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1-2

 すぐそばまで何かが近づいてきた気配で、オレは目を覚ました。

 刹那、額に冷たい感触が襲いかかる。


「冷たっ……!」


「あっ、ごめんなさいゴブ! 起こしちゃったゴブ?」


 視界に写りこむ緑色。

 ゴブリン少女が申し訳なさそうな顔で、横たわっているオレをのぞきこんでいた。

 額に冷たい感触があったのは、水に濡らした布を乗せてくれたからだったようだ。


「……ここは……?」


「私の家ゴブ」


 緑色の背景は、青空ではなくなっていた。

 星空に変わったわけでもない。

 石造りの天井――。

 どうやらここは建物の中らしい。


 視線をあちこちに飛ばしてみる。

 壁にはランプが設置されており、炎が揺らめいて周囲を明るく照らし出している。

 部屋の片隅には、木で作られた簡素なテーブルや椅子が置かれている。


 俺が横たわっている場所はベッドになっていて、布団もかけられている。

 布団といっても、大きめの布を幾重にも重ねただけで、別段、肌触りがいいわけではなかったけど。

 ベッド自体もふかふかなわけではなく、布が敷かれてはいるものの、背中は少々痛い。

 先ほどまでいた草原の方が、ふかふか感が強いくらいだ。


 あの場所には、オレと目の前のゴブリン少女以外、誰もいなかったと思われる。

 とすると、この子がオレを運んできてくれたのか?


「ありがとう。オレをここまで運んできてくれたんだよね?」


 誰かを呼んで運んでもらったのかもしれないけど、それでも感謝はすべきだ。

 オレは素直にお礼を述べる。


「いえいえ。無事でよかったゴブよ」


 さっきは混乱していたせいで、取って食われるかもと思った。

 でも、そんなことがあるはずもなかったのだ。

 そもそも、食ってしまうつもりだったら、声をかけずに最初からかぶりつくだろう。


「オレ、重かったんじゃない? それとも、他に誰か応援を呼んだとか?」


「え? ううん。私がひとりで運んできたゴブよ? ひょいっと肩に担いで」


「そ……そうなんだ」


 意外とパワフルな女の子のようだ。


「それで……あなた、名前は? ケガはないみたいだけど、記憶は大丈夫ゴブ?」


「オレはソーハ。記憶は……うん、まぁ、大丈夫かな?」


 正確には、女神アフルディーヌ様のもとへ行く前の記憶はやっぱりない。

 とはいえ、わざわざ本当のことを言って心配をかける必要もないだろう。


「君は?」


「私は、プリンゴブ」


 プリンゴブ。

 語尾の『ゴブ』は口癖(?)だから、名前は『プリン』だと判断する。


「可愛らしい名前だね」


「あ……ありがとう……」


 深緑色の頬が若干赤みを帯びたように見えたのは、ランプの炎のせいだろうか。

 どうでもいいけど、プリンなんて、この世界にあるのか?

