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1-8

 プリンちゃんは仕事から帰ってきてすぐに夕飯の支度を始めた。

 テーブルに夕飯を並べ、オレと一緒に食卓に着く。

 その間、オレはなにも言わなかった。


 なにも喋らずに食べ進めていると、沈黙に耐えかねたのか、プリンちゃんが声をかけてきた。


「あの……昼間はごめんなさいゴブ……」


 プリンちゃんが謝ることじゃない。

 頭ではわかっていても、オレの方から言葉を発する気にはならなかった。

 だからこうして、プリンちゃんから頭を下げている状態となった今、そのまま無視し続ける理由などなにもない。


「いや、こっちこそ、ごめん。仕事の邪魔になっちゃったよね」


 あえて別方面から謝罪する。

 ゼリーが突っかかってきたからとはいえ、営業妨害だったのは疑いようもない。


「ううん。それより、殴られたところとか、平気ゴブ? ゼリーって馬鹿力だから、すごく痛かったでしょ?」


「ああ、うん、大丈夫」


 嘘はない。言われるまで、すっかり忘れていたくらいだ。

 意識してしまったせいか、若干の痛みは感じられたけど、おそらく問題はないだろう。

 そんなことより……。


「オレって、ヨーグルトくんに似てるんだね」


「…………うん」


 しばらく無言のまま時間が流れる。


「べつにね、秘密にしてたわけじゃないゴブよ?

 昼間も言ったけど、ヨーグルトのこととは全然関係ないゴブ……。

 そりゃあ、まったく気にしてなかったと言ったら、嘘になっちゃうけど……」


 視線を落とし、同時に声のトーンも落として、プリンちゃんは正直に話してくれた。

 オレ自身もわかっている。

 ただ弟に似ているだけで、ここまで親切にしてくれているわけじゃない。

 プリンちゃんは本当に、心の優しい子なのだと。


「ん。わかった。オレはオレだもんね。

 プリンちゃん、いつもオレのことを気遣ってくれて、ありがとう」


「そ……そんな改まって言われると……照れちゃうゴブ……」


 頬を染めるプリンちゃんの様子を見て、自然と自分の表情が緩むのを感じた。

 こんなに温かい時間を貰っておいて、不満に思うことなんてあるはずもない。

 細かいことなんて考えず、プリンちゃんの優しさに甘えていればいいんだ。

 ……この生活がいつまで続くのかは、わからないけど……。


 そこでふと、別のことが気になり始める。


 プリンちゃんの弟――ヨーグルトくんがいた頃、ゴブリンたちは森で生活していた。

 今はその森ではなく、この村で暮らしている。


 人間がいなくなったこの村――。

 とても便利だから、ここに住み着いている、という話は聞いたけど。

 そもそも、どうしてゴブリンたちは、以前住んでいた森を出たんだ?


 たまたま発見した場所に一部のゴブリンが住むようになり、徐々に噂が広まって、最終的に多くのゴブリンたちがここに集まってきた。

 そんな可能性もあるだろう。

 とはいえ、文化の違う人間の暮らしていた場所に、ここまで多くのゴブリンたちが自ら進んで移り住むものだろうか?


