13話 弟子という立場
あの定期試験から既に1週間。しばらくの間、あの事件について色々なことを聞かれたけど、今は大分落ち着いた。
奇跡的にあの事件で大きな怪我人は出なかったようで、ほとんどが無傷か軽傷で済んで、魔力切れで倒れた私とリーザスさん、魔術の直撃を受けたエインさんも、アイラちゃんの治療のおかげかすぐに回復した。
あの後、男は騎士の人達に引き取られ、試験は中止。すぐに生徒全員を保護して学院へと戻った。そして学院に着いた後、私はすぐに保健室に運ばれ、起きた後は、侵入者相手に立ち向かったという危険な行為をしたということで、先生から叱られることとなった。
アイラちゃんは、街に入った後に他の魔術師の人達とどこかに行ったって言うのは聞いたけど、それからずっと音沙汰無し。一体何をしているのかさえ分からない。
そして普段通りの日常が戻って来たんだけど、突然先生に言われ学園長室に来た私は、中に居たザイル先生の言葉に呆然することとなった。
「え…、私がSクラスですか?」
「はい。来週からですので間違えないようにしてくださいね」
Sクラスは学院の中でもトップクラスの成績を収めた生徒しか入ることが出来ず、少数精鋭でより高度な魔術を学ぶことが出来るクラス。だから学院に通う生徒のほとんどが憧れ、目標としている。勿論私もSクラスには強いあこがれを持っていたし、そこに入れるなんてとても嬉しい。
だけど同時に、ものすごく戸惑った。何で私が…。そんな私の表情を読み取ったのか、ザイル先生が優しく話しかけてきた。
「君はあの時、臆せず侵入者に立ち向かったと聞いています。勿論、一歩間違えれば命を落としたかもしれない、無謀で危険な行為をしたことは褒められることではありません。ですがそれと同時に、あなたを含めた3人の御蔭で他の多くの生徒が無傷で逃げ切ることが出来たのもまた事実です。そこは褒めるべき部分でしょう」
その言葉にどこか照れてしまう。確かにあの日以来、Sクラスの2人ほどじゃないけれど廊下ですれ違った他の生徒からお礼を言われたこともあった。そのたびにどこか気恥ずかしく、どこか誇らしかった。
それに、と先生は付け足す。
「試験本部で見えたあの魔術。あれがあなたが発動した、古代魔術だということも聞いています。どこで学んだのかは知りませんが、あれほど大規模かつ特殊な魔術を使うことが出来る生徒を認めないわけにはいきませんからね」
そういえば、あの時はついとっさに使っちゃったけど、まさかあれほどの魔術が使えるなんて思っていなかった。ただ、リーザスさん達を守りたい、せめて少しでも時間稼ぎになればという気持ちだけで、無我夢中で刻印を描いた。そしてそんな私の思いを込めて使った魔術は、試験会場に張られていたものよりも、高い防御性能を持った結界という形で発現した。
正直、あの魔術を今使えるかと聞かれたら、多分無理と答えるしかない。あの時のことはほとんど覚えていないし、あんな大規模な古代魔術は魔力の消耗が激しすぎて、私の魔力がすぐに尽きてしまう。多分、保って3分程度。あらかじめ消耗していたり、攻撃を受け続ければその分時間は減る。実際にあの時は30秒程度しか保てなかった。実践でもその程度か、あるいはもっと短くなる。私の古代魔術は…、アイラちゃんの足元にすら及んでいない。それほどお粗末なもの。それですら使いこなせてすらいないのだから。
だけど先生はまったく気にしなかった。
「ここは魔術を学ぶ場です。あなたがその魔術を使いこなせていないのなら、それを手助けするのが私達、教師の仕事。それがSクラスの生徒だろうが、他のクラスの生徒だろうが関係は無いですし、別に気にする事ではありません。私が古代魔術に特別造詣が深いという訳ではありませんが、手助けぐらいは出来ます。何も問題は無いですよ」
そういって微笑み、手を差し伸べた。そして私も躊躇しながら、先生の手を握った。
こうして私は、今回の試験で唯一、クラスが変わる生徒になった。
××××××××××
「自爆?」
ギルドの一室でゼノの話を聞いていたが、その内容に思わず聞き返した。
「そうだ。正確には、あの男の体内に仕掛けられていた魔術の暴走、と言った方が正確だな」
詳しく聞くと、私が捕まえたあの男の体内には、一定時間が経過するか本人が死亡することで、体内の魔力を意図的に変化させ強力な爆発を生むという魔術が仕掛けられていたらしい。しかも、どうやらそれは古代魔術である可能性が高いらしい。
