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1話 死せる姫君が旅に出た理由

「あれが、クレイドル王国の王都、クレイディアか…」


 見上げるほどに巨大な城壁を見て、思わず溜息をつく。昔はあれほど大きく、分厚い城壁を作る技術は無かったが、今の時代はそれほどまでに進んでいるということを改めて実感する。

 空には大小問わず、様々な物体が空を飛んでいる。どうやら人を乗せているようだが、一体どのような原理なのだろうか。興味は尽きない。

 ここまで来るだけでも、様々な時代の変化を感じさせる出来事があった。見慣れない道具や未知の植物や家畜。

 1000年という時間は想像以上の進歩をもたらしたようだ。現代の知識はほぼ皆無である私にとって、情報収集は最優先事項である。そのために態々旅をしてこの大都市まで来たのだ。

 乗合いの馬車から降り、対価として硬貨を渡す。

 そして門の前の行列へと並んだ。どうやらこの行列は、衛兵による簡易的な取り調べのものであるようだ。

 行列には様々な装いをしたものが見える。様々な荷物を抱えた商人のような中年の男性や、鎧を纏い剣を背負った青年、どこか怪しげな風貌の女性。一人一人、衛兵が審査をしているようである。

 そして私の番が来た。


「次の者、前に出ろ」


 その言葉で私は前に出た。私の服装は深い緑のローブに、紺のスカート。どれもここに来る前に立ち寄った小さな町で買ったものだ。


「名前とこの街に来た目的を教えてもらおう」


 衛兵は他の者にもしたように,規定通りの質問をする。


「私はアイラ・リンディ。魔術師です」



××××××××××



 約1カ月前。私は辟易としていた。封印が解けてから、騎士や魔術師が私を倒すためにやって来るからだ。

 私という存在がどのように伝わっているかは不明だが、やって来た騎士や魔術師の言葉から察するに、私は『茨の姫君』と呼ばれ、恐れられているようだ。私からすれば、別に人を襲う気も無いのでほっといて欲しいところなのだが。

 確かに私の魔術によって多くの者が命を失い、この国が滅んだことは事実だ。あの兄を打倒した後、私は取り込んだ怨念を制御できず,その結果、周囲を茨で飲み込んでしまった。最後の力を振り絞り、内部で何とか茨の侵食を抑え込もうとしたが、それもほとんど無意味だった。

 そこに突如として現れた一人の男。彼は様々な魔術を使い、茨を蹴散らしていった。そして彼は最深部にいた私のところまで辿り着いて見せたのだ。

 私は彼に、私を止めて欲しいと依頼した。もう、誰も傷つけたくなかった。誰も殺したくなかった。眠ってしまいたかった。彼は静かに頷くと、いつか私が本当の意味で自由になれる手段を探し出すまで眠らせると言い、私を封印した。

 長い暗闇と孤独に私は放り込まれた。だが,私はそれを悪いとは思わなかった。これはきっと罰なのだから。それに彼は言った。私が自由になれる手段を探し出すと。そこまで期待しているわけではないが、ただ待っているというのも後味が悪い。ならば,自分自身の手でこの体に眠る怨念を制御する方法を探してみようか。きっと時間は十分にある。まずは,この怨念たちのことを知ることから始めよう。

 そうして私は長い時間を、怨念との対話に用いた。その大半が兄によって処刑された者だったが、中には賊に殺された者、あるいは奴隷として酷使され死んだ者、さらには恋に破れ自殺した者までいた。

 それらの一人一人と対話し、歩み寄る。それを何百、何千、何万と繰り返した結果、私は彼らを従えることができるようになっていった。

 きっと彼が、あるいは彼の意思を継いだ者が封印を解いたら驚いてくれるだろう。仮に来なかったとしても、私は一人ではない。そう考えながらゆっくりと時は過ぎていった。

 そんなある時、突如として意識が浮き上がっていった。誰かが封印を解いたようである。ああ、約束を守ってくれたのか。そう思っていた私だったが、目の前の光景を見て絶句した。

 そこに居たのは、泣き叫ぶ女性たちと、金銀財宝を弄びながら酒を飲む無礼な男たち。恐らく、男達は盗賊で、女性たちは彼らによって近くの集落などから攫われたのだろう。盗賊たちはこの城を根城にしていたのか、あるいは財宝目的で入り込んだだけなのかは分からないが、酒に酔った勢いで私の封印を解いてしまったらしい。

 長い年月を経た私の体は既に白骨化している。封印するのなら、せめて保存とかしてくれればよかったのにと、心の中で愚痴を言うが仕方がない。この光景をただ見て見ぬふりというのもどうかと思うので、ここは女性達を助けよう。そう決めると、私は元の体を捨てて、霊体となり浮かび上がった。

 一瞬、白骨化した死体に驚いたような盗賊や女性達が、突如として姿を現した私に目を奪われたようだった。まあ、何もない空間に半透明の女性が浮かんだら、誰だって最初は固まる。

 我に返った盗賊達が私に魔術で攻撃してくる。彼らの使う魔術は私の知っている者とは違い、刻印を描かない。長い年月を経て変化したのだろうか。だが、これでも生前は王族でありながら国でトップクラスの魔術師だったのだ。そう簡単に魔術でやられはしない。

 放たれた火球や氷塊を全て防ぎきり、反撃として軽めに雷を放つ。すると盗賊達は予想以上に簡単に倒れていった。障壁で身を守ろうとした者もいたようだが、その障壁も拍子抜けするほど簡単に砕けた。

 そして盗賊を全員気絶させると、城の外へと転移させた。気絶している間に魔物に襲われたとしても、それは自業自得だと思って諦めて欲しい。

 女性達は、盗賊と同じ場所にいるのも嫌だろうし、身を守る術のない彼女達を丸腰で外に出すのは憚れたため、一時的に保護することにした。食料に関しては、盗賊達が残していった分があるため、しばらくは大丈夫だろう。

 彼女達が滞在している間に、私が封印されている間の世界の変化について一人一人聞いて回ったが、皆、体が震えていた。当時の私は盗賊に攫われたことが理由だと思っていたが、実際は私に恐怖していたためだと気づいたのは、ずっと後のことだった。

 そして1週間後、私を討伐するために騎士達がやって来た。何とかコミュニケーションを取ろうとしたものの、全く聞く耳を持たれず戦闘に移行した。だが、殺すのはいろいろと不味いので、力を加減しつつ大半を気絶させ、意識が残っている者に女性達のことを頼むと、城の外へと転移させた。

 これでしばらくは来ないと思っていたが、そのさらに1週間後に今度は魔術師達がやって来た。そしてそれ以降、続々と私を討伐するために来る者達。それが2年間続いた。

 そして私は決心した。この城を捨て、旅に出ようと。この城にずっといても、討伐隊を追い返すだけの日々になる。それぐらいなら、世界を見るために旅を出るのも良いと思ったのだ。

 生前は王族故に、外に出ることはほとんどできなかった。それに、1000年という長い時間がもたらした変化を、実際にこの目に焼き付けたい。

 善は急げだ。すぐに私は行動した。

 私の依り代となる人形を作り出し、細工を施す。その間にもやって来た騎士や魔術師が落としていった金銭を回収する。取り込んだ怨念からアドバイスを受けながら、落ちていた布を使って衣服を縫い上げる。

 そして準備を整え終えると、私は人形に憑依し、衣服を着た。姿はほとんど同じだが、髪や目の色を変え、それぞれ黒と茶色にした。

 そして、次に私を討伐しに来た者へ向けて書置きを残す。

 思い残すことはもう無い。

 そして私は一人の少女として城の外への一歩を踏み出した。

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