馬車と自動車。
「よく似合っていますよ。」
午後一時。
向かえに来たグラムシが俺の連邦服姿を見て言った。
外に出て空を見上げる。よく晴れており、風が街路樹の葉を揺らしていた。
懐かしい空気だった。やはり王国では嗅いだことのない匂いだ。
空気に土や木々の匂いが混じっていない。代わりに、乾いたアスファルトの匂いや、ビルが換気で排出する無機質な生活の匂いがする。
近代都市の空気だ。
グラムシと馬車に乗った。馬車が出発する。
「本当は公用車は馬車ではなく自動車なのです。ただ自動車は戦争に徴用されていて、今はこの都市にはそれほどありません。そしてそれほど無い自動車も物資輸送に使われています。1馬力とも無駄に出来ません。馬車を本来なら使用を想定していないこの都市へ大量に持ち込んでいるので、馬草の集積と糞の後始末が大変です。自動車の生産には全力を上げていますが、とても需要に間に合う状態ではありません。あちらの世界では自動車を使って物資や兵隊を輸送する事を「機械化」と表現したりするそうですね。我々も早く機械化せねばなりません。自動車は馬と違い誕生した瞬間に力をフルに活用することが出来ます。寝させる必要もありません。何より膨大な馬草が必要ありません。馬草の確保は常に再優先事項でした。エンジンを切ればそれですむ自動車とは違い、駐屯している時ですら馬は食べ続けますからね。機械化が進めば進むほど、馬草が手に入るか入らないかで行軍進路を決定される制約が無くなります。馬だけでありません、巨人や大怪鳥に頼る輸送も自動車や飛行機に代わるでしょう。巨人や大怪鳥の出生率の低さや個体数の少なさ、育成期間の長さに戦争時期を左右されることも機械化が進めばありません。特定の才能や種族、その個体数に依存したり左右される時代はもう終わりですよ。これからは誰もが機械でそれらと同等、いや、それ以上の才能や力を手にすることが出来る。機械化の意義はまさしくそこだと私は思うのです。確かに機械化は多くの問題があります。現地調達の出来ない燃料、修理の部品、負ったダメージのわずかな自己修復すらもありません。それでも、既存の生物学の範疇に一切頼らない機械化は魅力的であり、目指すべき方向なのです。」
そう口調強く語るグラムシの顔には、雪辱を果たしたという色と、その感情を自制しなければならないという強い自戒の色が浮かんでいた。
ゴブリン種は古来より下級種族と常に見下されてきた。グラムシ自身も例外ではなく見下されてきたのだろう。そして実際に、何度もそういった才能や種族に辛酸を舐めさせられ続けてきたのだろう。
それが今やその自分を見下してきた才能や種族が鼻をへし折られ、踏みつけられているのだ。そういう感情が出るのも仕方がないのかもしれない。
近代化という合理を戴冠する巨大な一つの機械の前では、個の違いなどは全て飲み込まれてしまう。そして意思のある「一人」の存在ではなく、機械としての均質な「一つ」の存在となる。
そしてそれこそがグラムシの望む姿であり、望む世界なのだ。
「ここです。」
俺とグラムシは異世界調査委員会分科と看板のある建物の前で降りた。
建物から鳥人種が出てきた。体は羽毛で大きく膨らんでおり、大きな瞳と頭をしている。フクロウの鳥人だろう。丸眼鏡をかけている。
「グラムシ殿、こちらが異世界の未来人ですな!」
そういうとフクロウが抱きしめてきた。羽毛に体が埋まる。モフモフしていて温かい。
「お話は全てうかがっています、サキさん!私はモローと言います!会うのを楽しみにしていましたよ!今日はよろしくお願いします!」
「よ、よろしくおねがいします。」
羽毛から顔を出してなんとか挨拶を返す。
「モロー委員が取り調べを行います。それでは私はこれで、別の仕事がありますので。後で向かえに来ます。」
そういうとグラムシは馬車に乗って行ってしまった。