なお、男は魔術を使えなくするための手枷をしたうえで、厳重な牢へと収容していたが、あらかじめ体内で発動していた魔術に対しては無力化できなかったため、牢は大破。負傷者も何名か出ているが、死者は出なかったらしい。
尋問も満足にできるだけの時間が無かったこともあり、情報のほとんどが不明。せいぜい男がアルター共和国出身の裏社会の魔術師で、何者かに依頼されて襲撃したということしか分からず、依頼したのが何者なのか、あの魔物は一体何なのか、そしてそもそも目的は何なのか。重要な部分がほとんど聞けず仕舞いで終わった。
仕方がなく、今はアルター共和国に、今回の事件に関する情報を持っていないか調査する方針に決まったらしく、既に使節が向かったとのことだ。
「とりあえず、君も今までご苦労だったな。今回の依頼は一応完遂ということになっている。既に君以外の魔術師は受け取っているし、君も行って来たらどうだ?」
その言葉に頷き、部屋を出て受付へと向かう。
あの襲撃から今日まで、かなり疲れることとなった。襲撃の後、話を聞くということで私を含めた魔術師全員が一度、ギルドへと向かった。そして襲撃者を倒した私には、騎士団から情報提供を求められたり、それが終わってギルドに戻ると、今度は他の魔術師達が弟子にしてくれないかとしつこく誘ってきたリ、そして日をまたいで再び騎士団に情報提供を行ったり。そんな日々が1週間続いて、大分くたびれた。
今日はさっさと宿屋に戻って、ゆっくり休もう。そんなことを考えながら受付で報酬を受け取った時、再びあの足音が聞こえてきた。
「アイラさん、俺を弟子にしてください!」
「何を言ってるのよ!? アイラさんの弟子になるのは私だけで十分なのよ!」
「お前達何を言っているんだ! この中で最も実力のある俺こそが弟子にふさわしいだろう!!」
今日も来たか、と溜息を吐く。
決まって弟子になるために来るのは、C~Eランクの若手の魔術師達だ。その熱心な姿勢は良いと思うが、正直、弟子にするほど見どころがある連中とは思わない。実際、私の弟子になろうとするのも、他の魔術師とは違う力を持って有名になろうとか、他の魔術師に一目置かれる存在になりたいとか、そんな理由だろう。纏わりつかれても面倒なので、毎回断っているのだが、それでも諦めようとはしない。
まあ、勝手に言い争っているうちに抜け出そうか。そう思った時、しばらく聞いていなかったあの姿が視界に映った。
「あ、アイラちゃん。やっと会えた!」
そう言ってアンが私のところに駆け寄って来る。特に問題もなさそうで、元気そうだ。一応治療はしたけど、本当に無事か少し心配だったが、それも杞憂だったようだ。思わず顔が綻ぶ。
だけど、そんな光景を面白く思っていないような視線が合った。
「おい、君。アイラさんとどういう関係なんだ?」
「いきなりあんたのような子供が入って来ないでよ?」
「まさかアイラさんの弟子とか言い出すんじゃないだろうな。だとしたらさっさと止めるんだな」
魔術師達がアンを囲んで睨み付ける。本当に何様のつもりだ。私はお前たちを弟子にしたつもりはないし、するつもりも無い。そんなことを思っていると、つい怨霊達が飛び出そうなのを必死に押さえつける。
アンもその視線に一瞬驚き、身を縮こまらせようとする。だけど、すぐにその目は力強いものに変わり、逆に魔術師達を睨み付けた。今までなら、すぐに不安そうな表情を出しただろう。だが、そんな臆病な少女の姿はここには無かった。
やっぱり弟子というのはこうでなくちゃならない。
魔術師達はアンに睨み返され一瞬怯むも、すぐに元に戻る。だけど私には分かる。あれはただの虚栄でしかない。自分よりも弱いと思っていた者が見せた強さに、内心では怯えているのだ。
正直、このままでもいいのだが、さっさと私は宿屋に戻りたい。だからアンと魔術師達に聞こえるように、手を強く打った。
「そこまで。それだけ私の弟子になりたいって言うなら、魔術を使わずにアンを倒して見せなさい。簡単でしょう?」
その言葉に魔術師達は疑問を浮かべたような表情をする。何で魔術師が魔術を使っちゃいけないんだ、とでも言いたげだが、それが出来ないんじゃあ古代魔術を教える意味がない。
アンも一瞬驚いたような表情をしたが、私の顔を見るとすぐに気合を入れた。どうやら気付いたのだろう。私の信頼というものに。
さあ、あの時はよく見れなかった特訓の成果をじっくりと見せてもらうことにしよう。そして私は全員を引き連れ、訓練場へと続く階段を下った。




