9話 クラス替え試験
「クラス替え試験?」
アンに古代魔術を教えることになってから1カ月半経った。
今日もまた、ギルドの訓練場でアンに稽古をつけていたが、その様子がどこか緊張しているようだったので聞いてみた。すると、ちょうど5日後にクラス替え試験があるというのだ。
「魔術学園のクラス編成は試験の結果で決まるの。そして定期的に行われるクラス替え試験で良い成績を取れば上のクラスに、逆に悪い成績を取れば下に行くことになるの。それで今までの試験は筆記が主だったから、私はBクラスを保てたんだけど、今度からは対人の実技が入って来るから、自身が無くて…」
どうやら今までの実技は全て、魔術がどれほど使えるかという錬度を見るもので、動きながら魔術を使ったり、動く的に魔術を当てたりするような練習はしていないとのことだ。今までとは勝手が違う試験でどのように動けばいいのか分からないという状況では、緊張するのも無理はないだろう。
しかし、だ。
「まさか、それだけで無理だ、なんだと言うことはないよね?」
「え?」
私の言葉にアンの目が点になっているが、まさか私が優しい言葉を掛けると思っていたのだろうか。
「少なくとも私は、棒立ちで簡単にやられるような人間が魔術師になれるとは思っていないけど」
そう。魔術師の仕事には様々なものがあるが、その大半は一定以上の危険が伴うものである。リヴィアの一件のように、全方向からの襲撃に備えなければならない状況というのもあり得るのだ。そんな時、棒立ちでいては、ただの的にしかならない。たとえどんな危険な状況であろうとも、冷静に対処できるようでなければ魔術師にはなり得ないのだ。
「例えどんな困難な状況であろうとも諦めず、自らの力で奇跡を起こすのが魔術師。私は師匠にそう教わった」
あの師匠は鬼畜だったが、少なくともこの言葉は嘘だったとは思わない。実際に、師匠はどんな時でも諦めずに、最後まで自分のやるべきことをやり通していた。
まあ、当時の私に対する修行という名の所業を考えると、この言葉の意味が少し変わってくる気もするが…。
しかし、私の言葉で目が覚めたのか、アンからは先程までの不安げな様子は無くなっていた。
「…そうだね。私は立派な魔術師になるんだから、こんなところで立ち止まっていられないよね」
顔を上げたアンの瞳には、強い光が灯っていた。
「やっぱり、そうこなきゃね。それじゃあ、試験までの間は実践訓練ね」
「うん。それで何をすればいいの?」
「簡単な話だよ。体力が尽きるまで、私が使う魔術を全力で避けること」
「…え!?」
再び目が点になる。そんなおかしいことを言っただろうか。
「ああ。私に素手で触れられれば、その時点で終了だから。さあ、頑張っていこうか」
アンの目が絶望に染まっていくが、そんなことは関係ない。
その日からしばらくの間、訓練場にはアンの悲鳴が響き渡ることとなった。
××××××××××
鬱蒼と生い茂る森の中。王都の門を出て、馬車で約30分ほどしたところ。そこが試験場だった。
周りには私と同じく緊張した面持ちの同級生たちが、忙しなく周囲を見回している。試験内容は全クラス合同での対人戦で、必ず学生証を持ってくるように、とだけ聞いている。そのため、誰が敵で誰が味方なのか一切分からない状態なのだ。皆、不安なんだろう。
私も少し緊張はしていたけど、アイラちゃんとの訓練の成果がきっとあるはずだ。例え、一度も触れられず、ただ逃げ回るしか出来ていなかったとしても…。
いや、まあ無理でしょ。あんな魔術の雨を搔い潜って触れるなんて。諦めるなって言っていたけど、それってあの訓練を強引に認めさせるための方便にしか聞こえないんだけど。まあ、付け焼刃程度にはなったと前向きに考えることとしよう。
そんなことを考えているうちに、Sクラス担任のザイル先生が前に立った。
