12話 正しい古代魔術の使い方
大学の講義が始まるので、しばらくは週一投稿になります。
これからもこの小説をよろしくお願いします
私が放った魔術を躱したこの男。恐らくこいつかその周囲の狼のような魔物達が、結界を破壊したのだろう。
それにしても、アンに手を出そうとするなど、本当に許せない。私が手塩に育てた初めての弟子なのだから、簡単に奪われたりするわけには行かない。もっともっと教えたいことが山ほどあるのだ。
しかし、ここに来る途中で少しだけ見えた風の球体。この場にいる生徒の内、1人は気絶、もう一人とアンは魔力切れなのを見ると、あの魔術を使ったのはアンかその近くの金髪の生徒ということになる。もしアンがあの魔術を使った、いや作り出したというのならばなかなか面白い。修行の成果が出ているのだろう。今度からはもう一段階上の特訓に変えることにしよう。
「おい、てめえ! 一体何者だ!」
せっかく人がこれからの予定を考えているという時に、目の前の男が声を荒げた。しかし、わざわざ答えてやる必要も感じないので、無視してアン達に近寄りしゃがみ込む。そして3人に向けて『治癒』の刻印を描く。あくまで応急手当程度だが、それでも十分な効果はある。3人の顔色が良くなったことを確認すると、立ち上がって、男の方を向きながら、アンに話しかける。
「アン。今から本当の古代魔術の使い方を教えてあげる」
今まで教えてきたのは基本中の基本。実戦とは程遠いものでしかない。せっかくこんな戦場があるのだから、今この場で本当の古代魔術を使った戦い方というものを見せよう。そして懐から短刀をいくつか取り出す。
ここからは、私の戦場だ。そう意気込んで、魔物達の群れへと向かった。
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アイラちゃんの治療のおかげで、ある程度は体を動かす余裕が出来た私は、その光景に目を奪われた。
大量の魔物の軍勢を相手にたった一人で戦うアイラちゃん。それは一見、無謀な戦いにも見えたけど、そんな考えを吹き飛ばして見せるほど、その動きは美しかった。
向かって来る狼達を手に持った短刀で斬り裂いていく。狼達が光線を放つ挙動を見せれば、すぐに短刀を投げつけて妨害し、さらに新しい短刀を取り出して攻撃する。その一連の動きを一切の無駄なくこなしていくその姿は、まるでダンスを踊っているようだ。
あれだけいる狼の大軍を圧倒する姿に私やリーザスさん、そして仮面の男までが呆然としていた。
だけど1つ聞きたい。これのどこが古代魔術の使い方なんだろうと。どこからどう見ても、白兵戦にしか見えないんだけど。
だけど、そんな疑問を持っている間に、男がアイラちゃんの隙を狙って再び雷の弾丸を放ったのだ。つい、危ないと口に出す。だけど、アイラちゃんは一切雷に対して警戒をせず、狼達を切り伏せていく。まさか、狼達に気を取られて気付いていないのか。そう思った私の心配は杞憂だった。アイラちゃんの背中に直撃するはずだった雷。だけどそれは見えない障壁によって防がれ霧散した。その出来事にその場に居た全員が理解できなかった。アイラちゃんは一切詠唱を行う様子も、刻印を描く様子も見せなかった。それなのに、背後から放たれた魔術を防いで見せたのだ。
その後も、狼達の攻撃を防いだり、逆に魔術を撃ち込んだりとして見せたけど、その全てにおいていつ魔術を発動させたのかすら分からなかった。
だけど…、もしかして…、そんなことがあり得るのだろうか。私の頭に浮かんだ1つの仮説。それが正しいかどうか判断するために、アイラちゃんの動きの細かい部分にまで目を向ける。そしてやがて、その仮説が正しいことに気付いた。
アイラちゃんは狼達との戦闘の最中に刻印を描いていた。だけど、いつものように指に魔力を流して刻印を1度に描くんじゃない。多分、アイラちゃんは指だけじゃなく、手に持ったナイフ、軽快なステップを踏む足、その他にも自分の体の全てを使って、少しずつ刻印を描いて魔術を完成させた。
…これが本当の古代魔術の使い方。どんな動きをしながらでも、刻印を描くことを可能とする方法。これを私は身に着けることが出来るのだろうか。あまりにも高度な技術に尻込みしながらも、その動きの1つ1つに私は見入っていた。