 いくら便利な道具などが揃っていたとしても、使い方がわからなければどうにもならないはずだ。

 普通に考えたら、宝の持ち腐れになるだけだと考えられる。

 でも現実には、今この村に住むゴブリンたちは、人間たちの残した遺品の数々を、しっかりと使いこなしている。


 スプーンの使い方など、ぎこちない部分も少なからずあったけど……。

 誰に教わることもなく、ここまで文化的な生活を、ゴブリンたちだけで構築できるとは思えない。


 プリンちゃんたちと会話していて、この村に住むゴブリンの知能レベルがそれなりに高いことは想像できた。

 だとしても、ゆっくりと長い時間をかけて、人間のような暮らしを習得していった、とは考えにくい。

 プリンちゃんの年齢を考えても、それは明らかだろう。

 弟を亡くしたときには、まだ森に住んでいたと言っていたのだから。


 ヨーグルトくんの記憶を呼び覚ましてしまう結果になりそうで心苦しくはあった。

 それでもあえて、オレは尋ねてみることにした。


「みんなはさ、どうして森を出ようと思ったの?」


 後ろめたさがあったからか、随分と曖昧な訊き方になってしまった。

 プリンちゃんは一瞬キョトンとした表情を見せたものの、ひと呼吸置いて素直に答えてくれた。

 以前住んでいた森が人間によって焼き払われたから、逃げ出してきたのだと。


「今この村に住んでいるゴブリンたち全員で?」


「そうゴブ。住処にしてた森の周辺を取り囲むように、火が放たれたゴブ。

 運よく火のついていない場所を見つけて、犠牲を出さずに逃げることができたゴブよ。

 ただその先で、また人間たちに遭遇してしまったゴブ。

 ゼリーなんかは応戦しようと提案したけど、武装した人間たちに太刀打ちできるとは思えなかったゴブ」


 ゴブリンたちはさらに逃げた。

 ある程度の道幅のある一本道だったため、子供やお年寄りのいるゴブリンの集団でも問題なかったようだ。


「武装してたなら、人間たちはみんなを、その……襲うつもりだったんでしょ?


 殺すつもりだった、とは言えずに一瞬だけ言葉に詰まったけど。

 結局、大差ない表現にしかならなかった。


「……あっ、相手の人数が少なかったとか?」


「え? そんなことないゴブ。

 森を焼き払った人たちと同じだと思うけど、結構多かったゴブ」


「それなのに、子供やお年寄りもいて逃げ切れたの?」


「ええ。必死だったからよく覚えてはいないけど、気がついたらもう追いかけてきてなかったゴブ。

 本当に運が良かったゴブね。そのときは、誰もいなくなったりしなかったゴブよ」


 運がよかった、で済むレベルだったのだろうか?

 もちろん、追いかけようとした段階で人間たちに何らかのトラブルが起き、追跡を断念した可能性もないわけじゃないけど。

 森を焼き払ってまで侵攻してきたのに、そんな簡単に諦めるものだろうか?


「その近くに人間たちが住んでいた村を見つけたのは、ちょうどそのときだったゴブ。

 もう暗くなっていたし、完全に疲れ果てていた私たちは、恐る恐る村の中に入っていったゴブ。

 幸運は続くものゴブね。ここは廃墟になっていたみたいで、人間がいないことを確認できたゴブ。

 そして、風雨を凌げる建物もたくさんあったから、家族ごとにバラバラに散って休むことにしたゴブよ」


「そうだったんだ」


「翌朝、人間たちの残したものがたくさんあることに気づいて、この村での生活が始まったゴブ。

 人間はいなかったけど、少し前まで使っていたような形跡はたくさんあったゴブ。

 むしろ、直前まで人間たちが住んでいたのに、突然いなくなったみたいな感じだったゴブ」


 心の奥にモヤモヤとした感情が湧き上がってくる。

 これは……不安……?

 いや、予感、と言うべきか……。


「どんな感じだったの?」


「畑には作物がたくさん植えられていたし、収穫済みの食料もたくさんあったゴブ。

 パンを焼く窯には、焼いている途中のパンもあったゴブ。材料もいっぱい置いてあったゴブよ。

 使い方が難しい道具のそばには、絵が描かれた紙があったりして、それを見て試してみたら使えた、ってのもあったゴブ」


「だからこそ、人間たちの道具を使いこなせているのか」


 スプーンの使い方など、一部ぎこちない部分があったのは、そういった図解が不足していたためだと考えられる。


 それにしても、図解つきとは……。

 いったい、なんのために用意されていたんだ……?

 人間たち自身が使い方を忘れないように、もしくは初めて使う場合でもわかるように、記載してあったのかもしれないけど……。


 オレが思案していると、さらに衝撃の事実が語られる。


「それがちょうど、一ヶ月くらい前のことだったかな」


「ええっ!? 一ヶ月前!?」


 月日を表す単位としての一ヶ月があることに驚いた、というわけではない。

 たった一ヶ月で、ゴブリンたちが人間のように文化的な生活を送れるまでに至っていることに、驚いたのだ。

 ゴブリンとしては知能が高めの種族ではあるのだろう。

 それでも、残されていた人間たちの遺産だけを頼りに、そんな短期間でここまでのコミュニティー形成が可能なものなのか……?


