元「異世界に転生したらSSSランクの英雄だったので魔王退治を頼まれたりハーレムが出来たりと大変なことになった件」
食事が終わると、イリヤは妖精メイドの持ってきた葉巻に火を付けた。
着火に使ったシダー材の燃え残りと葉巻の香りが漂ってくる。
「君もどうだね。」
そう言われたので妖精メイドが持ってきた何本かの葉巻のうちから一つを選ぶ。
グラムシはデザートのケーキをずっと食べている。
こちらの世界に来て煙草を、それも葉巻を吸うのは他と同じ様にやはり初めてだった。こちらの世界でも煙草は遥か大洋を隔てた南国の特産品だったが、嗜めるのは僅かな王侯貴族だけだった。その南国からの輸入も随分前に途絶えた。理由は簡単だ。
「南国の煙草産地を国に格上げして我が連邦に編入したおかげで、上質な葉巻が常に吸えるようになった。キューバの葉巻にも負けない美味さだ。他では見られない世界有数の魔鉱石を含んだ厚い粘土層の土壌は違いますよ。」
イリヤが煙を吐く。煙がイリヤの顔を舐めるように天井にのぼっていく。
俺も煙を吐く。味は当然ながら、吸い込みの良さや煙量、ラッパーの美しさも申し分無かった。バンドには国章が金色と黒色で凹凸にデザインされ活版印刷されていた。
「私はかつて英雄と呼ばれていた。」
イリヤが昔を思い出すように言った。しかし、古き良き頃を懐かしむという風ではなかった。
「この世界に来た私は誰よりも魔力、スキル、格闘技術、知識が優れていた。誰よりも強かった。私の出現を神官たちは神の加護や祝福だと褒めそやした。」
グラムシはデザートを食べるのを止めてイリヤの方を向いた。
俺は聞いた。
「ずっと気になっていたのです。何故あなたが「魔王」をやっているのですか?」
イリヤが答えた。
「この世界に来たときには「本物の魔王」はいました。だよね、グラムシ君?」
「はい、いました。」
「なのでさっさと倒しました。元の世界に戻りたかったからです。妻子がいましたから。ですが、魔王を倒しても元の世界には戻れませんでした。そこで、この世界にいる魔物を全て倒して、人間達の平和を取り戻せば戻れると思い、諸国をまわって同盟や軍備増強、軍編成や武器改良などを献策し続けました。人間が一致団結し、この世界を人間の手に収める事を考えたのです。」
イリヤは葉巻を吸って煙を吐き出す。間が空く。
「しかし、誰も私の話を聞いてくれませんでした。魔王がいなくなり脅威がなくなった諸国は、主導権や利益争いを始めたのです。しかしこれは当然だ。魔王という柱がいなくなれば魔物達など烏合の衆です。
実際、魔王がいた間は争いをしなかった魔物達ですら、種族間で争いを始めた。」
イリヤの目に力がはいる。
「その頃だろうか、私にいわれなき誹謗中傷や流言が浴びせられたのは。どこどこのスパイだとか、回し者だとか、そういう事を言われました。嫉妬や妬みからそういうのが出てきたのだろう、それら誹謗中傷や流言の出所は「英雄」や「勇者」といわれる人間達だった。私の出現はそれまでの「英雄」や「勇者」の立場や持っていた物を全て奪ってしまったからな。地位、財産、女、全てを奴らから奪ったのだ。」
イリヤがまた葉巻を口にする。
「しがらみや足の引っ張りで私は嫌になって、人間界を離れた。そしてそれまでを思い出しては後悔した。何故最初の頃甘い顔をしてしまったのだろう。妥協してしまったのだろう。何故あの英雄や勇者達を殺さなかったのだろう。何故国王達を殺して国を乗っ取らなかったのだろう。人間や魔物、全員一人残らず殺してやろうとも考えた。とにかく反省や後悔しきりだった。そんな時に出会ったのがこのグラムシ君だ。」
俺はグラムシの方を向いた。
「彼は私の初めての友達なのだよ。彼は初めて会った時に私になんて言ったと思う?「俺達はお前を殺せるぞ」と言ったのだ!剣の一振りで山を裂き海を割るこの私に対してだぞ!弱小種族とそしられるゴブリンがだぞ!」
イリヤがグラムシを指差す。
グラムシは、その話かぁ、という顔をしている。
「グラムシ君は「俺達」と言った。彼は複数の種族の集団の首領だったのだ。なあ?ドン・グラムシ?」
「昔の肩書ですよ。」
グラムシはそんな過去のことは忘れた、と言いたげだった。
「私はグラムシ君が率いている集団を見て感動を覚えた。仲が悪いはずの種族が団結し協力しあっている。これこそが私が人間界で見たかったものなのだ。そこで私は言ったんだ。「お前たちを皆殺しにする前に一言言いたい。俺と組まないか。」とね。そして私達は組んでこの連邦の第一歩を歩みだしたのだ。」
「本当なんですか?」
俺はグラムシに聞いた。どうも突拍子もない話に聞こえた。グラムシは答えた。
「本当です。いくらか話が飛ばされていますが、大筋ではそんな感じです。」
「私が人間界にいた時は、皆、私の強さと肩書に無条件にひれ伏してるだけだった。そして私が人間に対しては力を振るわないとわかったら誹謗中傷や流言が出てきた。そんなものは当然といえば当然だな。だからこそグラムシ君との出会いは強烈だった。彼は私の名声と強さを知っていてひれ伏さないどころか、殺す、とまで言ってきたんだ。感動的だ!」
「あの、変な質問をしてすいません、グラムシさんは本当にイリヤ議長を殺せたんですか?」
俺はグラムシに質問した。
「魔王を倒したと聞いたときから情報を集めて徹底的に研究しました。当時はいつか戦うということは明らかな情勢でしたから。魔力の出るタイムロス、スキルの制約、格闘技術の隙、意識の働かし方、全て研究しました。倒すことはかなわなくとも、相当の大ダメージを与える事は出来たはずです。」
「グラムシ君達は火薬を発見して、未熟な出来ながら銃を実用化にまでこぎ着けていた。私用の最終兵器だったらしい。そうだ、魔力も出さず検知されず、私の意識が働く前に私の頭に銃弾をブチ込めれば私を殺せるのだ。なにせ私は銃があるなんて想像もしなかった。完全に意識の隙があった。銃で奇襲すれば私を倒せたのだ!」
イリヤは頭を撃ち抜かれる仕草をした。
「私は嬉しかった。ここまで私のことを考えてくれた者がこの世界にいただろうか。私は「勇者の私」ではなく「本当の私」を見てくれた事に喜んだ。人間界では見つけられなかった「誠実さ」「真摯さ」「純粋さ」を私はグラムシ君に見たのだ。例えそれが私に向けられた殺意であっても。そしてそれこそが彼の美徳であり、また強さなのだ。彼がドン・グラムシと呼ばれた一因もまさしくここにある。これほど素晴らしい男が他にいるだろうか!」
「なんか大袈裟ですよ・・・。」
グラムシはどこか恥ずかしそうに言った。
「かくして、グラムシ君と一緒に連戦連勝を重ね、領土を広げ、魔界の近代化を進め、多くの種族を仲間にし、連邦という国家を作った私は、「魔王」になったのだ。」
こうして時は過ぎ、晩餐は終わった。




