17話 賢者の語らい
最近、別の小説ネタが思い浮かんだので、もしかしたら近いうちに投稿するかもしれません。その場合、週1の投稿はどちらか片方になると思いますので、ご容赦ください。
「やあ。相変わらず元気そうだねえ」
ノックもせずに私の部屋に入って来たのは、見た目こそ生徒達と同年代にしか見えないものの、私の長年の友人であるエルフ、ユーリアだった。
「でも、またしわが増えたんじゃない? 駄目だよ。美容には気を使わなきゃ。その内、まだふさふさしてるその白髪も抜けちゃうよ」
そんなこと、自分の3倍は生きている奴に言われたくは無い。だが、これがこいつらしいところとも言える。
「それで、今日は何の用なの、グイン?」
無遠慮にソファに腰を掛け、どこからか取り出した菓子を口へと運ぶその姿を見て、頭が痛くなる。昔からこいつは変わらない。魔術の腕こそ確かだが、その性格はマイペースそのもの。部屋は散らかし放題で、問題事があれば、すぐにゼノに押し付けるという問題児。しかし自分より年齢も実力も遥かに高く、請け負った仕事は必ずやり遂げる分、説教しづらい。
そんな彼女を呼び出した理由は、このここ最近起きた2つの事件に関して、相談するためだ。
「ゼノから聞いているだろう。1カ月前、この学院の試験中に起きた事件について」
「ああ、それの事か。確か、未確認の魔物と不審な魔術師による襲撃だっけ」
「そうだ。その魔物が、既存の魔物の死体と機械を融合させたものであるということが判明しているというのも知っているな?」
「うん。一応、報告書には目を通したからね」
そう。倒された魔物を解剖した魔術師達によると、元から魔物の体は腐敗が進んでいたということが判明した。だがそれだけならば特におかしい話ではない。死体の姿の魔物というのも実際に存在する。問題は、その体に埋め込まれた機械だ。どうやらその機械は、周囲の魔力を取り込んで稼働し、魔物の死体を動かすためのものであるようだ。つまりこれは、正確に言うとすれば、魔物の死体と機械を融合させた新兵器だ。
こんな兵器を持っている国というのは、現在のところ確認されていない。どこかの国が隠密に作成していたのかもしれないが、そもそもなぜこのようなものを作ったのかという理由が全く分からないのだ。また戦争でも起こそうというのだろうか。一番疑わしいのは、襲撃を行った魔術師の出身であるアルター共和国だが、このような兵器を誰にも知られることも無く作り上げた者が、そんなに簡単にバレるような真似をするだろうか。それでは、工業が特出しているグレイス連邦はどうだろうか。これも同じ理由で除外される。エルフの精霊国家や、獣人のファルグ帝国も除外されるだろう。かつて彼らは差別されてきた歴史も確かにある。しかし、現在ではそのような思想も無くなり、大手を振って人間の街を歩くことも可能だ。ここで戦争を起こせば、各国に存在する同族が、再び差別を受けかねない。そのような真似をするほど、現在の両国の指導者は愚かではないはずだ。最後に残ったのはバルディア聖国だが、これも除外される。バルディア聖国では遺体は神聖な物であり、傷つけることはその者の人生を踏みにじることと同義とされている。この考えは一部の動物にも当てはまり、食用目的以外で傷つけることは禁じられている。そんな考えを持つ国が、死体を使った兵器を扱うだろうか。
どこの国も、この兵器を扱うとは考えにくい。となると、水面下で何らかの組織が暗躍している可能性がある。
だからこそこいつを呼んだのだ。各国を渡って活動をしているこいつならば、何か有用な情報を持っているのではないか。そう思って、問い詰めてみると、どこか難しい顔をしながらこちらを見上げてきた。
「いやさあ…。報告書を見て思ったんだけどね…、多分、これと同じ奴がファルグ帝国にも出現してるんだよね」
「何だと!?」
思わぬ情報に耳を疑った。
