魔の都。
飛行場では客室や貨物室を背負った多くの大怪鳥や飛龍が、松明の形の魔法灯を両手に持つゴブリン達の指示によって右へ左へと動いていた。あのゴブリン達は管制官なのだろう。魔法灯をバツにしたり、大きく回したりしてジェスチャーで指示を出している。
「ありがとうございました。特別仕立ての鳥は速いですね、もう着きました。」
グラムシが大怪鳥や飛行長達に労いの言葉をかける。
ユニコーンの引く巨大な12頭立て馬車が迎えに来ていた。3階建てで、向こうの世界の大型バスよりも遥かに大きかった。
「我々は3階部分に乗ります。下の階は荷物や他の人達が乗ります。」
大きな荷物を持ったゴブリンや、手が複数ある多手族が1、2階に乗り込んでいた。この荷物は俺達と一緒にさっき運ばれてきたのだろうか。
俺達は3階に上がった。馬車の中は金や銀で豪華に装飾が施され、車両中央部は螺旋階段が設けられており1階から3階まで吹き抜けだった。そしてそこにシャンデリアが天井からぶら下がっている。
座席はベルベットの張られたソファで、座ると体中を柔らかさが包み込んだ。多様な種族が座ることを想定してあるのか、ソファは人間サイズよりも二回りは大きい。背の小さいグラムシはソファに座ると足が浮いた。心地よさそうに深々と腰掛けたサーシャは葉巻に火を着けていた。
馬車は大通りを進んでいった。
オスカーは空いた口が塞がらないようだった。
石畳とアスファルトで舗装され街灯の綺麗な光が並んだ大通りは、王国の砂利を敷いただけの大通りとは規模も整備され具合も比べ物にならなかった。馬車は全く揺れない。
大通りに面して建つ高層建築物は、どれも王国で最も高い教会の尖塔よりも高かった。
そして馬車の数である。膨大な数の馬車。きっとこの都市の馬車の数だけで王国の全馬車の数よりも多いのだろう。
信号機がある。下ではゴブリンやエルフが信号機を操作している。
「なんだあれは!?」
オスカーが指差す。
馬車の集団の中に、馬のいない大きな音と煙を出す馬車があった。
蒸気自動車と内燃機関自動車だった。
「ここまで文明が進んでいるのか・・・。」
思わず声が出る。
魔王軍の文明は進んでいるとは思っていたが、ここまでなのは想定外だった。
パリにあるような環状交差点に差し掛かった。真ん中には大きな青年の肖像画が掲げられていた。
10代後半ぐらいの年齢だろうか。黒く真っ直ぐな髪が腰の辺りまで伸びた、眉目秀麗な「婦人好女の如し」という表現が似合う容貌だった。左胸には勲章が着けられていた。
「アイツは誰だ?」
オスカーが聞くとグラムシが答える。
「アイツとは失礼な。あの方こそが我が評議会同盟連邦中央委員会議議長、『我らのイリヤ』です。
貴方達の、人間界で言う所の『魔王』と言ったほうが通りが良いでしょうか。」
俺とオスカーが窓の方に身を乗り出す。オスカーが聞く。
「人間か!?あれは!?」
グラムシが答える。
「あれとは失礼な。『我らのイリヤ』は貴方達と同じ人間種ですよ。」
オスカーが大声を出す。
「なんで人間が魔王やってるんだよ!」
グラムシがこっちを見る。
「サキさん。貴方を取り調べるのは『我らのイリヤ』です。直々に取り調べをなされます。」
馬車は一際大きな白亜の建物の前で止まった。美しい大理石で壁を覆われており、それが白さの印象を際立たせていた。
「ここです。それでは降りましょう。」
グラムシが降車を促す。