3話 それは運命の出会いという名のお約束
「これがアイラ様のギルド登録証になります。身分証としても用いることができますので、紛失などが無いようにご注意ください」
渡されたカードは銀色で、先ほど用紙に記入した内容が記されていた。これを見ていると少しだけ達成感を感じられる。しばらくの間、そのカードに目を奪われた。
「それと、アイラ様のランクはCに決定しました。このランクは依頼の完遂を行うことで上昇させることが出来ますので、頑張ってください」
ランクC。これは初登録を行った者へ送られるランクの中ではトップである。過去にも前例がいくつかあるが、余程の実力が無いと難しいことであるらしく、近くにいた他の魔術師が私に注目してきた。
その視線から逃げるように、そそくさとギルドを後にする。正直、あまり注目を集めたくはない。
ギルドから出た後は、今夜泊まる宿屋を探すことにする。ここまで来て野宿は御免である。できる限り、まともなところで眠りたい。
大通りを歩きながら、目についた宿屋を1つずつ見てみる。どこもそれなりの値段はするが、1番高いところでも2カ月は泊まれるだけの所持金はある。
このお金の大半は、城に残っていた様々な壺や絵画を売り払って調達した。ちなみに残りは、襲撃してきた騎士や魔術師が落としたものを拾った。そう、奪ったのではない。拾ったのだ。
心の中で誰に対してなのか分からない言い訳を言いながら、歩き続ける。とりあえず、市場とギルドに近い宿にでもしよう。できればお酒に関わる厄介事に巻き込まれたくもないので酒場が近くに無いところが理想的だ。そう考えながら歩き続け、その条件に見合う1件の宿を見つけた。
その宿屋の中に入り、宿泊の手続きをする。この宿屋の主人の話によると、この店では最大でも6泊7日までが1度に手続きできる日数で、後は期限が切れるごとに更新する必要があるとのことだ。少し面倒だが、一度に何カ月分もの手続きをして、その人が行方不明などになったら困るからだろう。期限が切れるまで放っておけば、その分、新しい客を入れることが出来る部屋が減る。かといって勝手に別の客を入れた際に、手続した客が戻ってくれば揉め事になりかねない。そういった配慮による仕組みである。
私も7日分の手続きをした後、日が暮れるまで街を散策することにした。ずっと宿屋に居るだけではつまらない。
そうして街を出たが、どこに何があるのか分からない。誰か案内をしてくれる者が居ればいいのだが、下手に頼んでぼったくられたり、変な奴に絡まれるのは御免だ。
さて、どうしようか。そう考えた時、視界の端にあるものが映った。
「だから、少し俺達のところで働けば、すぐに解放してやるよ」
「ついでに手取り足取り魔術について教えてあげよう。学校では教えてくれないことをね…」
「それとも、この店がどうなっても良いのか?」
日当たりが悪い1つの店で、柄の悪い3人の男が少女と老人を囲むその光景。面倒事の予感しかしない。こういうことは警邏に任せた方が良いのだろうが、その周囲に人影がほとんど無いうえに、道行く人も見て見ぬふりをしている。
これだけ大きな街ならば、あのような不埒者も出るということだろう。
正直、あの少女達を助ける理由も無く、面倒事は避けたいと思っていたため、私も通り過ぎようとしたが、ここで1つの考えが思いつき、その場に近付いた。
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どうしてこんなことになったんだろう。私はお婆さんを庇いながら、こうなった経緯を思い出していた。
このお店はお婆さんが趣味で営んでいる薬屋。日当たりが悪く、あまり若い人は来ないけど、品数は豊富で多くの常連さんがいる昔ながらの温かさがあるお店だ。
私もこの街に来てから、薬の材料が必要になった時などはよくこのお店で買ってた。このお店には珍しい若い客ということで、お婆さんや常連のお客さんからは可愛がられていた。そんなこのお店が私は心の底から大好きだった。
しかしある日、このお店が何者かに襲撃された。真夜中に店舗に向かっていくつもの魔術が放たれ、何人かの男がお金や薬の材料等を盗んで行ったそうだ。幸いにもお婆さんはかすり傷で済み、多くの常連の助けもあって、それほど日が経たないうちにお店は再開しました。でも、これはあくまで始まりでしかなかったと気づいた時には全てが遅かった。
