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11話 アンの古代魔術

 結界の破壊。本部へと辿り着いた私は、近くに居た教師からその知らせを聞いた。先程の爆発音のようなものはそれか。

 この結界が破壊されることは初めてのことだったようで、混乱している者は決して少なくない。しかし、それを諫める声があった。


「あなた達。この場で騒ぐ暇があったら、事態の調査と生徒の保護を行うべきでしょう! それとそこのあなたは、学校まで戻り学園長に報告しなさい。今は緊急事態です。分かったらさっさと動く!」


 それは試験の前に生徒達に注意事項を説明した男子教師。確か名前はザイルだったはずだ。彼の言葉に我に返った教師や騎士はすぐさま行動を開始する。そしてこういった緊急事態に慣れていた私を含めた魔術師達は、指示を受けるまでもなく森の中へと入って行った。

 できる限り広範囲を捜索できるように一人一人ばらけて捜す。自分一人では危険と判断した場合は、上空へと魔術を放ち周囲に知らせる。緊急事態に備えてあらかじめ決めていた事だ。それに一人になるというのは私にとっては都合が良い。先程森へと放った怨霊達を誰にも見つからずに回収することが出来る。

 そう考えている傍から、怨霊達が戻って来た。そして彼らを吸収しその記憶を見る。どうやらこの先の方向で変な魔物の襲撃が起きているようだ。金属製の鎧のようなものが付いた狼の大軍。そしてその現場にいる大勢の生徒達。不味い。もし遅れればかなり危険な状態だろう。

 しかし、幸か不幸かその生徒達の中にはアンの姿があった。あの魔物にどこまで通じるかは不明だが、簡単にやられるような特訓はしていない。

 心配と期待をしつつ、さらに速度を上げて現場へと急ぐ。

 私の勘が告げる。今回の襲撃は人為的なものだと…。



××××××××××



「うわああああああ!!!!」

「先生は!? 先生はどこ!?」

「とりあえず逃げろおおおお!!」


 皆が恐怖で思い思いに叫び走る。それはそうだ。安全だと思っていた結界が破壊され、魔物の大軍が襲ってきているんだから。

 この場にいるほとんどが魔物との交戦経験が無い。一応、学院の決まりで全員がギルドへの登録をしていけど、そのランクは最低のEランク。討伐などの依頼はDランク以上のものがほとんどで、採集などの安全な依頼しか無いのだから当たり前だ。それでも普通の魔物程度ならば倒す事は出来たかもしれない。しかし、相手は結界を破壊するほどの力を持つ未知の魔物の大軍である。それに危険を感じない人間はこの場に1人として居なかった。

 ただ、命の危険を感じていても、全員がパニックになっていう訳じゃない。


「全員、今すぐ本部へと逃げて、この状況を先生達に伝えてください! ここは私達が時間を稼ぎます!」


 それはSクラスの2人の内の1人、きれいなブロンドの髪を持つ女生徒が声を上げた。その声で何人かは落ち着きを取り戻して、他の生徒達を誘導する。そして、狼と生徒の間にもう一人の小柄な黒髪の少女が立つ。

そして私も意を決して他の生徒達を守るように岩陰から出る。


「何をしているのですか? あなたも早く!」

「ごめん。でも、時間を稼ぐのなら2人より3人の方が良いよね?」


 その答えに2人は一瞬呆気にとられたようだけど、すぐに我に返って狼達を見据えた。


「分かりました。良いでしょう」

「…足手纏いにはならないでね」

「うん、分かってる」


 そして私達は同時に詠唱を行う。


「『大地に根付く数多の木々よ』」

「『黒き影よ。罪人を貫く杭となれ』」

「『風よ。槍となりて降り頻れ』」


 私と小柄な子は詠唱が短く、かつ範囲攻撃となる魔術を選択した。少女の魔術が地面に映る影を幾つもの棘に変えて狼達を串刺しにし、私の魔術が空気弾の雨霰を生み出して狼達を襲う。

 そしてその間に、金髪の子が長文の詠唱を行っている。


「『絡みつき、結びつき、新たな形を作り出せ』」


 詠唱が完成するまでの間、私と小柄な方が連続で魔術を放つ。けど、どれも有効打にはならずに、少しずつ狼達は迫って来る。そしてもう無理だと思った時に、やっと魔術が完成した。


「『我が意に従い、災いを、悪意を、仇なす者を戒め縛れ』!!」


 狼達の足元からは巨大な樹が生え、その蔦や枝で狼達の動きを封じ込める。あのSクラスの男子生徒が使った束縛魔術の上位互換の魔術だ。

 そして狼達の動きを完全に封じたのを確認すると、金髪の子は疲れたように立ち上がる。


「今のうちに私達も避難をしましょう。あの結界を破壊したのだから、この拘束も破壊されるかもしれませんし」


 その子はどこかふらふらしてるように見えた。きっと、魔力が足りていないんだ。魔力を大量に消費すれば、体にも一時的に影響が出てくる。これじゃあ走れないだろう。そう思い、私は彼女に肩を貸した。


