19話 クレイディアの王妃
他のクラスでは既に授業が始まっている時間帯。だけど、Sクラスでは未だに皆が留学生の事について色々とお喋りしていた。こういう時、咎めるべきのザイル先生は、午後まで用事があるらしくこの場には居ないから、午後までは自習ということになってる。だけど、見張りの先生も居ないから、こんな光景になるのも当たり前なのかもしれない。
勿論、真面目に自習をやっているように見える人もいるけど、良く見るとパズルをやっていたり、良く分からない機械を弄っていたりと、本当に勉強しているのかと疑問に思いたくなる。
そんな私も人の事を言えず、リーザスちゃんとエインちゃん、ミアちゃんのいつものメンバーの他に、2人の男子、レオン・ラスティ―君とケイ・ベルナード君を加えたグループで話していた。
最初にこの2人と会話したのは、私がSクラスに編入した当日。1時限目の授業を終えた後にすぐにレオン君が私のところやって来た。その顔をよく見ると、試験の時に見かけた2人組の片割れだと気づき、何の用だろうと緊張していた私に向かって、レオン君は真剣な顔で話しかけてきた。
「ねえ、俺と付き合ってくれない?」
その言葉に固まっていると、ケイ君がレオン君の顔面に向かって勢いよく飛び蹴りを放って、それをまともに受けたレオン君が吹っ飛んだ。その後、何故かケイ君が私に謝って、回復したレオン君がケイ君にツッコミを入れて…。リーザスちゃんの説明によると、この光景は日常茶飯事らしく、2人が入学してからSクラス内では名物となっているらしい。当のリーザスちゃんも、レオン君に告白されたことがあるらしく、その時はケイ君のアッパーとリーザスちゃんの魔術の2連撃がレオン君に炸裂したと言ってた。とりあえず、そんな衝撃的な出会いの後、2人とはそれなりに話をする仲になった。
そして、やはり会話の中身は、留学生の事について。
「いやー。やっぱり皇女様っていうだけあって、可愛いんだろうなあ!」
「お前、また告白するんじゃないだろうな?」
「当ったり前だろ。男だったらきれいな女性を見たらまず口説くべきだろうが!」
「そんな当たり前を俺は知らないが」
「私も知りませんね」
「…馬鹿じゃないの」
レオン君の言葉に3人が冷たい言葉を投げかけ、私とミアちゃんはただ苦笑するしかなかった。だけどレオン君は怯む様子が無い。だけどリーザスちゃんが追い討ちをかける。
「気付いているでしょうが、ファルグ帝国の皇女という立場はかなり高い物です。いくら同級生といえど不敬な真似をすれば、外交問題に発展しかねないということも、勿論理解はしてますよね?」
その言葉に全員が思わず固まる。そうだ。相手は皇女。もし、機嫌を損ねるような真似をすれば、どうなるか分かったものではない。重い雰囲気が私達を包み、先程まで元気が良かったレオン君も、急に大人しくなり、「…うん、そうだよな…」と呟きながら俯く。
「まあ、だからと言って機嫌を取り続けるのも問題でしょう。恐らく、留学の目的の1つは、学院に通うことで他者と親しい関係を築く方法を学ぶことだと思いますし、ほどほどに力を抜いて接するのが良いんじゃないでしょうか」
その言葉に心を撫でおろした。さすがにずっと皇女様の様子を伺いながら緊張して生活を続けるのは無理がある。
「よっしゃあ!それなら」
「ですが、さすがにいきなりの告白は止めてくださいね」
立ち上がったレオン君に、リーザスちゃんが冷静に釘を刺す。まあ、確かにいきなりの告白はいろいろと不味いだろう。
そのままお昼になるまで他愛の無い話を続けた。
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小鳥を模して作り出した、魔術人形『ゴーレム』を使って城の庭園を覗いていると、面白そうな現場が目に入った。
「本気ですか、サフィラ様!?」
王妃サフィラ・エル・クレイディアが放った一言に、思わず使用人の一人が声を上げた。
「ええ、本気です」
「ですが、急に魔術学院を視察なんて…。護衛などはどうするつもりですか!?」
王妃様が学院を視察する。そのこと自体はそれほど問題ではない。しかし、通常なら少なくとも1カ月前に学院に通達し、入念な安全確認、厳重な警備を配置したうえで行うのが通例となっている。仮に王族の命に危機があれば大問題だ。それに、王族の血を引く者というのは、クレイドル王国では重要な意味を持つ。
クレイドル王国の基盤を作り上げた4人の魔術師。その4人の血を引いているのが現在の王族だ。現在の王妃はその直系で、国王は傍流からの入り婿である。そのため、正確には王妃ではなく女王と言った方が正しいのだろうが、それほど重要な事でもないので、ここは置いておく。王妃様には男兄弟がおらず、病弱な妹が1人おり、とある良家に嫁いでいったらしいが、10年ほど前に病死したという話を聞いた。前国王様と前王妃様はクレイディアから離れた場所で隠居しており、第1王子と第1王女もクレイディアから離れ、各地を渡って視察を行っている。現在、クレイディアに居る直系の子孫は王妃様と幼い第2王女の2人だけということになる。
その片割れがいきなり学院を視察すると言い出したのだ。ただでさえ今は、謎の魔物に、それを操る魔術師など、物騒な事件があり、何かの前兆ではないかと緊張している者もいる。使用人が危惧するのも当たり前だろう。
「別に今すぐにという訳ではありません。それにただ視察をする訳ではなく、学院を皇女殿下が魔術学院に馴染めているかどうかを確認する意味もあります」
「それならば、グイン様に頼めば…」
「自分の目で物事を見ずに判断するわけにはいかないでしょう?」
どこか力強いその目を見て、思わず使用人は後ろに下がる。
「それともう1つ…、出来れば早いうちに見て確認しておきたいことがあるのです。前回視察をした時は、見ることが出来なかったので…」
王妃様のその言葉に、使用人たちは首を傾げる。前回視察したのは確か大体1年前。その時は高等部を約5時間掛けて視察したわけだが、その時は確認できなかったものとは一体何なのだろうか。そのことに少し思考を割いていたが、ふと気づくと王妃様の視線がこちらを、ゴーレムの方を向いていることに気付いた。
いや、ありえないだろう。王妃とゴーレムまではだいぶ距離があるから気付かれないはずなのだが。
「それに護衛なら、そこで勝手に城の中を覗き見している方に任せれば良いでしょう」
…マジでか。まさかこの距離で気付かれるとは思わなかった。これもある意味では王家の資質というものなのだろうか。
ただ、王妃様の言葉でゴーレムの存在に気付いた護衛が向かって来る。このままじゃ、このゴーレムを破壊まではされなくても、捕まってしまう可能性がある。恐らく、私だというのはばれているだろうけど、でも決定的な証拠が無ければある程度は言い逃れが出来る。もし捕まってしまえば、後でアルベルト君から説教されてしまう。
急いでゴーレムにギルドへ戻るように命令を下した後、感覚リンクを切る。
「はあ~。なんか面倒だし、ゼノちゃんに押し付けるかなあ…。でも、後で王妃様が何を言って来るか分からないし…」
それにしても、王妃様が確認したかったものとは何なのだろうか。少しの好奇心と、少しの面倒臭さを感じながら、ギルド長室の椅子にもたれかかった。