お店が襲撃された数週間後、お婆さんの元気が目に見えて無くなっていった。お婆さんは何も言わなかったけど、常連の1人の話によると、どうやら莫大な借金を抱えたらしい。最初は信じられなかった。あのお婆さんが借金をするなんてと。話を聞いていくと、1人の男が借用書を片手に突然現れて、借金の返済を求めてきたとのことだった。その借用書にはお婆さんの魔力印が確かに押されていたそうだ。担保はお婆さんのお店がある土地。つまり返済が出来なければ、あのお店が無くなってしまうということになる。
そしてその借用書を持ってきた相手というのが、昔、お婆さんのお店で弟子として働いていながら、粗悪品のポーションを裏で大量に売買し、それがばれて追い出された人だそうだ。
その話を聞き、脳裏に襲撃事件のことがよぎり、1つの仮説が思い浮かんだ。襲撃事件もあの男が起こしたのでは無いのかと。あの男かその仲間がお店を襲撃して、その騒ぎの間にお婆さんの魔力印を探して借用書に押して逃走。そして何食わぬ顔をして借金の取り立てと称して、やって来たのではないか。全てはお婆さんへの恨みを晴らすために。
この仮説は案外当たっていそうな気がするけど、大きな問題がある。それはあの借用書の魔力印を押したのがお婆さんでは無いと証明する手段がないということ。魔力印は魔力を流しさえすれば、誰にだって使うことが出来る。貴族が使うような高級なものなら、個人しか使えないような細工がされていると聞いたことはあるけど、お婆さんが使っているのは一般的な誰にでも使えるものだ。
解決策は思い浮かばず、時間だけが過ぎていく。そしてついに、男がお婆さんに立ち退きを要求してきたと聞いて、黙っていられずお店へと向かって行った。
男は仲間を2人連れて、お婆さんの襟元を掴んでいた。それを見て、思わず男に向かって体当たりを仕掛ける。その衝撃で男の手はお婆さんから離れる。
「このガキ、何をしやがる!」
取り巻きの内、太ってる方が私に向かって叫んだけど、衝撃で尻もちをついていた男が手で制した。そして、お婆さんを庇うように立った私に話しかけてきた。
「なあ、嬢ちゃん。お前はそいつの家族か何かなのか?」
その答えに思わず口を噤む。私とお婆さんに血縁関係は無い。ただの常連と店主という関係に過ぎない。傍から見れば私はただのおせっかいな他人でしかないんだろう。だけど、それでも、私は何度もお婆さんに励ましてもらった。支えてもらった。助けてもらった。だから、この場所を守りたいと思った。
そして男を精一杯睨む。それを見た男が愉快そうにほくそ笑み、私に1つの提案をしてきた。
「そうか。お前がどれほどそいつとその店を守りたいかは分かった。それならお前がこの店の借金を払うっていうのはどうだ?」
「え?」
その言葉に耳を疑う。私が借金を代わりに返すと言っても、私はまだ15になったばかりだ。学校の寮で1人暮らしをしている私がどうやって借金を払えばいいというのだろうか。
男は既に、下卑た笑みを隠そうとしていなかった。
「別に金で払ってもらおうとは思ってないから安心しろ。ただし、代わりにお前の体で払ってもらうがな」
「は?」
再び固まる。体で払う。多分、男の言っている言葉の意味は…。
頭で理解し、顔が真っ赤に染まる。そんな様子も男達にとっては、面白い見世物程度でしかないのかもしれない。
「止めろ! この子に手を出すんじゃ、っが!」
私を男達から庇うように前に出たお婆さんに、取り巻きの1人である細身の男が容赦のない蹴りを与える。それをまともに食らったお婆さんは、そのままお店の扉にぶつかり倒れる。
「お婆さん!?」
すぐにお婆さんの傍へと駆け寄る。どうやら気を失っただけみたいだが、この状況をどうにかする手段が今の私に思いつかない。
男達は私が逃げ出さないように取り囲んできた。
「だから、少し俺達のところで働けば、すぐに解放してやるよ」
「ついでに手取り足取り魔術について教えてあげよう。学校では教えてくれないことをね…」
「それとも、この店がどうなっても良いのか?」
どうしよう。ここはこの人達の言うことを聞く振りをして、隙を見て逃げ出す事にするべきか。だけど、その隙がいつあるか分からないし、もし逃げ出せたとしても、今度は容赦なくお婆さんのお店を奪いに来るだろう。なら覚悟を決めるべきなのか。だけどそれをすれば、お父さん、お母さんに合わせる顔がない。でも、見捨てるわけにもいかないし…。
誰か助けて欲しい。そんな心の声は誰にも届かず消えていくと思っていた。だけど、
「ねえ。あなた達、何をやってるの?」
透き通るようなその声。それを聞き、私は顔を上げ、男達も背後を振り返った。
そこにいたのは光も飲み込みそうなきれいな黒い髪を持つ、私よりも少し背が小さいだろう少女。
思い返すと、きっとこれは、私にとって運命の出会いだった。