
それに比べて、レスターのスキル1&治癒のみは余りに想像し難い縛りだった。
「スキル1である理由を今、君が理解するのは少々酷ではあるかもしれまいか……」
「それは一体? どういうことですか、神官様」
「宣託のときである」
レスターの問いに答えることをせず神官は水晶玉を割り、ヌメヌメした流動の何かを、グラスに注いだ。
「これが液体のジェム……スキルの塊……」
「ジェムを体に宿すことで、レスターも晴れてスキルを活かんなく発揮することが出来る」
「スキル1で装備品にジェムの装着も不可。おまけにヒールしか出来ない例外治癒士だけどね……」
レスターは大きなため息をついて、注がれたジェムを眺めていた。
「神官様――俺、本当に治癒士としてこの世界で生きて良いのでしょうか」
今ならまだ替えられる、つまり学者や技術者のスキルが低くても頭で解決出来る職につけるのではないかと。
僅かな可能性に賭けてレスターは尋ね、神官が答えた。
「宣託に間違いはない。宣託の儀を経て君は治癒士の権利を得た。紛れもない事実だ」
決定事項だった。
替えようのない未来。輝くグラスと対照的に、真っ暗な人生が待っている。ずっとずっと、間違いなく、誰が聞いても、耳にしてもスキル1の治癒士は地獄以外の何物でもない。
飲まなければ、グラスに注がれた流動化したジェムを口に含まなければ事足りる。
でも――。
「俺……」
レスターは考え、考え、考え――。
「俺……」
どれぐらい時間が経ったかわからないほどに、
「俺……」
温めていた唾をゆっくり飲み干した。
「――ります」
目を大きく見開いて、レスターは言った。
「俺、頑張ります――スキル1でも頑張って生きて人様の役に立てる治癒士、目指します」
レスターがそう答えると神官は皺だらけの目を丸くした。
「その気概だ。レスター・アルナイル。私も大いに期待しているぞ」
「はい、神官様」
レスターはジェムを一気に飲み干す。
途端に胸が熱くなった。
持っていたグラスを落としてしまうも、レスターの耳に割れた音は届かない。
心臓が早鐘のように躍動する。体を極限まで酷使しても体感できない辛さを、レスターは鼓動に合わせて刻む。
「成功○△□×……」
神官が口を動かしているのが見えるけど、殆ど聞こえない。
波打つ心臓の音で全てが掻き消されていた。
「×○××……未来……」
「お……おれ……あっ……」
最後まで感覚のあったレスターの目が――閉じた。
レスターは意識を失った。
スキル
→ 人間の下地となる値。高いほど優位性が増す。成長と共に上がっていく。
ジェム
→ 人間が宿す力の源。スキルの塊。十二歳で宣託を受けて継承する
ジェムのお陰で人間は魔法や剣技の才能を努力せずに発揮することが出来る
また、ジェムを武器に装着して更に己を強くすることも可能。
スキルとジェムを付与した武器との関係。
→ 乗算の関係
例)スキル100で、武器に付与したジェムが100の場合、合計能力値が1万になる。