 発音的にたまたま一致しただけなのかもしれないけど。


 そういえば、プリンちゃんはゴブリンではあるものの、質素ながら服を身にまとっている。

 建物の中で生活していることからしても、普通のゴブリンとはイメージが違う気がするな。

 しっかりと言葉も通じているし、ゴブリンの中でも高尚な種族、といったところか。


 そのとき、ふと奥の部屋からカタカタと音が響いてきた。

 部屋といっても、ドアなどで隔てられているわけではない。

 石の壁で仕切られ、通行する部分だけが切り抜かれている構造だ。


「あっ、そうだ。スープを作ってたゴブ。

 おなか、すいてるよね? すぐに持ってくるゴブ」


 プリンちゃんはそそくさと部屋から出ていった。

 彼女は料理もできるのか。

 カタカタといった音から察するに、おそらく火も使っている。


「きっと、優しい味の料理が出てくるんだろうな」


 ぽつりとつぶやき、はたと我に返る。


「……ゴブリン相手に、オレはなにを和んでるんだか……」


「まったくだわさ!」


「うわっ!?」


 唐突に耳元で妙に甲高い声が鳴り響き、オレは思わず飛び上がりそうになる。

 ベッドに横たわっている状態だったから、飛び上がりようがなかったけど。

 とりあえず首だけ回して見てみると、ベッドの上にちょこんと座っている、羽の生えた小さな妖精の姿があった。


「レルム……だっけ?」


「あいっ! ボクはレルムだわさ!」


 女神がお供につけてくれた妖精。

 異世界ではナビゲーター的な役割を果たせると、アフルディーヌ様は言っていた。


「レルム、ここはどこ?」


「知らないだわさ!」


「……え~っと、じゃあ、いつの時代だとかは?」


「知らないだわさ!」


「……それなら、オレはこれから、どうすればいいんだ?」


「知るわけないだわさ!」


 や……役に立たねぇ……。


 なにがナビゲーターだ。

 アフルディーヌ様の嘘つきめ。

 ……いや、そういえば厄介払いがどうのこうの、とか言っていた記憶もあるな。

 これはつまり、役立たずのお荷物妖精を、在庫処分的にオレに押しつけた、ってことか……。


 頭を抱える。


「ん? 頭が痛いだわさ? 痛いの痛いの飛んでいけ~だわさ!」


 レルムは小さな手を伸ばして、オレの頭を撫でてくれた。

 頭痛の原因は、他でもないレルム自身だったわけだけど。


 ナビゲーターとしての役には立たなそうでも、悪い子ではないみたいなのが、せめてもの救いと言えるだろうか。

 たとえお荷物だとしても、妖精サイズならポケットに入れて持ち運べる程度だし。

 それ以前に、自力で空を飛んでくれるか。


 ともかく、今後のことを考えてみよう。


 オレは今、ゴブリン少女のプリンちゃんに助けられ、彼女の家で休ませてもらっている。

 プリンちゃんは言葉も通じるし、料理もできるみたいだから、知能はある程度高いと判断できる。

 知能の高いゴブリン……ゲームなんかではゴブリンロードなどと呼ばれるような、上位種族なのかもしれない。

 ここは、そういった上位ゴブリンたちの集落だと考えられる。


 あるいは。

 彼女はオレをここまで運んできてくれた。

 ということは、人間に慣れているのではないだろうか?

 そうすると、プリンちゃんは人間の集落の中で暮らしているゴブリン、といった可能性も出てくる。


「まずは体調を整えて、この建物の外を確認してみるのが先決だな」


 オレの結論に、レルムが眉をひそめる。


「う~ん。そんなことよりも、もっと先に確認しておくべき事項があると思うだわさ」


 はて?

 いったいなんのことだろう?

 ここは(役立たず)ナビゲーターの意見を聞いてみるとしよう。


「確認しておくべき事項って?」


「手」


「手……?」


 まだベッドに横になったままで、手は布団の中にある。

 その自分の両手を、そっと目の前まで動かしてみた。


 草原にいた時と違い、両手は思い通りに動かすことができた。

 ただ、目の前に現れた光景は、草原にいた時と似た様相になっていた。


 緑。

 正確には、深緑色。


 両方の手のひらを目の前で広げると写りこむ色彩は、プリンちゃんの顔が近づいていたあの時とまったく同じだったのだ。


 一瞬、脳が思考を拒絶する。

 でもすぐに、オレは体にかかっていた布団をはぎ取り、上半身を起こした。


 さっきのプリンちゃんと同様、質素なものながら、服は身に着けている。

 だけど、その布地から出ている素肌の部分は、ことごとく病的な緑色になっていた。

 否。病気なわけではないのだろう。

 なにせ、全身が余すことなく緑色なのだから。


 これはつまり……。


「ソーハ、ゴブリンになってるだわさ」


 レルムが実に落ち着いた口調で、絶望的な結論をつきつけてきた。


 プリンちゃんと話が通じる。

 当たり前だ。オレはゴブリンなんだから。

 プリンちゃんがオレを助けて家まで連れてきてくれた。

 それは同じゴブリンだったからだ。


 パズルのピースはピッタリとはまった。

 そしてそのパズルは、完成した瞬間、精神的な衝撃でバラバラと崩れ落ちていった。


 転生してみたら、ゴブリンって……。


「人間以外に転生するなんて、そんなことがあるなんて聞いてないぞ?」


「人間に転生できるとも、言ってはいなかっただわさ」


「そ……それはそうだけど……」


 これはサギなのでは?

 人間以外になって新たな人生を送れなんて、無茶振りすぎる。

 だいたいアフルディーヌ様は、望んだ世界に転生する、と言ってなかったか?


 オレ自身がゴブリンへの生まれ変わりを望んでいた。

 記憶が失われているオレには、完全否定することはできないけど……。

 だとしても、これはさすがにムリゲーすぎるだろ!


 オレは天井を振り仰ぎ、そこからさらに上方、空の彼方にいる(かもしれない)アフルディーヌ様に向かって、力の限りに叫んだ。


「やり直しを要求するっっ!」


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