10話 異変
試験が開始されてから20分が経った。
既に半数以上の生徒が学生証を奪われているようだ。しかし、この試験では違反行為をしない限りは失格にはならない。つまり、たとえ倒されても何度でもチャンスはあるということだ。
見回りをしながら生徒たちの争いを見ていたが、本当に面白そうだ。できることなら 私も参加したかった。ああ。これならばギルドに登録するんじゃなく、魔術学院の生徒になった方が良かったかもしれない。
今更ながらの後悔をしつつも、仕事はこなす。生徒達が危険な魔術を使ってはいないか、危険な状態などになってはいないか。既に二十数名ほどが気絶して、森の一画に作られた試験本部へと送られている。私も6人ほど運んでいるが、その中にアンはいなかったので、まだ生き残ってはいるようだ。
「あ、アイラさん。どうですか。これが魔術学院の伝統的な試験なんですよ」
右側の茂みから声がしたのでそっちを見てみると、エイナが1人の男子生徒を担いでいた。
実は今回の依頼はエイナとマックスの2人に誘われて受けた。リヴィアの一件以来、2人とはよく話すようになっていたが、アンから試験について教えられた翌日に2人に魔術学院について聞いてみたら、この依頼について教えてくれたのだ。魔術学院への興味が半分、アンへの訓練の成果を確かめようという思いが半分でこの依頼を受けたが、なかなか面白い。
特にSクラスとやらの生徒達の戦闘を見ていたが、あれならアンに絡んでいたゴロツキよりは強いだろう。将来が楽しみである。
「はい。見ているだけでも生徒達の気合を感じられて、なかなか面白いですよ。それにこの試験内容も、一見ただのバトルロワイヤル方式ですが、実際はいかに不利な状況を好転させるかという魔術師の根底に根付いたものですから、実際に私も混ざりたかったですよ」
この試験では多くの者がチームを組んでいる。個人戦では敵わなくても、2体1、3体1ならば敵う可能性もあるからだ。自分が狙われないように、そして強者を倒すために徒党を組むというのは、別に間違った考えではない。しかし、人数が多くなればなるほど、他の生徒から視認されやすくなったり、仲間への誤射が増えたり、1人あたりの得点(奪った学生証)が減ることとなる。恐らく最後は仲間割れからの同士討ちになるだろう。そこを考えて敢えて1人で息を潜め、最後に疲弊した生徒を狙うという手もある。単純に見えて駆け引きが大事になる試験だ。
そんな私の感想を聞いていたエイナの顔は驚愕に染まっていた。
「な…、よくそこまで分かりますね。この試験を始めて見たとは思えません…」
「いや…、私も似たような修行をしたことがあるので」
「え、そうなんですか? 是非、教えてください!」
私の修業内容に好奇心を持ったのか、目を輝かせて詰め寄って来る。しかし、私の修業はこんな優しくはなかった。
ある日、魔術道具の材料を採集するという名目で師匠が私を山奥まで連れて行ったのだが、何をとち狂ったのか、いきなり背後から私に向かって香水を振りかけてきた。その香水は周囲の魔物を呼び寄せる匂いであるらしく、あっという間に私は魔物に囲まれた。そしてその光景を作り出した師匠は、私が気が付いた時には姿を消し、残っていたのは1枚の手紙のみ。それにはこう書かれていた。
『死なない程度にガンバ(笑)』
…あの時は本気で殺意が芽生えたが、何とか私は生き残ることが出来た。その後もたびたび似たようなことをされ、そのおかげで多数に囲まれても冷静に戦う術を身に着けることが出来たので、感謝しないことも無いが、やはりそれ以上に怨みが大きい。ああ、思い出しただけで腹が立ってきた。
私の不穏な雰囲気に圧倒されたのか、エイナはすぐに話を切り上げ、生徒を本部へと運んでいった。とりあえず、この怒りは抑え込んで仕事に専念しよう。
そう思い立ち、見回りを再開するために戦闘音がする方向を向いた時だった。
「…っ!!」
ゾゾゾッと背筋に冷たいものが走る。そしてどこか懐かしい、この無数の敵意を受けているあの感覚。何かが起きたに違いない。結界は張ってあるものの、万が一がある。
周囲に人の気配が無いことを確認すると、私は数体の怨霊を解き放った。
「状況がどうなっているかを見てきて」
短い言葉で命令を下すと、怨霊達はすぐに姿を消して散開した。それを見届けると、何か情報が来ている可能性を考えて本部へと向かう。
思い過ごしなら良いが、残念な事に修行で鍛えたこの勘に関しては今まで外れたことが無い。そのことに溜息を吐きながら私は急いで森の中を走った。