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現代で普及している基本魔術は、言わば平和の中で発展していった魔術だ。発動には大量の魔力を必要とせず、規模や威力よりも微細な制御に目を向け、それに応じた種類がある。仕事や家庭でも一般的に使われることが多い。
対して古代魔術は、戦争によって発展した魔術だ。量より質を求め、少ない消費魔力で高い戦果を求める。より多くの敵を倒し、より多くの味方を守るための魔術。そのため一般的な家庭には浸透せず、ほとんどの魔術師は国の戦力として扱われるのが常であった。
どちらにおいてもその時代に合わせて発展していったものだが、その共通の弱点として魔力切れがある。一度に大量の魔力を消費すると起き、人体の活動に必要な最低限の魔力しか残らないため、体力までも消耗するという影響が出る。休息をとることで魔力は次第に回復していくが、それは現代での対処法。魔術を使う場面が主に戦場であった時代では、魔力切れは魔術師にとって決定的な隙となり、命に関わることとなる。そのため、戦場では魔力が尽きそうだと判断すれば、すぐさま撤退というのが定石だった。仮に撤退不可能な状況であれば、命を散らせて国に貢献する。それこそが魔術師の誉れだと言われてきた。
しかし、私の師匠は、その考えを嫌っていた。どんな状況でも必死に、生き残るために足掻き続ける。それが例え見苦しいと言われようとも、決して諦めない。そこで師匠は、魔力切れになっても体が動かせるだけの体力を求めた。
当時も現代も、大半の魔術師が体を鍛えるということは無い。魔術を使うことが主な仕事である以上、体力よりも知力を重視するというものが多く、そもそも体力が必要という場面ならば付与魔術を使えば良いというのが常識なのだから。
しかし、師匠は魔術と共に体も鍛えた。それも、想像を絶するような方法で。魔力切れになっても倒れず、戦い続けられるような体力を得るために。
私も師匠と共に生活していく中で、体を鍛えた。時に魔物の大軍と戦い、時に真冬の湖に落とされ、時に荒れ果てた山岳地帯を進み。そしてその生活の中で私と師匠が編み出した、古代魔術と白兵戦を組み合わせた戦い方。私にとって、それこそが正しい古代魔術の使い方である。
そして1体、また1体と私は魔物達を切り伏せながら、指で、ナイフで、足で、体の全てを刻印を描くための道具にして、魔術を発動させていく。
どうやらアンは気付いたようだが、男は何が起きているのか理解できていない様だ。狂ったように魔物を巻き込みながら魔術を放ってくる。その威力こそそれなりにあるものの、私の障壁を打ち砕くだけの力は無い。
この程度の実力しか無い男が、これほどの魔物の大軍を操れるわけがない。実力を隠しているのか、あるいは黒幕となる存在がいるのかは分からない。なぜここを襲撃したのかも分からない。一切が不明だが、それは今考えても仕方がない。
ただ今の私は、この戦いを純粋に楽しんでいた。久しぶりに自分から率先して行う戦い。城では侵入者達の命を奪わないように、全力で戦う事は出来なかった。クレイディアに着いてからも、自分の力を隠すために、ほとんど本気を出す事は出来なかった。しかし今は、この未知の魔物の大軍という敵に対する好奇心、アンの成長に対する喜び、そしてほんの僅かながら本気を出して魔術を使うことの出来る楽しみが心の中を占めていた。
だが、あまり時間を取られるわけにもいかない。他の魔術師も来る頃だし、そろそろ終わらせよう。
戦いの中で小さな刻印を描くとともに、気付かれないように地面に描いていた巨大な刻印を発動させる。敵は雷を操るようだから、私もそれに合わせようと選んだ魔術。それが発動すると、刻印から青い雷が天へと昇り、それが虎の姿に変わると、轟音を鳴り響かせながら全ての魔物を焼き焦がし、薙ぎ払った。仮面の男も、自分の方へ飛んできた魔物の焼死体がぶつかり、その衝撃で気絶する。
あとに残ったのは、あまりの威力の高さによって焦げ付いた木々と地面、魔物達の亡骸とそれの1つに潰される男という光景だった。
そして私の魔術の音を聞きつけ続々とやって来る教師、騎士、魔術師達。それを見て1つ思った。もしかして、やりすぎたか、と。
少し後悔したが、最早どうにもならない。私はそのまま教師達に事情を問い詰められることとなった。




