18話 Sクラス担任ザイル
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アイラちゃんへのプレゼントを買った翌日。いつもより少し遅れて教室に入ると、クラスメイト達がざわざわと何かを話していた。一体どうしたのかと思っていると、私を見つけたミアちゃんが近寄って来る。
「ねえ、聞いた?」
「え、何?」
「実はね、留学生がこのクラスに来るらしいの」
留学生。それは世界中から魔術師を目指す子供達が集まるこの学園では、それほど珍しいことじゃない。それなのに、どうして皆、こんなに興奮しているんだろう。
「その留学生がね、ファルグ帝国の皇女様なんだって」
「え!?」
その情報に思わず固まって、そしてすぐに驚愕の声を上げてしまった。
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クレイディアの中心部に建つ、広大な敷地を持つ城。普段はそれほど人は集まらないのだが、今日はファルグ帝国から留学の為にやって来た皇女との会談が行われるとのことで、一目見ようと城門の前に多くの人が詰めかけてきた。そして私も純粋な好奇心で人込みの中に紛れている。
生前の頃は、多くの国で獣人達が奴隷として扱われていたという話は聞いたことがある。生憎、私自身はそのような光景は見たことは無かったが、一部の大臣が行っていたという噂が立っていたため、私の国でも奴隷としていたのかもしれない。ただ、私の中には居ないので、その真偽は不明だが。
それはともかくとして、まだ皇女は姿を見せていない様だが、もし現れたとしても見ることが出来るか分からない。理由としては、まずこの人込み。皇女が通る通路の両側に居る人の数は、いつもの商店街の人込みを遥かに超えている。そんな中、通路が見えるところまで行くのは難しい。
次に、皇女という立場であるが故に、その警備はかなり厳重なものとなっているだろう。もしかしたら皇女を取り囲むようにボディーガードが固めているかもしれない。そうだとすれば、たとえ通路の近くまで入り込めたとしても、中々その姿を見る事は出来ない。
そして何よりも問題なのは、この体の身長の低さだ。この体は生前の私の体の外見を模倣しているが、それ故に身長が低い。そもそも、当時の平均的な身長と、現代の平均的な身長とでは大分差があるように感じる。恐らく、昔と比べて豊富な食料が手に入りやすいという状況によるものだろう。まあ、何が言いたいかというと、私の身長は、現代ではかなり低い部類に入るということだ。そんな私の視点はかなり低く、なおかつ問題を起こさないように前に強引に行くことも、ほぼほぼ不可能だ。
私の中の死霊を分割して上から見下ろすという方法も考えたが、それだと他の魔術師によって攻撃される危険性がある。ただ皇女の姿が見たいという理由だけで消滅の危険がある、そんなことに私の中の人達を使う訳には行かなかった。
仕方なく諦めようと、人込みの中から静かに抜け出した私。そんな私を背後から呼び止める声が聞こえた。
「あれ、アイラさん? アイラさんですよね?」
振り返った先に居たのは、眼鏡をかけた高身長の男。どこかで見かけたような気もしなくはないが、誰だっただろうか。
「失礼しました。この前の試験でお世話になった、魔術学院で教師をしている、ザイル・リードと言います」
「ああ、お久しぶりです」
そうか。そういえばあの時、生徒に試験について説明していたのが、この男だった。あの時も、他の教師と違って冷静に対処していたことから、それなりの実力は持っているのだろう。
「そう言えば、ザイルさんはどうしてここに? 今日は休みなんですか?」
「いえ。実は今回留学に来た皇女殿下が編入するのはSクラスなんです。それで会談終了後に学院まで案内する役目を学院長から仰せつかりまして」
「…良いんですか。そんな重要なことを、私のような一魔術師に言って…」
もしこれがこの前の事件を起こした魔術師のような連中に聞かれたら、その皇女の身に危険があるのではないか。心配してしまうが、ザイルは困ったような笑みを浮かべて答えた。
「いえ、このことは学院に通ってる生徒のほとんどに既に広まってます。どうやら一部の噂好きな生徒がどこからか情報を得たらしく、いつの間にか広まってまして…。まあ、そういうことで、今更口に出したところで、さほど問題はありません」
いや、そもそも簡単に情報が漏れること自体が大きな問題じゃないのか。そう伝えると、今度はかなり疲れたような顔をする。話によると、色々と対策はしているのだが、学生もあの手この手で情報を引き出そうとしているらしい。いっそ、結界を張ってみたこともあるそうだが、魔力が大幅に削られるうえ、出入りするにも手間がかかるため失敗。今はいくつかの魔術を教師がそれぞれ仕掛けているらしいが、それでもごくたまに漏れてしまうとのこと。それが今回は皇女に関することだったとのことだ。
「まあ、学院に通うとなると、遅かれ早かれ広まることでしたし、皇女殿下側もそれほど問題視していないというのが救いですね…」
教師もなかなか大変なようだ。心の中で慰める。しばらくして何とか立ち直ったザイルは、思い出したかのように私に提案をしてきた。
「もし良かったら、皇女の姿を見てみますか?」
「え、良いんですか?」
「はい。事件の時はお世話になりましたし、そのお礼と思っていただければ。それに、私個人としてはアイラさんの事は信頼してますから」
ザイルのその提案は私にとって思っても居なかったラッキーだ。その提案に乗って、ザイルに付いていく。途中で騎士に止められたこともあったが、ザイルが私の事を助手と言って説得したため、見逃してもらい、何とか門の近くまで来ることが出来た。
「さすがに場内まで入れる事は出来ないので、ここで我慢していてくださいね」
「いえ。私のわがままでここまでしてくださってありがとうございます」
そういってザイルの横に並ぶように立った。時間的にはまだまだ余裕がある。それまでの時間、どうしようか考えていると、ザイルが腰をかがめて小さな声で話しかけてきた。
「そういえば、あなたはアンさんの古代魔術の師匠らしいですね」
「まあ、はい」
「それであなたは師匠から古代魔術を学びながら旅をしていた」
「そうですね。なかなか厳しい師匠でした」
笑いながら答えるも、心の中は穏やかではない。なぜ、こんな時に聞いて来るのだろうか。ただの古代魔術に題する興味なら良いのだが、私の勘が違うと告げている。
「そのあなたの師匠とは、どこで出会ったのですか?」
「すみません。結構昔の事なので、あまり良く覚えていないんです。ただ、物心がついた時には既に師匠に拾われて一緒に居ました」
「そうですか…。その師匠がどこに居るのかも分かりませんか?」
「申し訳ありません。何分、別れてそれなりに時間が立つので…」
「分かりました。すみません、色々と」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
そういってお互いに笑みを浮かべるも、それが作り物でしかないことは相手も分かっているだろう。
この前の襲撃者は古代魔術で作られた刻印によって死亡した。だからこそ、私や師匠について聞き出そうとしたのだろう。疑おうとすれば、あの一件が私による盛大な自作自演だとも考えられる。私について聞き出そうとするのも当たり前だ。
だけど、私の正体は知られるのは不味い。最悪、危険な魔物として今度は行く当ても無い旅をしなければならなくなるし、何よりもせっかく手に入れた友人、アンと別れたくない。
今回は何とか躱せたが、しばらくの間は気を付けなければならない。そう心の中で注意しながら、皇女が来るまでザイルと世間話をするのだった。




