16話 獣人の少女
広大な店内。そしてそこに整然として並べられた数多くの魔術道具。そんな店を想像してたけど、実際のお店を見て拍子抜けしてしまった。
お店の大きさは、いつも行っている、あの小さな薬屋の3倍程度。魔術道具の種類は幾つも揃っているけど、私が想像していた数より遥かに少なかった。これが本当に、クァンタム商会の店なのか疑ってしまう。
そんな私に気付いたリーザスちゃんが近付いてきた。
「この店が本当にクァンタム商会のものなのだろうか、って顔をしてますね」
「えっ、いや…あの…」
思っていたことを当てられ言い淀むけど、リーザスちゃんは気にしないでと微笑む。
「さっきも言いましたけど、ここは学生をターゲットにしてます。他の店舗のような大きさだと入りづらいと思うような学生がいるかもしれませんし、種類が多すぎれば知識が浅い学生が何を買えば良いのか迷いかねませんからね。だからこそのこの規模なんです」
なるほど。確かに大きな店だったらなかなか入りにくい。私だってそうだ。
「こうして小さな店舗を出すことで、若いうちから商会の素晴らしさを感じてもらい、新しい顧客を確保するというのも目的の1つなんです」
そこまで考えていたんだ。たった1つのお店にそこまで考えるなんて、私だったらできない。さすがはクァンタム商会の一人娘。子供のころからそういうことに触れていたんだろう。そう心の中で尊敬していたけど、リーザスちゃんが何かを呟いてる。
「…そしてこの店に慣れ…少しずつ高価な…いずれは学院指定の…」
…うん、聞かなかったことにしよう。どこか黒いオーラを出しているリーザスちゃんから離れ、店内を散策することにする。
開店日は昨日だったらしく、それほどお客さんは多くない。立地が中心部から少し離れているし、いくらクァンタム商会のお店とはいえ、元からクァンタム商会を知っている人は、こっちじゃなくもっと大きな店に行き、学生はクァンタム商会の名に少し尻込みしているんだろう。今、店内に居るお客のほとんどは、飼うことまでは考えていない興味本位が主だろう。
それにしても、何を買おうかな。サービスしてくれるって言ってたけど、色んな魔術道具があって目移りしてしまう。ミアちゃんは、お母さんへのプレゼントとしてペンダントを買いたいって言ってたし、エインちゃんはさっき腕輪を見ていた。
さて、私はどうしよう。ミアちゃんのように家族へのプレゼントはどうかと考えてみたけど、お母さんは魔力が多い方じゃないし、もし魔術道具をプレゼントしたら、その性格上、何度も使った挙句に壊したり、魔力切れで倒れる光景しか思い浮かばない。お父さんは人並みには魔力があるけど、そこまで道具に拘る人じゃないし。悩んでいると、ふとアイラちゃんの顔が思い浮かんだ。そう言えば、あの艶やかな長い黒髪。特に紐で結んでないし、髪飾りも付けてないけど、少しぐらいおしゃれをしないともったいないような気がする。というよりも、アイラちゃん自身が服とかにそれほど気を使ってない。最初に会った時は、寂びれた古いローブとかを着て、穴とかが開いても自分で縫ってるからか所々ツギハギが目立つ。女の子なんだからもう少しおしゃれとかしたら、と言ったら、「そこまでおしゃれとかする必要ってあるの?」とか言われた。私が着なくなった服とかをプレゼントしてからはそっちを着るようになったけど、それでももう少し興味は持って欲しいと思う。
それはともかく、あのきれいな髪に似合うようなアクセサリーでも無いかな、と思って捜してみる。アイラちゃんが喜びそうなものが良い。だけど、いまいちアイラちゃんの好みというものが分からない。というより、いつも一緒にいるけど、アイラちゃんの事をほとんど知らない。アイラちゃん自身が自分のことをあまり話さないっていうのもあるんだろうけど、本当に謎が多い。どんなものを送ればいいのか悩む。
そうしていくつもあるアクセサリーの前で唸っていると、声が掛けられた。
「其方、一体何をそんなに悩んでいるのだ?」
いつの間にか私の隣でアクセサリーを見ている少女。いきなり話しかけられびっくりしたけど、その子をよく見ると、茶色の髪から犬や猫のような耳が出ている。
「ん? どうかしたか?」
その姿に見とれていると、少女は私の顔を覗き込んできた。
「あ、ごめん。つい…」
「ああ、そうか。この街だと珍しいのだな。私のような獣人は」
そう。クレイドル王国にも獣人は居るが、ほとんどは遠く離れた西大陸のファルグ帝国で生活している。その特徴としては、少女のように獣のような耳と尻尾を持つことと、人間に比べて魔力が比較的少ないことが挙げられる。ただし、これはあくまで平均的な魔力量を比べた場合のものなので、中には人間以上の魔力を持つ者もいる。
「ご、ごめん。私、子供のころからずっと見てみたいって思ってたからつい…」
世界中に御伽噺として子供達にも広まっている『6人の救世主』。その中の1人に、獣人達を統べた皇帝にが存在する。暗黒期以前は、獣人は悪徳貴族の愛玩動物として飼われ、様々な労働をさせられていた。暗黒期に入ると、その獣人達が暴動を起こし人間と戦争を起こそうとし始めたのだ。しかし、その獣人達を鎮め、獣人のための国を作り上げたのが、その皇帝であり、その血脈は現在も続いている。
私がその話を聞いてから、獣人に会いたいという思いが芽生えた。子供ながらの憧れのようなものもあったのかもしれないけど、その思いは今も同じ。だからこんな場所で会えたことに驚いて、ついジッと見てしまった。それが少女の気に触ったかもしれないと謝ると、少女はきょとんとした表情で、だけどすぐに声を上げて笑った。
「ふふふっ。まさかそんな幼子の夢のようなことを言うとはな。なかなか珍しい奴だ。まあ、気にする事でもない」
そういって少女は手を差し伸べる。
「私の名はウル。其方は?」
「えと、アンです…」
そう言って私も同じように手を伸ばす。
「そうか。よろしく頼むぞ」
そう言って、ウルちゃんはやや強引に握手をしてくる。
「それでアンは一体何を悩んでいるのだ」
ウルちゃんが微笑みながらで見つめてくるので、相談してみることにした。
「なるほど。その友人に贈り物がしたいと」
「うん。何か良いものが無いかなって」
「ふむ…。その友人の特徴は何だ? 髪の色や長さとか」
アイラちゃんの姿を思い出しながら、説明をしていく。
「そうか。それなら、この髪飾りはどうだ? 話を聞く限り、これが一番似合うと思うのだが」
そういって差し出してきたのは、翼を象った銀色の髪飾り。これをアイラちゃんがつけている姿を想像してみるが、確かに似合っている気がする。
「それに、其方が本当に友人の事を思っているのならば、どんな贈り物だろうと喜ぶはずだ」
その言葉に後押しされ、この髪飾りを買うことにして、レジに向かう。途中までウルちゃんもついて来たけど、店内に飾られていた時計を見ると、顔色が変わった。
「まずいな。そろそろ帰らなければ、あいつの説教になってしまう」
そう言ってウルちゃんが私の方を向く。
「すまんが、ここでお別れだ。またいつか、会えることを楽しみにしているぞ」
そしてウルちゃんはそのまま急ぎ足で店内を出ていく。私はそれをしばらく見つめていた。
今まで出てきた機械
●飛行船
●カメラ
●レジ
いずれもグレイス連邦で作られたものです。
一応、技術レベルはF●9程度だとお考え下さい