「どうしたゴブ?」


「いや……」


 なにかおかしいのではないか、といった不安はあったものの。

 単なる思い過ごしかもしれない。

 余計なことを言って怖がらせるのも、悪い気がする。

 オレは眠気を理由に、早めにベッドに入ることにした。




 プリンちゃんが洗い物をする音が響く中、オレは考えていた。


 人間たちはゴブリンの住んでいた森を焼き払った。

 プリンちゃんは運がよかったと言っていたけど、本当にそれだけだったのかは怪しい気がする。

 人間たちに誘導されたのではないか。そんな疑念が拭い去れないのだ。


 もし誘導されたとしたら、目的地はこの村だったことになる。

 畑や建物など、生活する上で支障のない設備の整ったこの場所に、ゴブリンたちを追いこんだ。

 なんのために?

 油断したところで、一気に打ち滅ぼす気か?

 ……いや、それなら一ヶ月も待つ必要はないはずだ。


「う~ん……。やっぱり、考えすぎなのかな……?」


 オレが頭を悩ませていると、耳元で甲高い能天気な声が響く。


「考えるんじゃなくて、感じるんだわさ!」


「何をだよ」


 レルムの妙に暑苦しい言葉に、若干、脱力する。

 いい具合に肩の力が抜けたとも言えるだろうか。


「考えすぎはよくないけど、注意は払っておくべきかもな」


「ボクがついてるから、安心するだわさ!」


「……全然役に立たないくせに」


「ひ……ひどいだわさ! だったら今から、ソーハの役に立ってみせるだわよ!

 なんでも望みを言うといいだわさ!」


 そんなにムキにならなくてもいいのに……。

 でも、望みか。そうだな。

 眠気があるとプリンちゃんには言ったのに、実際には目が冴えて寝つけそうにもない。

 これは問題があるだろう。ゆっくり休んでおかないと、頭の回転も鈍ってしまうだろうし。


「それじゃあ、オレを眠らせてくれよ」


 言外に、静かにしてくれ、という意味合いを込めたつもりだったのだけど。

 レルムは違う解釈をする。


「あいっ! 子守歌を歌うだわさ!」


「え……?」


 レルムの甲高い声が響いていたら、余計に眠れなくなるだけでは……。

 そんな予感は現実のものとなる。


「ねぇ~↑むれ↓ぇ~! ねぇ~↑むれぇ↑~! えい↓~えんにぃ↑~!」


 いや、永遠はヤバいだろ。

 それ以前に、甲高い声どころか、激しく音痴すぎる!


「うぁぁぁぁ……。やめてくれ……っ!」


 耳を塞いで布団を頭からかぶるも、その程度で聞こえなくなるはずもなく。

 オレは頭を抱え続ける羽目になってしまった。

 と、そんなとき。


「あら? もしかして、眠れないゴブ?」


 不意に、プリンちゃんの声が聞こえてきた。

 ベッドのすぐ脇から、オレの様子を心配して見てくれているようだ。

 プリンちゃんが戻ってきたことで、レルムの子守歌はいつの間にやら途切れている。


 グッジョブ! プリンちゃん!

 これでゆっくりと眠れる。

 そう思ったのも束の間。


「私が子守歌を歌ってあげるゴブ」


「え……?」


 一瞬デジャヴかと思いはしたものの、プリンちゃんの声質ならレルムと違ってうるさくない。

 むしろ優しい歌声で心地よい睡眠に入れそうだ。

 ……と考えたオレが甘かった。


「ねん↑ねぇ~ん↓ころ←ころぉ↑~! ねん↓ころ→にゃぁ~ん↑!」


 レルムの遥か先をゆく異次元の歌声は、オレの眠りを絶望的に妨げる効果しか持ち合わせていなかった。

 否。他にもうひとつだけ、効果があったと言える。

 オレの不安をかき消す効果だ。

 もっとも、この世のものとは思えない歌声とともに、オレの意識すらも異次元の彼方に吹き飛ばされそうではあったけど……。


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