21話 古代魔術師とSクラス
「えっと、その…、ごめんね?」
いつものように、ギルドの訓練場でアンとの特訓をするつもりだったのだが、今日はいつもと違っていた。
どこか申し訳なさそうな表情を見せるアンの後ろに、見慣れない6人の少年少女。その中には、今日の午前中見かけた、あのファルグ帝国の王女もいる。
一体どういうことなのだろうか。少し困惑しながらも、アンに事情を尋ねることにした。
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「それでは早速、大会に向けて特訓を行いましょう」
放課後の教室で、参加しないはずのリーザスちゃんが、誰よりもやる気に満ちた目で言う。その目からはどこか狂気を感じるのは…、多分気のせい。
それはともかく、大会にはきっと多くの生徒や魔術師が出場するはず。油断なんて出来ない。だから皆で特訓するべきなんだろうけど…。
「ごめん…。今日は用事があるから参加できない…」
申し訳なく思って、つい俯いてしまった私に、ミアちゃんが優し気な微笑みを向けた。
「用事があるなら仕方ないね。じゃあ、全員の特訓は明日からにしようか」
ミアちゃんの提案に全員が賛成した。その間にも荷物の整理をしていると、レオン君がいきなり疑問をぶつけてきた。
「そう言えば、何の用事なんだ?」
思わず固まってしまう。別に秘密にしているつもりはないのだけれど、もし勝手に言ったら、アイラちゃんが困らないだろうか。
そんなことを考えている間に、リーザスちゃんも混ざって来た。
「確かに、アンさんは大体1週間に2、3回ほどの頻度で、放課後になるとどこかに行ってますよね。一体どちらへ行っているんでしょうか?」
「えっと、その…、ちょっとギルドに…」
「ギルド? そりゃ何で?」
レオン君の追及に思わず口を噤む。背後のリーザスちゃんも興味津々のように見える。
「…2人とも、そこまでにしたらどうだ。他人に言いたくないことだって1つや2つあるだろ」
どうしようか考えていると、今まで黙っていたケイ君が助け舟を出してくれた。2人もその言葉を聞いて、ばつが悪そうな表情を見せる。
心の中で感謝の言葉を送る。だけど、ケイ君が次に口に出したのは、予想から大きく外れていた。
「まあ、俺も興味が無い訳じゃないが」
何でそこでそんな台詞を言うの⁉
思わず心の中で絶叫する。
その台詞で再び2人が復活して聞き出そうとして来る。助けを求めようにも、ミアちゃんはもう諦めたような苦笑いを浮かべてるし、エインちゃんは明後日の方向を見てる。最後の頼みの綱であるウルちゃんも悪戯な笑みを浮かべてこちらを見ている。
もう逃げ道が無い。
私はただ、笑うしかなかった…。
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「ふーん。それで…」
アンの話を一通り聞き終え、再び後ろの6人、リーザス、エイン、ミア、レオン、ケイ、ウルに目を向ける。私を見つめる彼らの目は好奇心に満ちているとしか言いようがない。
「まさか、噂の古代魔術師であるアイラさんが、アンさんの師匠だったとは!」
「ん? なんだリーザス。あの人の事を知ってんの?」
疑問を浮かべたレオンに、リーザスが厳しい目を向けて、さらに興奮したように説明する。
「何で副ギルド長の孫であるあなたが知らないんですか? この方、アイラ・リンディさんは数少ない古代魔術の使い手として、街中でも有名なんですよ! あの試験の時も、私達はこの方に助けていただいたんです」
ん? あ、思い出した。この少女、リーザスとその後ろのエイン。どこかで見たような気がすると思ったら、あの時、アンと一緒に居た生徒だ。というより、あの少年はゼノの孫だったのか。確かに顔が少し似ている気もする。
そんな思考に気を取られていると、レオンが何かを決意したような表情で近付いてきた。息を呑み緊張しながら、彼はゆっくりと口を開けた。