「あ、ありがとうございます。あなたは?」

「アン・ブロード。Bクラスだよ」

「そうでしたか。私はリーザス・クァンタム。こっちは私のペットのエインです」

「え?」


 いきなり小柄な方の子を指してペットと呼んだことに、つい変な声が出ちゃった。


「違う。私は使用人みたいなもの」

「良いじゃないですか、ペットで」

「良くない」


 どこか仲睦まじく話す様子を見て、つい笑みが浮かぶ。そしてそれを見たリーザスさんも微笑み、エインさんだけは不機嫌そうな顔をしていた。

 そして私達は急いで本部に行こうとした。だけどその時、急にエインさんの背後から雷が襲ってきた。


「うあっ!?」


 エインさんはそれをまともに受けて倒れる。私はすぐに雷が放たれた方向を見た。そこに居たのは、黒いローブと変な仮面をつけた男だった。


「へへっ。駄目じゃないか。こういう時こそ周囲を気を付けなきゃなあ?」


 男はそのまま狼達を束縛する大樹に視線を向けると、何かの詠唱をする。すると、巨大な雷が降り、大樹を焼き尽くしてしまった。これなら狼達もただじゃすまないと考えていたけど、そんな淡い期待はすぐに裏切られた。燃えた大樹の残骸。その中から狼達が無傷で姿を見せた。


「なっ!?」

「ははっ! こいつらは電気に対して高い抵抗力を持ってるんだよ。こういう時に役に立つな」


 男は高笑いを上げながら、狼達と共に私達に近付いてきた。


「それじゃあ、まずは君達から拘束させてもらおうか。ああ、安心すると良い。すぐにお友達も連れてきてあげるからな」


 私達を拘束? ということは私達を捕まえることに何か意味があるのか? 考えても答えは出ない。

 ただ今は、この場をどうにか出来るのは私だけだ。リーザスさんは魔力切れ、エインさんは気絶しているこの状況。どうにかしなきゃ。でも、私の魔術じゃこいつらには勝てない。もう諦めるしかないのかな…。

 そんな時、ふとアイラちゃんの顔が浮かんだ。


(例えどんな困難な状況であろうとも諦めず、自らの力で奇跡を起こすのが魔術師。私は師匠にそう教わった)


 そうだ。こんな状況でもきっとアイラちゃんは諦めない。だったら私だって諦めるわけには行かない。

 そして私の指が動く。私がこの状況を打開する唯一の術。

 最初に描くのは『風』。私が初めて使った魔術はそよ風を起こすもの。そして今の私の最も得意な魔術も風に関係するものだ。

 2つ目に描くのは『壁』。私達を守るための守り。誰も傷つけさせない。それが私の意志であり願い。

 3つ目に描くのは『渦』。私達を取り囲む竜巻。どんな敵意も、どんな悪意も、全て弾き飛ばす強力な竜巻。

 4つ目に描くのは『速度上昇』。何よりも速い風はあらゆるものを吹き飛ばす。時に全てを斬り裂く刃になり、時に全てを防ぐ盾になる。

 5つ目に描くのは『球』。私達を中心とした球。強風で作り出された球は、高速で回り全てを受け流す。

 作り出された私の魔術が男を、狼達を、全てを吹き飛ばした。


「な、何なんですか、それは…」


 その見た目はただの大きい風の球。でも、魔術はイメージで作り出されるもの。この魔術には私の夢、願い、意志を宿している。絶対に砕けない。

 狼達が結界を破壊した光線を放って来た。しかし、私の魔術はそれすらも防ぎ、いや、受け流した。だけど、光線が当たる度に、私を重い衝撃が襲ってきた。この魔術は私の意思で保ってる。つまり、私が倒れればすぐにこの魔術は解けてしまう。そうなったらもう終わりだ。

 何とか気力で保たせようとするけど、元々、連戦で体力も魔力も消耗していた。そしてこの魔術を発動させるのにもかなりの魔力を持っていかれている。

 そして吹き飛ばされていた男もいつの間にか戻ってきて、詠唱を行っていた。


「ふざけた魔術のようだがこれで終わりだ!」


 そして私達の頭上から、大樹を破壊した時と同じ雷が襲ってきた。それを何とか防ぎぎるけど、その代償に私の魔力が完全に尽きた。


「へへっ。手こずらせやがって」


 男がそのまま、倒れこんだ私に手を伸ばしてきた。

 ああ。守れなかった。やっぱり、私には無理だったのかな。体は動かず、言葉を喋る力も残っていない。私にできたのは、ただ静かに涙を流す事だけだった。

 そして男が私に触れようとした時、あの声が聞こえた。


「私の弟子に何をする!!」


 その声と共に放たれた魔術に気付いた男は、すぐにその場から下がり、その魔術をぎりぎりで躱した。

 そして、何とか視線を動かした先に見えたのは、私に古代魔術を教えてくれた、誰よりも尊敬して、信頼している人。アイラちゃんの姿だった。

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