2-1
2回目の転生。
初めてのときと比べれば、慣れが生じる。
……かと思いきや、前回よりも体中の違和感は強いように思える。
繰り返すごとに負荷が蓄積されていき、最終的には時空を彷徨うようになる。
そんな話、聞いてはいないけど。
もしそうであるならば、何度も転生するのは危険なのかもしれない。
そもそも、ゴブリンなんかに転生したから、あんなことになったんだ。
今度こそまともな人間に転生して、勝ち組人生を歩めばいい。
転生先で女神の助けが得られないことは、もう前回の転生でわかっている。
自分自身の頑張りでどうにかしなくてはならないのだろう。
贅沢を言えば、超絶美形だったりとか、大貴族の出身だとか、スタート時点でのチート的な要素は欲しいところだな。
さて、そろそろこの世界の空気にも慣れてくるところか。
オレはそっと目を開けてみた。
風に揺れる草花が見える。
またもや草原に横たわっているのか。
前回と違うのは、仰向けに倒れているわけではなく、おそらくうつ伏せ状態だということだ。
ただ、それにしては視界はまっすぐ前方を向いているような……。
他にも、なにやらおかしな部分がある。
草花が揺れている。
うん、それはいいだろう。
とはいえ……あまりにも大きすぎやしないか?
見上げるほどの高さに、草がアーチを描いている。
咲き乱れている花々だって、オレがすっぽりと中に入れてしまいそうなくらいのサイズに見える。
ここは巨大植物の世界なのだろうか?
こんなとき頼りになるのが、ナビゲーターの存在だ。
実際、あまり役に立っていたわけではなかったものの、ひとりよりふたりの方が、状況分析する上では効果的だ。
オレは耳元あたりにいるであろう彼女に声をかけてみた。
「レルム、いるか?」
「あいっ! ここにいるだわさ!」
「うわっ!?」
オレが驚いたのは、聞こえてきたのがあまりにも大声だったからだ。
もともとレルムの声は甲高く、耳障りではあるのだけど。
それどころではなく、大音量で聞こえてきたように思えた。
……というか、大きいのは声だけではなかった。
「ソーハ、そんなに驚いて、どうしただわさ?」
小首をかしげながら、ひょこっとオレの目の前に顔を出すレルム。
そのレルムの意外と可愛らしい顔は、オレの視界を覆い尽くさんばかり。
一瞬、近い近い! と思ったけど、そうではない。
顔がデカかったのだ。
「ちょっと、その言い方は語弊を生むだわさ!」
不満顔のレルム。
ふむ。ようやく理解できた。
レルムの顔がデカいのではなく、オレの方が小さかったようだ。
「オレ、小人にでもなったのか?」
全身を見回そうとしても、上手く首が回らない。
ちらちらと、黒っぽいものが視界の端っこに写り込んではいるけど……。
両手を目の前に出そうとしても、思った通りに動いてくれなかった。
「小人じゃないだわよ」
レルムが答える。
だったら、何なのか。
教えを乞うと。
「んっと……こうすればわかりやすいだわ……さっ!」
唐突に。
レルムは背中の羽を使って飛び上がり、そして――、
思いのほかスラリと細くて長い足をオレに向けて伸ばした。
「な……っ!?」
いきなり飛び蹴りを食らいそうになり、オレは身構える。
自然と体は動いていた。
背中を丸めたのだ。
本当に、文字通り。
感覚として、からだ全体がぐるりんと丸くなったのは、なんとなくわかった。
はてさて。これはいったい、どうなっているのか。
事態を受け止める覚悟を決めようとする前に、レルムが結論を言い放つ。
「ソーハ、ダンゴムシになってるだわさ!」
…………。
はっはっは。
ダンゴムシだってさ。
…………。
…………。
…………。
「あのクソ女神、またしても失敗しやがったな~~~っ!
ふざけるな、やり直せ~~~!