「それでは定期試験の内容について説明します。試験開始は今から15分後。その間にあなた達にはこの森に散ってもらいます。そして試験開始後は、魔術を使って他の生徒を倒し、学生証を奪い取ってください。制限時間は1時間。試験終了後に持っていた学生証の数はもちろん、この森に設置したカメラで内容についても確認し、それらを総合的に見て判断します」
さらに先生はいくつかの注意点を説明した。試験場には結界と、テープによる印がついているため、そこから出ないこと。必要以上の威力を持つ魔術は危険なため使用しないこと。そして、万が一の為に試験場には教師と、騎士団の方々、魔術師ギルドから派遣されたCランク以上の魔術師が見回りを行っているため、緊急事態の際にはその人たちの支持を仰ぐこと。
以上のことを述べた後、派遣された魔術師の人達が紹介されることとなったが、その中に見慣れた顔があった。
「アイラ・リンディ。Cランクの魔術師です。今回はよろしくお願いします」
××××××××××
森に響く試験開始を告げる鐘の音。それを聞きながら私は森の中の茂みの中で息を潜めていた。
さっき、アイラちゃんの顔を見た時は驚いたが、試験の同伴はギルドに依頼として出されていると聞いたことがある。別に不可解なことじゃない。
とりあえず、AクラスやSクラスの子と戦うには少々分が悪いし、Bクラス以下だとしても他の生徒と組んで来る者もいる。最初は様子見に徹した方がいいはずだ。そう考えていち早くこの茂みの中に身を隠していたが、そんな私のすぐ前で既に戦闘が繰り広げられていた。
状況としては2体7。二人の男子生徒をCクラスの面々が囲んでいるという状況だ。一見、2人の男子生徒の方が不利に見えるが、実際はその逆で男子生徒たちの方がCクラスを押していた。それもそのはず。あの2人の男子生徒は最高クラスのSクラスの生徒なのだから。
「全く、攻撃魔法は苦手だってのに、開始早々に団体様のお相手って、なんじゃそりゃ。これは、あれだ。モテる男は辛いねー」
「無駄口を叩いている暇があったら、さっさと詠唱しろ」
「はいはいっと。『我望むは大地に生ける束縛の蔦』!」
詠唱を終えると同時に、囲んでいたCクラスの生徒の足元からいくつもの蔦が生え、絡めとっていく。動きを封じられパニックになっている間に、もう1人の男子が火焔を生み出し、動けなくなった者を飲み込んでいく。
あっという間に決着がついてしまった。さすがはSクラス。その名は伊達ではないということだろう。
「それじゃあ、貰ってくからなー」
「とりあえず、1人あたり4つか。まだ目標には足りないな。さっさと次に行くぞ」
「へいへい。人使いが荒いんだから」
「さっき、俺を盾にしたやつが何を言ってる」
2人はそのまま私に気付かずに、森の奥へと向かって行った。ひとまずは何とかなった。さすがにSクラス2人相手に勝つのは難しい。ここは2人が向かった方向とは逆に行こう。さすがにずっと同じ茂みに隠れていても、時間が過ぎていくだけでどうしようもない。まずは他の相手を探すことから始めよう。
そう心の中で決めて、茂みから出た瞬間、1人の別のクラスの男子生徒と視線が合った。
「あれ…?」
「…こっちに居たぞー!!」
その生徒の叫びと共に、さらに3人の生徒が現れる。どうやらバラバラになってターゲットを探していたらしい。その内1人が、私と同じようにあのSクラスの2人組から隠れていたのだろう。そして私と同じタイミングで出てきて、鉢合わせすることとなった。
いや、こっちは1人なのにあっちは4人。そこまでする必要はあるのか。そう考えても仕方がない。この状況を何とかしなきゃならないけど、正面から戦っても潰されるだけだ。ならば。
「全力で撤退!」
周りに生えてる木々を使って身を隠しながら、放たれる魔術を避ける。
うん。アイラちゃんのそれに比べたら、遥かに避けやすい。いつ、どのように来るか分からない古代魔術に対して、こっちは詠唱で大体の予想がつく。それに、最近の訓練のおかげで足には自信がある。
あっちが私を捉え切れていない内に反撃と行こう。そして私は詠唱を開始した。




