episode.6時代遅れの時代
今回は少しキャラ増えます。
「お前、すげえな!」
これ以上ないくらいに目を瞬かせ、夏休みを待ちわびる少年のような笑顔で、一人の男が俺に話しかけてきた。
「俺の名前はバロ。よろしくなグレン。」
頼んでもいないのにいきなり自分の名前を名乗り出したこのバロとかいう奴は、俺と同い年で同じく魔導士を目指して試験に来たようだ。バロは16歳とは思えない無垢の笑顔で俺に話しかけてくる。
「なあ、土魔法ってつええのか?」
全く。まだお前に俺と馴れ馴れしくしゃべっていいなんて許可だしてないぞ。試合後で疲れてるってのに。
「そんなに。見た目も地味だし。」
と、適当に返しておく。ちなみに今は自分の試合が終わったので、他の試験者の試合を見ているところだ。にしても疲れたな。今布団に入ればコンマ一秒で寝れそうだぜ。俺が無意識の内に疲労感を露わにしていたからか、バロが俺の心境に気付いた。
「何だ、疲れてんのか。まあ、回復魔法してもらったばかりだもんな。」
「ん?どういうことだ?」
バロがあられもないことを言うので、俺がつい質問すると、
「回復魔法ってのはそもそもけがを治す魔法じゃなくて、あくまでも人の自然治癒力を活性化させる魔法だからな。結局は自分の体力使って治してる訳だから疲れるのは当たり前な。」
見た目に半して真面目なことを言う奴だな~、とバロのボサボサの黒髪頭と翡翠色の目に視線を送ると、「どうだ、詳しいだろ~」と言わんばかりのドヤ顔で返された。
何だか子供なんだか大人なんだか分からん奴だな。にしてもバロの話は結構タメになった。試合後一瞬で俺のけがを治したのあの回復魔法も連発することはできないってことか。やっぱ世界はよく出来てるな~と改めて実感する。
そんな俺にしてはめずらしくスケールのでかいことを考えていると、ファナの出番がやってきた。さっき出会ったばかりとはいえ、一応自己紹介もしたんだし、見てやらんとな。
「あの人がお前の連れか?」
「連れじゃない。少し話しただけだ。」
バロと共にコロシアムの方を見ていると、ファナが登場した。お相手は大きな闘牛。あんな少女が果たして勝てるのか?という疑問が生まれるのは当然だろう。バロも俺もそんな雰囲気のまま試合は開始された。
試験官の掛け声と同時にファナは詠唱を始める。ここからは聞こえないが、さぞ難しい呪文なのだろう。そして、殺意をむき出しにしながら走る闘牛の突進がファナにたどり着く前に地面から無数の剣が飛び出した。その一つ一つの剣どれもが同じ形、同じ大きさをした直剣の嵐が、牛に引き付けられるように空中から発射された。
ドスドスドスッ!
さきほどまで行き場もなく空中を漂っていた剣が、命令式を与えられ、目標に向かって突き刺さっていく。
「戦闘終了!」
一瞬で決着をつけると、ファナは全く口角を動かすことなくコロシアムを後にした。
「お前の連れ、おっかねえな。」
場に漂った緊迫を代弁するかのように、バロが俺の耳元で囁く。まあ、確かにあれは怖かった。ファナの奴、あんな恐ろしい魔法を使うとは。名称は剣魔法とかだろうな。あいつが帰ってきたらどうコメントすればいいんだろうと、できるだけ当たりさわりのないような常套句を考える俺。すると今度はそんな俺の脳内を今日一番の歓声が支配した。
「ん?何の騒ぎだ?こりゃあ。」
「お前、知らねえのかよ。」
周りの歓声に一人置いて行かれている俺を馬鹿にするようにバロが言った。悪いな、無知で。
「あいつは、今回の試験の優勝候補、アイン・アルベルトだ。【聖ルヴェノン王国】の一人息子で魔法の英才教育とかも受けてんだぜ。」
バロ。お前には説明役としてこれからも活躍してほしいもんだ。で、あいつは王国の王子様なのか。俺はコロシアムの中央で観覧者たちの歓声を一挙に浴びながら、悠々とした態度で毅然と佇んでいる王子に目を向けた。彼が動くたびにその白髪が揺れ、辺りまでもがキラキラして見える。ああいうのがヒーローになっていくんだろーな~。あいつの称号はどうせ勇者とか英雄とかなんだろうね。
俺は何だか見ている内に嫌気がさしてきて、王子様から目を逸らした。俺は早く終わんねえかな~という面持ちで空を見上げる。雲の動きが、風の強さを物語っていた。
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第二試験も終了し、俺達試験者は第三試験の場所へと移動を開始する。さっきまではグループごとに分かれていたが、第三試験は全員合流して行うとのこと。
「次の試験なんだろうな?」
「バロさん。少し黙っててもらえます?」
期待を露わにするバロを一言で一蹴したのは、艶やかな青髪を携えたファナであった。試験中は俺とファナとバロの3人で、他愛もない話をしていたのだ。試験後バロが馴れ馴れしく話しかけると、その態度に冷たく対応していたファナ。だが、本気できらってはいない様子だ。それで、なぜ、名前にさん付けしているかという問題についてだが、驚くことになんとファナは俺らより年下だということが判明した。詳しくは説明はしないが、話の成り行き的にそうなった。で、それを知ったファナがさん付けし始めたという訳である。一体、どこまで律儀なんだ?