虫になるとか、どんな罰ゲームだよ~~~~っ!」
オレの声は空しく響くだけだった。
きっと、叫び声といっても、人間の言葉ではなく、ダンゴムシの言葉なのだろう。
前回のゴブリンになった際のことを考えれば、そうなるはずだ。
……ダンゴムシが言葉……というか鳴き声や音を発するのかどうかすら、オレは知らないが。
「やっぱり、アフルディーヌ様に声が届いたりはしないんだな」
「そうみたいだわさ。でも、その……あまり気を落とさないでほしいださわ」
レルムが気を遣ってくれているのがわかる。
さすがに虫になったことには同情してくれているようだ。
……最初に会ったとき、妖精であるレルムのことを一瞬でも「虫か?」と思ってしまったのを謝罪したい気分だ。
「そんな姿でも、これから壮大な冒険が待ち受けてるかもしれないだわさ!」
「ダンゴムシの大冒険……」
そんなタイトルの冒険譚、誰も興味をそそられたりしない。
ため息しか出ない。
「え……絵本みたいで面白いかもしれないだわよ!」
「絵本ねぇ……。もっと可愛らしい動物とかなら、わからなくもないけど……」
よりにもよって、ダンゴムシ……。
「ほ……ほら! 芋虫が主人公の絵本ってのも、あった気がするだわよ?」
「ふむ。虫でも冒険はできるって?
でもさ、芋虫だったら大きくなれば綺麗な蝶になるけど……」
問題です。
ダンゴムシは大きくなったら何になるでしょう?
答え。
ダンゴムシ。
「オレはダンゴムシ風情として、一生を終えるしかないってことか……」
しかも、周囲を見回す限り、他のダンゴムシがいるわけでもない。
ダンゴムシが集団生活する生物なのかは知らないけど。
もし仮に他のダンゴムシがいたとして、その集団の中で暮らしていくのはさすがにつらい。
世界中のダンゴムシには悪いけど、オレにはダンゴムシ生活なんて耐えられそうもなかった。
「だからといって、安易に死ねばいいってわけでもないか」
前にも思ったことだけど、死んだらそれで終わり、という可能性だって充分にあるのだから。
「ど……そんな姿になったって、ソーハはソーハだわよ!」
「とか言いながら、若干引いてるように見えるぞ?」
「ボク、虫は嫌いじゃないけど、足がいっぱいあるのは、ちょっと苦手なんだわさ……」
ちなみに。
レルムが数えてくれた情報によれば、ダンゴムシは左右に7本ずつ、合計14本の足が生えているらしい。
もしかしたら、2本は手なのかもしれないけど、そんなことはどうだっていい。
体の構造上、人間の手のように便利な使い方なんてできるはずもないのだから。
「ははは……。レルムにまで嫌われたら、オレは生きていけないな」
「き……嫌いだなんて言ってないだわさ!」
どんな状況であっても、レルムがそばにいて話し相手になってくれることには感謝する。
そうだな。最後の手段としては、オレよりずっとサイズの大きいレルムに潰してもらうってのも手か。
いくら殻に覆われているといっても、全体重をかけて潰すとか、大きめの石を落としてもらうとかすれば、致命傷になりえるはずだ。
「ボ……ボク、ソーハを殺したりなんか、したくはないだわよ?」
「うん。あくまでも最終手段だから。オレだって、死にたくはないし」
ゴブリンとして死んだ、最期の瞬間を思い出す。
この世のものとは思えない激しい痛みが、何度も何度も何度も何度も襲いかかってきた。
痛かった。苦しかった。つらかった。
あんな思い、もう二度としたくはない。
とりあえず、前に向かって歩いていこう。
……足が14本もあると、非常に歩きにくいけど。
それはオレがまだ人間だった頃の感覚でいるからだ。
きっとそのうち、この足の本数にも慣れていくことだろう。
……あまり、慣れたくもないけどさ。