1945年の異世界転生。
驚く俺の顔にどこか満足そうなイリヤは話を続けた。
「私は1945年の晩秋にこちらの世界に来た。それがですね、池に落ちたのです。」
イリヤは笑いながら言った。
「池に?」
「戦後は食糧不足だったのはアオイ君、君も知っているね?」
「はい。」
「私も食べ物にありつけなくてね、本当に腹を空かせてたんだ。それで池の魚を採ろうと水辺に行ったら足を滑らせて池に落ちた。ドボン!」
イリヤは池に落ちるジェスチャーをする。
「まあ素手で魚を採ろうとしたのは無理な話でしたね。それで、気が付いたらこの世界にいたのです。」
本当の話なのだろうが、なんとも間抜けで胡散臭く聞こえた。
「私のこの姿を見てどう思いますか?」
「若いというか、幼さすら残る、というのが正直な感想です。」
「これは学生の頃の私の姿なのです。この世界に来たらこの姿だったのです。私は幼少の頃は比較的病弱だったのですが、大きくなってからは体を鍛えて逞しくなったのですよ。それがどうです、この世界に来たら病弱の頃の私に逆戻りだ。」
ガッカリ、という顔をイリヤはした。
「ですが、知識まで幼少に逆戻りしなくて良かった。ちなみに1945年の時点で私は44歳で、内務省官僚でした。」
「この世界に来てどれぐらい経つのですか?」
「ちょうど30年経ちます。それなので私の年齢は74歳ということになりますね。」
最初にイリヤに感じた妙な違和感は、この外見と中身が年相応な一致をしていないせいだったのだろう。
「イリヤ議長がこの世界に来たのが1945年で、そこから30年経ったと言うことは、この世界は1975年相当と考えていいのでしょうか。俺は過去の世界に来たのでしょうか。」
俺は疑問をぶつけた。
「そのように単純に考えないほうが良いですね。この世界と向こうの世界とでは時間の流れが違うと考えるべきだ。アオイ君、君が向こうの世界に帰ったら、時代が1000年も進んでいた、なんてことがあるかもしれませんよ。」
イリヤは楽しそうに言った。
「イリヤ議長。」
グラムシが話を割った。視線を腕時計に送っている。
「準備が出来たかな。アオイ君、食事はまだ取っていないね?」
「はい。」
「是非食べて貰いたい物がある。グラムシ君、君も食べていけ。」
食事は会戦前に食べた戦場での携帯食が最後だった。腹がとても減っていた。ありがたい話だ。
「隣の部屋に移ろう。食事の準備がしてある。夜景がよく見える部屋だ。」
そう言うとイリヤは俺とグラムシを連れて隣の部屋に向かった。
イリヤが池で採ろうとしたのは鯉だった。




