街の灯。ジュースの味。金細工。
エレベーターは馬車が何台も入りそうなほど巨大だった。さっきの神龍もこれに乗って下に降りてきたのだろう。そう考えると巨大にならざるを得ない。
俺とオスカーは途中で降ろされ、グラムシとサーシャはそのまま上に上がっていった。
エレベーターを降りるとオークが俺達を待っていた。燕尾服を着て白いネクタイ、手袋をしている。給仕係だろう。
「サキ様方、お待ちしておりました。どうぞ、こちらです。」
俺達はオークの後についていくと、窓から夜景が一望出来る部屋に通された。
こちらの世界に来てからは見たことのない景色だった。その美しさに元の世界を思い出す。
だが、そんな郷愁を疑問が打ち消す。この街を作ったのが誰だかすごく気になった。
この景色、いや、街は、元の世界の景色、それも戦前の景色にそっくりだった。それも東京の景色だ。
勿論戦前の東京の景色を直接見たわけではない。写真や記録映像、映画で見ただけだ。
「お飲み物です。」
先程のオークがジュースをきめ細やかな切り込み細工の入った美しいグラスに入れて持ってきた。
そういえば駐屯地と飛行中に水筒に入った水を少し渡されて飲んだぐらいだった。喉の渇きを急に覚えた。
俺とオスカーは椅子に座りグラスを手にとった。
オレンジ色をしている。柑橘系のジュースだろうか。一口飲んだ。
「美味しい。」
氷が入っており良く冷えていた。適度な酸味が五臓六腑に染み渡る。あまりの美味さに感想をもらした。
「それはよろしゅうございました。」
オークが頭を下げながら答えた。
オスカーを見るとグラスを持ったまま震えていた。
「美味い・・・こんなものは飲んだことが無い・・・。」
グラスを舐めるようにチビチビ飲む。
オークがオスカーに説明をする。
「こちらは南国熱帯から取り寄せた果実を搾り作りました。」
オスカーは南国の果実など初めて口にしたのだろう。だが、オスカーが震えているのはそれだけが理由ではない。
国王や貴族すら持っていないような美しいグラス、冬でもないのに贅沢に使われた氷、どうやって鮮度を保ったまま持ってきたのかわからない新鮮な南国の果物。
それらが一つにされて自分の前に投げ出すように出てきたのだ。
間違いなく国王や貴族すら経験したことのない凄まじい経験をいま自分はしている、という感覚がオスカーを貫いているのだ。
オークの牙には繊細な金細工の被せ物があった。
「綺麗ですね、牙のそれ。」
俺が聞くと、オークはそれを外して説明を始めた。
「美しいでございましょう、妖精の国の彫金師が彫り上げたものでございます。特にここを御覧ください。」
指差したところをみると、反対側が透けるほど薄く金が延ばされており、そこに毛よりも細い模様が満遍なく彫り込まれていた。
オークは話を続ける。
「これほどの技は妖精族の彫金師以外持ち合わせておりません。まさしく技の極みでございます。」
俺はグラムシが着けていた腕時計を思い出した。
質問をした。
「腕時計・・・も妖精の国で作っているのですか?」
するとオスカーが口を挟んできた。
「おい、「腕」時計ってなんだ?凄く小さい時計のことなのか?」
「そうだよ、グラムシさんがしていたのを見なかったのか?」
オークが牙に被せ物を戻しながら答えた。
「腕時計は妖精の国の近年の特産品でございます。グラムシ筆頭書記委員がつけられている腕時計は、妖精の国で作られた物でも特に高級な物でございます。」
「ごゆっくりどうぞ。」
そう言うとオークは下がった。
部屋は俺とオスカーだけになった。
エレベーターは蒸気で動いている。大型なのでとても遅い。




