天空の蓋。
グラムシが向かえに来た。
「サキさん、お疲れ様でした。」
辺りはすっかり暗くなっている。街灯が大通りを照らし出し、高層ビルの灯りが夜空のスカイラインを形成している。
空を高く見上げると、色とりどりの点滅した光の大群がいる。大怪鳥や飛龍が付けている航空灯だ。光の帯のように見える。それが動くさまは、さながら銀河が大移動しているようだ。
ホテルまで移動する途中、街を見ると皆空を見上げていた。中には帽子を大怪鳥や飛龍の光に向かって振っているものもいた。
街にどこか張り詰めた、落ち着かない空気が漂っている。
だが、この空気の正体を知っているのはおそらく少ないだろう。大部分がきっと正体を知らない。
この空気はそういう空気だ。
「明日は何もありませんので休んでいて下さい。追って連絡します。」
ホテルの前で俺を下ろすとグラムシはまた忙しそうに行ってしまった。
グラムシもどこか緊張していた。そしてグラムシはこの空気の正体を知る数少ない一人なのだろう。
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翌日の新聞で空気の正体がわかった。
最高戦争指導委員会の発表が一面記事になっていた。
『王国各地の心臓部を同時猛空襲』
『都市工場を徹底的に爆撃破壊』
『主要中継地、橋、道路を空襲。交通網を破壊』
『農村、穀倉地帯に焼夷弾を投下。兵站食糧資源を徹底的に焼き払う』
昨日の夜見た大怪鳥や飛龍は爆撃に向かう大戦団だったのだ。
空に向かって帽子を振っていた者はその事を知っていたのだ。軍関係者だろう。グラムシも当然知っていた、いや、それどころかグラムシは指揮を執る立場だっただろう。
最高戦争指導委員の一人であるミハエルの声明が最高戦争指導委員会を代表して記事に載っていた。
『我軍は昨晩、王国に対して空襲を敢行しました。これは全く新しい空襲方法であります。今までも竜騎兵による空襲など幾つかの方法はありました。しかし、それらはいずれも戦線の最前線で敵に襲いかかるという範囲のものでありました。今回の空襲は違います。敵の後方、つまり一人一人の敵兵ではなく、敵国それ自体を目的とした史上最大の規模の大空襲であります。今回の空襲は今次の戦争に新しい側面を付しました。それは前線や後方の区別なく、境目なく、全てが戦場になる、というものであります。我軍は空から蓋をしました。王国にもはや安全な場所は全く存在しなく、一切の逃げ道も存在しません。大森林の大木から空き地の小さな草の根まで、城の王の間から朽ち果てた空き家の部屋の隅まで、全てが戦場であります。兵士や民間人、貴族や王族の区別も無く、いまや全員が戦場にいます。我軍はこの空襲を何度も行わなければなりません。辛抱強く、何回でも、何回でも、行わなければなりません。それはいつまでか?文字通り、王国という体制を破壊するまでであります。』
新聞には爆弾を投下する大怪鳥やコクピットから爆撃目標を指示する吸血鬼種、燃え上がる都市の写真が載っていた。
午後、部屋のベルが鳴らされた。
ドアを開けるとそこには二人のオーガ族が立っていた。
いかにも警察官、もしくは司法関係者という格好をしていた。制帽は大きくデザインされ、青色が強く印象に残るような配色をされた服装である。
「失礼いたします。我々は内務委員部の者です。ご協力いただきたいことがあるのです。」
そういうと、一人が紙を渡してきた。
グラムシの言伝が書かれている。目を通す。
なんでも、勇者と名乗る一団を前線付近で捕虜にしたところ、俺の名前を出してきたのだそうだ。事実関係の確認をしたいので顔を見て欲しい、との要望だった。
「内務委員部本部に連行してあります。」
俺は出かける準備をして部屋を出た。