××××××××××
「はあっ、はあっ…、何とか倒せた…」
木にもたれながら、息を整える。
周囲には倒れた5人の生徒。この生徒達はさっき現れた4人組とは別のグループの生徒だ。最初の4人組は走り回る私に魔術を当てる事は出来ず、逆にあちらは単純な移動しかいなかったため、良い的だったけど、そのすぐ後に現れたこの5人はかなり厄介だった。動き回る私に命中させる事は出来ないと気づくや否や、すぐに私の動きを封じるために、私ではなく周囲に魔術を放つことで動きを止めようとしてきた。何とか倒す事は出来たけど、体力的にも精神的にも、もうへとへとだ。
集めた学生証は自分の物を含めて計10個。それがどれくらいの成績にあたるのかは分からないけど、まだ時間もあるし、しばらく休憩にしよう。
だがその前に、この人達が起きたら絶対に狙われそうなので、できる限り遠くに離れることにする。周囲の音や気配に注意しながら。
やはり、まだ健在な生徒はたくさんいるようだ。そもそも学生証を取られても失格ではないのだから、取られれば取り返す、という状況が続くのも当たり前。多くの敵を倒せば倒すほど学生証は集まるけど、その分疲労は蓄積する。その隙を狙って一攫千金を狙う生徒もいるのだろう。
いっそのこと、試験終了間近まで隠れて、見つかったら戦うというのもありかもしれない。いや、体力面も考えると、そうした方が絶対に良い。そうと決まれば、すぐに隠れ場所を探さなきゃ。
そんなことを考えながら歩いている内に着いたここは、どうやら森の端にほど近いところらしい。先生が言っていた黄色いテープも見える。さすがにここまでくる人はいないはずだし、ここでしばらく様子を見よう。ちょうど良い岩の陰に身を潜め、体を休める。ここは日影になっていて大分涼しい。
そして少し眠くなり始めた時、近くで爆発音が聞こえた。びっくりして、閉じかけていた目がはっきりと開く。一体、何事だろう。岩の陰から顔を出して、辺りを伺った。
そして見えた光景は、2人の女子生徒とそれを取り囲む複数人の生徒達。…なんかデジャヴを感じる。取り囲まれている女子生徒もSクラスのようだし、なんかオチが見えた。
しかし、私には誰も気付いていないようなので、ここは静かに隠れる事に徹しよう。いくら9人の生徒を倒して自身がついても、Sクラスに敵うとまでは思っていない。AクラスとSクラスには2倍の差があるという噂を聞いたことがあるけど、それを実際に感じるほどの実力をさっき見ている。
そしてやっぱり、音を聞いている限り、囲んでいた生徒達はSクラスの生徒の魔術によって倒されたようだ。中には捨て台詞と共に逃げ出そうとしたものも居たみたいだけど、足場が不安定な森の中で走るのは実はかなり難しい。すぐに倒れて魔術の一撃を喰らってしまったみたいだ。
さて、さっさとこの場から離れてくれないだろうか。後でアイラちゃんに何か言われるかもしれないけど、さすがにSクラス2人の相手は無茶だと言いたい。
しかし、2人はその場から離れる様子はない。さらに、今の戦闘音を聞きつけた他の生徒達も集まって来たようだけど、争いが起きるような音も無い。聞こえるのは、何かの大量の足音。その足音は結界の外から聞こえてきているようだった。少し顔を出して見てみる。視線の先、結界の外の木々が揺れ、だんだんと足音は大きくなる。そう、まるで大群が押し寄せてくるような。
その場に居た全員が緊張で息を呑んだ。そして、私達の目が捉えたその姿。それは体のいたるところが腐敗しながらも、金属の機械を身に着けて、真っ赤な目でこちらを睨む狼の群れだった。
あんな魔物、見たことない。いや、そもそも魔物なのか。それすら分からず、しかし結界の中ということで、皆どこか油断していたんだろう。そのまま観察をし始めていた。だけど、それは間違いだった。
狼達の口が開き、そこから光が溢れる。不味い。何か危険を感じて、思わず叫んだ
「皆、伏せて!!」
その声に一瞬驚くものの、私の気迫に圧倒されたのか全員がその場でうずくまる。
そして、狼達から放たれるいくつもの光線。それは結界とぶつかり、大きな衝撃を生む。光線と結界の拮抗はしばらく続いたが、すぐにその均衡は崩れた。まるでガラスが割れるかのような音。そして砕け散る光の障壁。そう、結界が破られたのだ。
そしてにじり寄って来る狼の軍勢。結界が破られたことに呆然としていた皆は、そのことに気付くとパニックになって走り出す。
これが私が巻き込まれることとなった長い事件の始まりだった。




