20話 再会と陰謀
お昼も過ぎ、午後の授業が始まる少し前。扉が開きザイル先生が教室内に入って来た。そしてそれは、王女様がやって来たということでもあり、私を含めた全員がどこかそわそわしていた。
王女様に会えるという興奮、もしも、礼儀を欠いてしまったらという不安。緊張で固まり、心臓の鼓動が速くなる。
「それでは、噂で聞いているかもしれませんが、留学生としてファルグ帝国第一皇女のウル・レイド・ファルグ殿下がいらっしゃっています」
ん? その名前にどこか聞き覚えがある。もしかして…。
「皆さん、くれぐれも失礼のないように、しかし、このクラスの一員として接してください」
そして先生が扉を開くと、そこに居たのは茶色のロングヘア―とそこから飛び出た獣の耳、どこかきりっとした顔立ち。私はその顔を知っている。
「ん? おお、アンではないか」
魔道具屋で出会った子、ウルちゃんが私に向かって会釈をしたのを見て、思わず叫び声を上げてしまった。
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「それで、計画は順調か?」
「ええ。最後の仕上げに必要な人材についても、既に目星は付いています」
「こちらも例のあれの調整は完璧。あとは核となる魔術師を入れるだけだよ」
王都クレイディアの街外れにある古びた酒場。その隅の席で3人の男が会話をしていた。1人は古びたローブを羽織った老人、1人は眼鏡をかけた真面目そうな男、そして最後の1人はどこか幼げな顔つきをした青年。
「これは、我らが教祖様がお望みになったことだ。偽りの平穏を怠惰に享受している多くの愚かな人間に、真の世界の正しき在り方を見せつけるためのものだ」
「はい」
「本来ならば、この前の襲撃で学院の生徒と共に攫う予定だったが、学院側の魔術師に妨害されて失敗した。足が付かないように裏家業の魔術師を雇ったのが間違いだった」
そう言って、老人は2人を睨む。
「我々自らの手で新しき世界の礎を作り上げるのだ。そのためには慎重に、しかし迅速に計画を成功させる必要がある」
「はい。分かっています」
「勿論、準備も覚悟も出来ているよ」
「よし。実行は、1カ月後に学院で開かれる魔術決闘大会。そこに紛れ込み、ターゲットの身柄を確保する」
その言葉に残りの2人も頷く。
「「「真実の理想郷の為に!」」」
そして酒場を出た3人は、それぞれ薄暗い路地に消えていった。
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ウルちゃんの自己紹介の後、授業が始まった。最初は皆、皇女という立場からよそよそしい態度を取っていて、私もウルちゃんじゃなく殿下と呼ぼうとしたけど、ウルちゃんが「そんな態度の方がむしろ傷つく。この学び舎に居る限り、私は其方達と同じ生徒でありクラスメイトなのだから、気軽に接してくれて構わないぞ」の一言があってから、少しづつ色んな話を始めたりと距離が縮まったように見える。
私はいきなり叫び声を上げたことで先生から注意された後、授業の合間の休み時間で皆から、ウルちゃんとはどのような関係なのかと質問攻めにされた。昨日、魔道具屋で出会ったと言うと、今度はその魔道具屋がどこなのかと聞かれる。どうやら皇女が入る店に興味があったんだろう。突然、リーザスちゃんが現れて、新店舗について説明をし始め、その合間にひっそりとウルちゃんへと近づいたレオン君の襟を、ケイ君が掴んで止める。
そんなある意味いつも通りな光景を見て、ウルちゃんは微笑ましそうにしていた。
そして放課後。クラスにもある程度馴染めたようで、その順応の早さに少し羨ましくなる。
「それにしても、まさか其方がここの生徒だったとはな。面白い偶然もあるものだ」
「こっちも驚きました。まさか…」
「言ったはずだ。敬語など不要。私はあくまで其方のクラスメイトなのだから」
「すみません…、じゃなくて、ごめん」
言い直すとウルちゃんは満足そうに頷く。
「そう言えば、そろそろ魔術決闘大会の申し込みが始まりますけど、ウルさんは参加しますか?」
「? それは一体?」
いつの間にか近付いてきたリーザスちゃんが話しかけてきた。
「学院で毎年開催されている名物行事なんです。魔術を用いた様々な種目を行うんです。参加するのは生徒だけでなく、18歳以下の魔術師であればだれでも参加可能なので、この大会の為にわざわざやって来る魔術師も居るんですよ」
「ふむふむ。それで?」
その内容に興味を惹かれたようにウルちゃんが身を乗り出す。
「期間は7日間。競技内容は毎年変更するんですが、まず最初の2日間は5人1組の集団競技で予選を行い、残りの5日間は勝ち残った全てのチームのメンバーによる個人戦が行われるんです。成績上位者には、様々な特典があるんですよ」
「そうか。それで其方は参加するのか?」
ウルちゃんの疑問に、リーザスちゃんはゆっくりと首を振る。
「申し訳ありませんが、私は参加しません。こういうお祭り事がある時は、商人にとって大事な時です。羽目を外して買いこもうとする人もいますから、せいぜい稼がせて戴きます」
そう言って静かに笑い声を上げるリーザスちゃんの顔は、どこか寒気を感じさせるほど不気味だったが、すぐに我に返ったのか、元の優し気な笑みに戻る。
「まあ、代わりにエインが参加する予定なので、もし良ければ一緒に出ませんか?」
「ふむ…。確かにいい経験になりそうだが、すまないが今回は見学させてもらうことにしよう。私が参加して、他のチームに八百長を疑われたら嫌だろう?」
「別に大丈夫ですよ。そもそも、私のペットが参加するという時点で、既に八百長が疑われるようなチームですし」
それはそれで自慢げに話すような内容じゃない気がする、と言いたい。
「なあ、それじゃあ俺とこいつが参加しようか」
突然、ケイ君を連れたレオン君が会話に入って来た。
「何を勝手に言ってるんだ」
「別に良いだろ。ここは1年Sクラス連合で勝利を目指そうじゃないか!」
熱くなっているレオン君を、リーザスちゃんが冷めた目で見る。
「本音を言ってください」
「ここで優勝すれば、きっと女子からモテモテに」
「それじゃあ、ケイさんが参加ということで、残りは3人ですね」
「無視すんな!」
結局、レオン君のしつこさに負け、参加には残り2人。
「残り2人ですが、アンさん、ミアさん、参加しませんか?」
まさか自分が誘われるとは思っていなかったので、思わず黙り込んでしまう。私なんかが参加して良いのだろうか。
「別に負けても責めません。先輩たちをはじめ、多くの実力者がいます。簡単に勝てるとは限りません。ですが、私達には実力差を超える絆があると思います。それがあれば、きっとどんな壁も超えられますよ」
その言葉を聞いて少し勇気が出てくる。だけど一言いいたい。
…リーザスちゃん。さっきから宣伝要員とか売上アップとか聞こえてるけど、私達の事を広告塔代わりだと思っていない?
「うん。分かった。参加する」
ミアちゃんは葛藤の結果、参加することにしたようだ。
私も、このクラスで出来た友達と一緒に戦いたい。
「私も、自身は無いけど参加したい…。良い?」
「勿論です」
「大丈夫だって。俺達だってそんなに自信は無いし」
そして私達は決闘大会への参加を決意した。
あと、リーザスちゃん。「売上」とか色んなことを呟いてるけど、せめて聞こえないところで言って欲しい。




