episode. 10 グレンVSグリード
ずっと書きたかった場面です。では楽しんでどうぞ。
疾風迅雷とはこのことを言うのだろうな。俺はいつ聞いたか分からないが不思議と頭に浮かんできた四字熟語をポツリと呟く。こんなにも落ち着いていられるのは、余りにも突然のことすぎて目の前の出来事全てがスローモーションに見えるというあの何とか現象に陥っているからに他ならなかった。
俺は体中の全神経を回避という二文字に集中させ、まるでブレイクダンスの世界チャンピオンのごとく体を右側に捻ると、柔らかい草むらのベッドにダイブした。
ビュンッ!!
その直後に俺の背後を空を掻っ切るような低音が轟く。
「ッ!」
あまりの眩しさに俺の瞼が開くことを拒絶していた。目をつぶったことで他の感覚が研ぎ澄まされたからかは分からんが、いつか仏壇で嗅いだ線香の匂いをきつくしたような焦げ付いた匂いが鼻腔内を支配したのがいつにもましてはっきりと分かる。
俺はまだチカチカしている両目から無理矢理瞼を引きはがすと、グリードの姿を探した。俺の視界にプスプスと煙を上げながら燻っている木が映る。元の茶色だった時の面影はなく真っ黒に染まってしまっていた。
「どこだ・・。どうせどっか木の陰にでも隠れてんだろ。」
俺は辺りの地面を波打たせ表層の土をひっくり返していく。
ボコボコボコッ!
「ちッ、うッとしい奴だぜ。」
すると、そんなセリフを吐きながら、のたうち回る土片の波からグリードが姿を現した。悪いな、俺は探し物は得意でね。グリードはもうこれ以上上がりそうにないほど急角度に眉を顰めると不安定な足場から固い地面へと着地した。
「それはこっちのセリフだ。ちょこまかちょこまかと。おらっ!」
俺は地面から土でできた前腕部を出すとグリードたちの方へ向かわせる。俺の渾身の大地の拳だったのだが、
「【水霊の宝玉】!」
その叫び声と共にアースハンドに大きな水球がかぶせられた。バシャッという無惨な音と共に俺の土は泥と化す。そしてその拳は徐々に重みを増し、グリードに届く前に地面へと崩れ落ちた。
「ナイスだ、デュラン!お前がいれば負けることはないな。」
「イエーイ!マジ余裕余裕。」
俺の土の拳を泥に変えてくれやがったこのデュランという男は、無駄に伸びた前髪、腕や指にはアクセサリーを大量と言った、チャラさマックスな身なりをしていた。こいつは俺たちをあざ笑うようなおちょくり顔でこっちを見つめてきた。おまけにピースまでついている。こいつの動作一つ一つが腹立たしい。今の俺の堪忍袋の緒は細糸一本でしか繋がっていないだろう。早く大地の神にお仕置きされてしまえ。
「グレンさん落ち着いてください。感情的になってしまっては向こうの思うツボです。」
吐息交じりの声でファナが言った。
「それは分かってるんだけどな~。」
今俺がデュランに苛立っているのは、あいつがチャラ男だからという理由だけではない。あいつの使う水魔法がただ純粋に厄介だからだ。広範囲に水魔法を使用されると、グリードの電流が流れやすくなってしまう。そうなれば、俺たちは劣勢どころではすまない。
「まず、チャラ男から片づけるぞ。」
俺は前を見据えたままファナに言うと、呪文の詠唱を始めた。
もちろんそんな隙を見逃すはずもなく、グリードは電流を放ってくる。
「【誘導する直剣】!」
しかし、そこはファナが剣魔法で電流を受け流す。グリードは舌打ちをし、上がりきった眉をぴくりと動かした。グリードはもう一度魔法を放とうと詠唱を始めるが、その前に俺の詠唱が終了。
ボゴボゴボゴッと土片を砕かせながら俺とファナを中心として同心円状に土の波が伝わっていく。そしてグリードたちの足元までたどり着いた瞬間に無数の手腕へと姿を変えた。
「うわ!・・ひっ、なんだこれやめろ!」
突然足をつかまれ、デュランは悲鳴を上げている。いつもの余裕ぶってる奴の笑みが一瞬で引きつった情けない顔になるのはなかなか面白いもんだ。さっきまでの苛立ちはだんだんと薄れていった。
対するグリードはというと、冷静に足から手を外している。あと少しで全て振り落とせそうだ。俺はグリードが復活して攻撃してくるのを身構えていると、さきほどよりも大きなデュランの叫び声が聞こえた。声のした方を見ると全身を泥だらけに汚しながらじたばたと慌てふためくデュランの姿があった。
「バカ、お前何してんだ!」
グリードの怒気交じりのセリフが無惨に悲鳴を上げたチャラ男に浴びせかけられた。どうやらデュランは焦るあまり地面に水魔法を放ってしまったようだ。まあ、全て俺の思い通りなのだが。
というのも俺は、こうなることを予想してなるべく柔らかい土ばかりを使用したのだ。そうすれば水魔法に当てられた時にすぐに泥に変わり相手の移動を制限できる。なぜ分かったのかと聞かれても、ただ単にチャラ男は馬鹿だという俺の勝手な偏見に従ってやったまでだと答える他にない。あいつが俺のイメージするチャラ男でよかったぜ。
俺はこの機を逃さまいと、すかさず詠唱を始める。
「【大地の鉄槌】!」
どんどん結合を繰り返し、見る見る内に見上げるほどの大きさになった土の両腕がデュランとグリードの元へと振り下ろされた。デュランを助け出すのは無理だと判断したグリードは後に光の残糸を残し泥沼から脱出した。
ボゴンッ!