まあ、それはともかくとして、バロのおかげなのか、せいなのか知らんが、俺たち3人は少しづつ打ち解けたりそうでなかったりしながら、今、第三試験の会場に向けて歩いているという状況だ。そして、そんな俺達3人に軽快な声で乱入してくるやつがいた。
「やっほ~。グレンくん。」
後ろに結んだ三つ編みをブラブラ揺らしながら、俺の肩に腕を回してきたのはまごうことなく、リルアであった。
「そっちの二人は?友達かい?」
「ああ、ファナとバロだ。さっき知り合った。」
俺は適当にリルアに紹介する。
「よっろしっくね~。バロっちにファナっち。一緒に試験頑張ろう~。」
リルアは一瞬で二人と打ち解け、あだ名までつける。
「よろしくな。」
「よろしく。」
二人もそれぞれ返した。
「もう~。ファナっち固いよ~。」
「いちおう言っておくが、ファナは俺らより年下だからな。」
俺がリルアに忠告すると、リルアは不適な笑みを浮かべて、
「そうか、そうか。なら私のことはリルアお姉さまと呼びなさい。」
「何言わそうとしとんじゃ。」
俺がリルアの頭を軽くたたき、ツッコミを入れる。すると、
「リルアお姉さま。」
ファナが真顔でそう呼んだ。
「言わなくていいんだよ。」
俺はつい声を荒げて返す。ハリセンがあったら今すぐ叩いていただろう。だって真顔で言うんだもん。ファナは、リルアがケタケタと腹を抱えて笑っている今でもまだピンと来ていないようだ。ファナはネタというものを学ばねばならんようだな。その後も俺たち四人はしばし談笑を続けた。
「おい、着いたぞ!」
しばらくして、耳に障る大音量で叫ぶバロが指さした方向を見ると、他の試験者が騒がしくしているのが見えた。どうやら何かが試験者たちに配られているようだ。
俺たちも他の試験者に続いて列に並ぶ。
「なんなんだ?あれは?」
俺の目に移った物体。それは、小さな種が入った、植木鉢だった。これが何の種なのかと思案していると、ファナが答える。
「これはマンドラゴラの種です。」
「マンドラゴラ?」
「はい。野生にも生息している魔植物の一つです。昔図鑑で見ました。でも、本物を見たのは初めてだな~。」
子供のころから、図鑑を見ていたというファナの姿が容易に想像できるな。そんなファナでも本物を見たことがないとは・・。かなりレアなものなんだろうか。種を手にとって観察していると、試験官が声を発した。
「ただいまより、第三試験を始めます。ルールは簡単。このマンドラゴラを開花させる。ただそれだけです。マンドラゴラを開かせるには、継続的に魔法による刺激を与えることで初めて開花します。刺激が強すぎたり、弱すぎたりすると枯れてしまうので、魔法の威力を調整しながらマンドラゴラ開花を目指してください。マンドラゴラがうめき声を上げれば開花成功とみなします。」
うめき声を上げるってことは人面植物か・・・。また大変な試験だな。こんなん刺激を与えるよりも豊かな土に入れてあげたほうが、すぐに開花しそうだが・・・。
「それでは、第三試験開・・ヴヴうううううううう!!!!」
「は?」
他の試験者たちの視線が一気に俺に集まる。そのどれもが見開いていたり、畏怖するような目だったり。試験官までもが、俺の方を向いている。こんなに一気に大勢の人間に見られたのは初めてなので、少し緊張してしまう。
「グレンさん・・」
「グレン・・おいおいマジかよ」
「にゃっはっはっは。」
ファナは驚きを隠せないのか、口に手をあて、バロは苦笑いしつつも興奮した面持ちで、リルアはそれら全てを吹き飛ばすような軽快な笑い声を上げて、俺を見つめてくる。今こんな状況になっているのも、俺が開始早々、体感で言えば、コンマ一秒ほどで、誰よりも早くマンドラゴラを開花させたからに他ならなかった。
俺の手元にはおぞましい顔をしたマンドラゴラが顔とは正反対に美しい花を咲かせている。
「グレンさん・・・試験合格です。」
試験官はたじろぎながらも俺にそう伝えた。と、その後しばらくの静寂が支配したのち、
「ええええええええええ!!!!」
会場を狂騒が支配した。
いやいや、ただ土魔法で豊かな土をかけてあげただけなんですけど。それで何でこんな驚かれるんだ?そんな俺の疑問をバロが解消してくれた。
「おそらく、マンドラゴラが見つかったのは土魔法が使われなくなったのよりもっと後。だから誰もこんな簡単で、早い咲かせ方に気付かなかったんだ!」
土魔法も捨てたもんじゃないってことか。え?ってことは、俺一抜け?信じられないという俺の思いをモニターに移った一位という文字が現実だと分からせてくれた。
とうとう俺の時代がやってきたようだ。と、しばらくはこのまま調子に乗らせてもらうとしよう。俺はあらためて、モニターの文字を目に焼き付けるのだった。
次回はいよいよ最終試験です。