「きっと俺は、あなたのような人に出会うために生まれたんだと思います。なので俺と、っげふっ!?」
全てを言い終わる前に、横から放たれたケイのドロップキックによって吹き飛ばされる。いきなりの事に思わず固まってしまう。
「すみません。こいつはアホなんで」
「おい、ちょっと待てよ!? 俺の一世一代の告白を邪魔すんな!」
「お前の一世一代は、人生に何回あるんだ」
「確か、今年だけで26名でしたっけ。全て玉砕してますけど」
「うるせえよ!?」
…これは喜劇か何かなのだろうか。思わず遠い目をしてしまった。
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その後、何とかレオン君も落ち着きを取り戻して、今度は私とアイラちゃんを中心として質問攻めにされた。
そして一通り答えた後、リーザスちゃんが背筋を伸ばしてアイラちゃんを見つめて、ある言葉を放った。
「アイラさん、お願いです。私にも古代魔術を教えていただけませんか」
そのまま頭を下げるリーザスちゃん。その言葉で周りが静まり返った。そして再び顔を上げたリーザスちゃんの目には、強い力が籠っていた。
「私はあの時、ほとんど何もできませんでした。もし、またあのような出来事が起きた時、何もできずに黙って見ている…。そんなことは私の誇りが許しません。もう二度とあんな思いをしたくない。だからこそ、私にも古代魔術を教えていただけませんか!」
あまりの気迫に思わず黙ってしまう。そしてさらに、レオン君も前に出てきた。
「それなら、俺にも教えてください! 俺だって、もっと力が欲しい。爺ちゃんのように…、いや、それ以上の、大事な人を守る力が欲しいです!」
「…じゃあ、私も。私はあの時、すぐにあいつに気絶させられて、結局何も出来なかったから…」
リーザスちゃんの背後に居たエインちゃんまでもが前に出てくる。そして、後ろのケイ君、ミアちゃんも言葉には出していないけど、3人と同じ思いだということが、表情から見て取れる。唯一、ウルちゃんだけが達観した目で見ていた。
皆、それぞれの思いがあるんだろう。それに、魔術決闘大会に備えてというのもあるのかもしれない。確かに、皆が古代魔術を使えるようになれば、かなりの戦力アップになる。
「申し訳ないけど、それは無理」
だけど、5人の強い眼差しを一身に受けるアイラちゃんは、全く動じることなく、それを拒んだ。
「っそれは、どうしてですか」
諦めきれないようにリーザスちゃんが声を上げる。
「生憎だけど、私はアンも含めて5人同時に教えられるほど器用じゃないし、そこまで親切な人間でもない」
確かに、教わった私だから言えることだけど、古代魔術を学ぶのはかなりの時間が掛かる。私自身、古代魔術を使う上で基礎だという、指の動きを覚えるだけで1カ月かかった。アイラちゃんが言うには、まだ粗があるようだし、これ以上に覚えることがいくつもある。それをリーザスちゃん達にも教えるとなると、かなりの時間が掛かるはずだ。
「少なくとも、今は古代魔術を教える気は無いから」
アイラちゃんのそっけない答えに、リーザスちゃんは俯く。レオン君たちも何も言えないながらも悔しそうだ。
「…だけど」
リーザスちゃんたちに背を向けながら、アイラちゃんが声を掛ける。
「手合わせぐらいなら、しても構わないよ」
その言葉に皆の視線が再びアイラちゃんに集まる。
「本当ですか!?」
「うん。別にそれくらいなら構わないよ」
アイラちゃんの表情は、どことなく柔らかかった。
リーザスちゃんたちは喜んでいるけど、私には分かる。あの表情の意味を…。
「まあ、容赦はしないけどね」
私の予想通り、その後、模擬戦を行うことになったけど、終わるまでずっと、私を含めた6人の悲鳴が訓練場に響き、その光景を見ていたウルちゃんは愉快そうに笑っていた