鈍い音を立てて残されたデュランへと鉄槌が直撃した。叩いた衝撃で崩れ落ちる土片の雨の中、地面に上半身だけだしてうなだれるデュランの姿が見えた。完全に気絶しているようだ。
これで鬱陶しい奴はいなくなった。残るはグリード一人。その事実に自然と余裕が生まれ、俺とファナに笑みがこぼれる。そんな俺の心中を悟ったのかグリードが口を出してきた。
「ふん、それで勝ったつもりか。俺一人だけだと思って余裕そうだが、勘違いするなよ。お前らは何人よってたかってこようと俺には勝てないんだよ!」
よくそんな悪役めいたセリフを次々と口に出せるのか、不思議でならんね。よければ教えてもらいたい。なんかの劇に悪役として出るときくらいは役に立ちそうだ。しばし動きを止めていたグリードだったが、俺が攻撃を仕掛けようとした瞬間、突如として閃光を発した。そしてその後、
消えた・・?そう理解する間もなく、背中から脳を刺激するような衝撃が走る。刺された。のだと思う。俺は自分に何が起きたのか、なぜ背中が痛いのか、何もかも分からないまま、前方へと吹き飛ばされた。周りの景色がかなりの速さで後ろへと吹き飛ばされていく。ということは俺自身も同じくらいの速度で飛ばされているということか。そんな俺の推理は後頭部に感じた衝撃で強制終了した。
「いててて・・・」
俺は頭と腰どちらをさするべきなのか迷いつつも、腰を気にすることにする。頭の痛みと背中の痛みどっちの方が重要なのか知らんが、血が出ているから背中で間違いないだろう。全く。何でこんな短時間に後ろ側ばっか痛めねばならんのだ。不満を言いながら歩く俺の背中にピリリと刺激が走る。
おそらくこの痛みは電流だろう。腰をさすりながら辺りを見回すも追撃は来ない様子。ということは今ファナが一人で戦っているのか。俺が飛ばされた軌道には木がなぎ倒されながら空洞ができていた。
俺はこの空洞に沿って急いで戻る。すると、地面に押し倒されながらとどめをさされる直前のファナの姿が。
「【大地の弾丸】!」
俺の指から射出された土の塊がグリードの顔面に直撃した。グリードは体制を崩しててはいるものの大したダメージにはなっていないようだ。
「ファナ、大丈夫か。」
「はい。ありがとうございます。」
俺の問いかけにファナはこくりとうなずく。ファナの肩には相変わらずアイテムボックスがかかっていた。幸いボールは取られていないようだ。
「この戦い。絶対勝つぞ。」
「ええ、当たり前です。」
絶対にみんなで優勝するんだ。ファナ、バロ、リルア、誰一人として欠けてはならない。出会ってまだ一日かもしれない。でも同じ志を持った仲間だ。時間なんか関係ない。俺たちの中には確かに絆がある。言い尽くされたありきたりな言葉かもしれんが、俺は他の表現ができるほどの語彙力を持ち合わせていないものでな。そんな俺たちの希望に満ち溢れたムードはハンマーで叩き割るように壊された。
「勝つのは俺たちだ。勝手なこと言ってんじゃねえ。」
グリードの目にも同じように決意の炎がともっていた。こいつを倒さなければ優勝できない。俺はグリ―ドの掲げれた右手、その上にバチバチと今にも放電しそうなほどの勢いで音を立てている雷の拳に目を向けた。一体何ボルトあるのだろう。考えただけで恐ろしい。ただとんでもない電圧がかかっているのは明らかだ。
俺は残った全MPを注いで詠唱は始めた。
◇◆◇
「おおおおおおおお!!!先手必勝だーーー!」
体からたぎるほどの熱気を放出し、バロは戦闘態勢に入る。今から詠唱を始めようかというところで、
「待ってくれ。」
アインが透き通る声で制した。
リルアやバロ、アインに後ろにいた仲間もアインの顔を覗き込んだ。
「・・・・・。」
どこかおかしい。そこにいた全員がそう感じた。アインの顔にはさっきまでの王子らしい凛とした雰囲気が消えている。
「どうかしたのか?」
不気味な沈黙をアインの仲間が破った。しかし、依然としてアインは答えない。するとその時信じられないことが起こった。
ドスッ!
「ううッ!・・」
腹部に刺さった手刀。アインの茶色の手袋に紅の血がにじむ。アインが手を抜くと、ドサッと音を立てて地面に転がった。ピクリとも動く気配はない。
「なっ・・」
驚きを隠せなかった。真っ赤に染まった手袋を指から抜きとりながら微笑するアイン。
「ひっ・・」
あまりの恐怖に言葉が出ない。まさかアインがこんなことをするなんて。地面に無惨に横たわる死体。彼の顔を見ると、リルアは悟った。もうこの男はアインではないと。聖ルヴェノン王国の王子ではないと。
リルアがその事実に気付いたのと同時にアインの顔が光に包まれた。そしてだんだんと光が消えていきアインとは全く別の顔が目に入る。
「なッ・・!」
リルアは再度驚愕した。アインとはかけ離れたような凶暴な眼。高い鼻。そんな表情の中にも落ち着いた雰囲気が見て取れる。それが余計に薄気味悪い。
なぜこの男が・・頭に忘れまいとしていた記憶が流れ込んでくる。そのたびにリルアは吐き気がした。
「おい、誰だこいつ!お前の知り合いか?」
リルアの反応を見てバロが問いかける。どうでもみてもただ事ではなさそうだ。喉を詰まらせながらも答えようとするリルアの代わりに、さっきまでアインだった男が答えた。
「知り合いも何もねえ~、リルアは僕の妹だよ。」
その男が放ったセリフにバロは驚愕する。
「どどどどどど、どういうことだ~!??」
バロは全く意味が分からなかった。
次回試験終了です。