「私が見たのは、破壊された奴なんだけど、どうやら1年ほど前からこれと似たようなのが現れて、獣人達を襲ってたみたいなんだよ。だけど6カ月前ぐらいに忽然と姿を消して、誰も全く姿を見て無いようなんだよね」
「なるほど…」
彼女の言葉を聞いて頭を働かせる。もしかしたら、他国も公表をしていないだけで、実際は似たような事件が起きているのかもしれない。
「少なくともこの件に関しては、まだ情報が足りないからね。今は様子を見るしかないと思うよ」
「そうだな…。とりあえず、ファルグ帝国の件に関しては、私から調査班に伝えておこう」
よろしくねー、と相変わらずの軽い口調だが、それがどこか安心させるようなものに聞こえた。
そして同時に、机の引き出しの中から、もう一つの件に関する資料を取り出す。
「ん? それ何?」
私は黙ってユーリアに資料を渡す。それは3カ月ほど前に姿を消した魔物、茨の姫君に関するものだ。
2年前のある日、満身創痍で戻って来た騎士たちから齎された1つの知らせ。それは伝説の死霊、茨の姫君の復活という、王国どころか世界を震撼させかねないものだった。この情報が民へと漏れれば、大混乱へ繋がる。そのため騎士、そして高ランクの魔術師と傭兵のみにこの情報は公開され、隠密に姫君の討伐部隊は送られることとなった。
しかし、どんなに高い実力を持った者が向かっても、返り討ちとなり戻って来る。もしこの国に攻め込んで来たら、どれほどの被害が出るのか。それに恐怖する者も少なくなかった。
しかし、1年経ってあることに気付いた。姫君は城から出る事は全くなく、また討伐隊も大多数は怪我をするものの、命までは奪われずに戻ってくるのだ。何故、わざわざ生かすような真似をしているかは不明。アルベルトから、「姫君は正気を保っているのではないか」という仮説が出たものの、それを証明できる根拠もなく、また討伐に向かった者達がそのような仮説を信じる訳もなく、そのままさらに1年が過ぎて、突然として姿を消したのである。これには多くの者が一時的なパニックとなった。
「見つかったの?」
「いや、全くと言っていいほど情報が無い。付近の集落にも聞いて回ったが、それらしい目撃情報は得られなかった」
「城には何か手がかりとか無かったの?」
その問いに私は黙って首を振る。あの城は元々人が寄り付かなくなってからは、魔物達の巣窟と化していた。その姫君が復活してからは、その力に恐れた魔物の一部は、城下町の跡地へと住処を移していたのだが、姫君が居なくなると、再び城の中へと雪崩れ込んでいった。そのため、調査するにも魔物の数が多すぎて、なかなか進まない。私やユーリア、アルベルトなら苦も無く探索できるのだろうが、ユーリアは他の重要な依頼があり、私は魔術学院を、アルベルトは王族を守るために必要だ。もし私達がクレイディアを離れているうちに姫君が攻め込んで来たら、恐らくクレイディアの魔術師達では手も足も出ないだろう。そのため、そう易々とここから離れるわけにはいかないのだ。
こういった理由により、城の中を探索しているのはBランクの魔術師達が中心だが、数カ月経った今でも、城の全容が全くと言っていいほど判明しない。それほどまでに、あの国は強大だったということなのだろう。
それはともかく、結局、姫君の情報は全く届かなかった。もしかすると、既に別の国へ渡ったのかもしれない。または、あの魔物の件に関係しているのかもしれない。
様々な憶測が考えられるが、これもまた一切の情報がつかめていないため、結局は机上の空論でしかない。
「まあ、今考えるべきは、これよりもあの皇女様の事だと思うんだよねえ」
「そう言えば、来週からこの学院に通うんだったな」
「そうそう。分からないことは後回しにして、まずは目の前の事に集中しなよ」
そういって笑顔を向けてくる彼女を見ると、昔の頃を思い出す。確かに悩んでいても仕方がない。私のやるべきことは、ここの生徒達を守ることだ。
「やっぱり、君はそうやって真っすぐ見ている方が良い顔をしてるよ」
そういって笑いながら彼女は部屋から出ていった。




