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プロローグ

 気がつくと、真っ白い空間にいた。


 周囲は360度、すべてが白。

 白くて白くて白い。

 それ以外はなにも目に映らない空間だった。


 ここはどこだ?

 オレはいったい、どうしたんだ?


 自分以外になにもない。

 ただひたすらに、白だけが続く空間。

 白一色の世界。


(バシッ! バシッ!)


 これが黒一色なら、宇宙空間にでも放り出されたのかと思うところだけど。

 ……いや、宇宙空間だったら、星々の輝きも目に映るだろうし、黒一色にはならないか。


(あ~、もうっ! どうしてこうなのじゃ!)


 壁も天井も地面すらも見当たらない。

 それなのに、二本の足で立っている感覚はしっかりとあって。

 なんとも奇妙な気分に包まれる。


(なんで勝てないのじゃ! このくそゲーめ! わしをバカにしとるのかやや!?)

(ゲシゲシッ!)


 う~ん……。

 あまりにも場違いなので、完全無視を決め込むつもりだったのだけど。

 さすがにこれ以上は無理がありそうだ。

 なにせ、ここには他になにもないのだから。


「く~~~~っ! なにゆえ、こんぴゅーたーごときにここまで翻弄されねばならぬのじゃ!」


 先ほどから声を発しているのは、ひとりの女性だった。

 いや、どちらかというと、少女と呼ぶべきなのかもしれない。


 背後から見た雰囲気では、それくらいの年齢としか思えない女性が、

 黒を基調としたシックな和装に身を包んだ状態で、床(?)にあぐらをかいて座っている。

 白く白く真っ白な空間で、影も映らないから、本当に床があるのかどうかすら、さっぱりわからないけど。


 それにしても、着物であぐらをかくなんて……。

 ただ、正座が一般的に広まったのは明治以降になってから、という話も聞いたことがある。

 そうすると、これはこれで正しいのかもしれない。


 ……いやいや、なにを混乱しているんだ、オレは。

 そもそもここは江戸時代ってわけじゃないんだから。

 だいたい、あの女性だか少女だかの目の前にあるのは……。


「これだから、格闘ゲームというのはムカつくのじゃ!

 じゃが、それもまた大きな魅力と言えるのじゃろうの!

 勝てるまで挑戦を続けさせるゲーム性、あっぱれじゃよよ!」


 そう、ゲーム機だ。

 本体につなげられたコントローラーを持って、モニターに映し出された映像を見ながら遊ぶ。

 いわゆる据え置き型ゲーム機に分類されるタイプになる。


 あれだけコントローラーを叩きつけたりしていながら、よく言うな……。

 そんな感想も浮かんでくる。

 さっきからチラチラ見ていて思ったことだけど、この人、ゲームが激しく下手くそみたいだし。


「は~~~~。さすがに少々疲れたのじゃよよ!」


 ぱたり、と。

 その人は足を前方に投げ出すと同時に胴体を思いっきり後ろに倒し、床(?)に寝っ転がった。

 そこで、ぼーっと立ち尽くして様子を見ていたオレと、視線が合う。


 ………………。

 ………………。

 ………………。


 ばさっ!


 大きな音を立てて、その人は飛び上がる。

 そしてこちらに向き直り、ピンと背筋を伸ばしてしっかりとした正座の態勢を整えると、オレに声をかけてきた。


「こほん。大変失礼したの。ようこそおいでなさったのじゃよよ」


「今さら取り繕ったって無駄だから」


 オレが容赦ないツッコミを入れると、その人は顔を真っ赤に染め、ガックリとうなだれてしまった。




「本当に、お見苦しい場面を見せてしまったのじゃよよ」


 顔はまだ真っ赤だったけど、どうにか気を取り直してオレと向き合ってくれている。

 その顔立ちは、少女と呼んだ方が正しいような、目がぱっちりした可愛らしい造形だった。

 やはり、最初に背後から見て感じた印象は正しかったようだ。

 むしろ思っていたよりも若い。お子様風味を漂わせる女の子、と言ってもいいかもしれない。


「べつにいいけど。ゲーム、好きなの?」


「うむ、大好きじゃよよ!」


 ずっと思っていたことだけど、この『~~じゃよよ』っての、口癖なんだろうか?


「うむ、口癖なんじゃよよ! 可愛らしいじゃろう?」


 まぁ、見た目の可愛さとマッチしていて、悪くないとは思うけど。


「いやじゃのぉ! そんなにおだてても、なにも出はしないぞよよ?」


 そう言いながら、まんざらでもなさそうな笑顔をこぼしている。

 なんとも、ちょろい。


「こら! ちょろいとか言うでないのじゃよよ!」


 うん。これは確実に……。


「さっきから、オレの思考が筒抜けみたいなんだけど?」


「それはそうじゃよよ! なにせわしは、女神なんじゃからの!」


 女神……。

 目の前の少女を上から下まで眺めてみる。

 女神といったら、雰囲気的にも体形的にも、もっとこう女性らしい感じを想像するというか……。


「……本当に失敬なやつじゃの~。それに、思考が筒抜けだというのを、もう忘れたのかやや?」


「いや、わかっててやってるけど」


「本気で失礼なやつじゃの! プンスカプンじゃ!

 そもそも、言葉遣いもなってないのじゃ! 敬語を使うのじゃよよ!」


「そう言われてもなぁ……」


 見た目からして何歳も年下っぽい女の子に対して、敬語を使うとか正直ありえない。


「む~……。だったら、せめて女神様と呼ぶのじゃ!

 もしくはアフルディーヌ様と名前で呼ぶのもアリなのじゃよよ!」


「ふむ、アフルディーヌって名前なのか」


 一考。


「あっちゃんで」


「却下じゃ! ふざけるのも大概にするがいいのじゃよよ! がるるるるるっ!」


 あっ、本気で怒ってる。

 仕方がないな。


「わかったよ。アフルディーヌ様」


「うむ、よろしい」


 やっぱり、ちょろい。


「……おぬし、性格悪いじゃろ?」


「少しね」


 否定はしない。

 性格が悪いというか、ひねくれているとかは、よく言われていた気がするし。


 と、そこではたと気づく。


「あれ? オレっていったい……」


 記憶をたどって、思い出そうとしてみる。

 どこに住んでいたのか。

 親は? 兄弟は? 友達は?

 どんな生活をしていた?

 学生? 社会人?


「う~~~~ん……」


 わからない。

 これはいわゆる、記憶喪失というやつだろうか。


「ま、ちょっと違うかもしれぬがの。混乱しておるのじゃろう。

 死んですぐの頃は、そんなもんじゃよよ」


 なるほど、それもそうか。


 …………ん?

 死んですぐ……?


「なんじゃ、それすらも覚えておらんのかやや?

 ここは死んだ者がたどり着く場所じゃよよ?」


 女神アフルディーヌは、オレにとっての衝撃的な事実を、さも当然そうにあっさりと告げた。




 一瞬は衝撃的だと思ったけど。

 以前の記憶がないせいか、意外にもすんなり受け入れることができた。

 そうか。オレは死んだのか。


 アフルディーヌ様は、なにやら紙のようなものを取り出すと、それをスラスラと読み始めた。

 あの紙、空中から突然現れた気がしたけど……。

 女神だし、そういった能力くらいはある、ってことなのだろう。


「え~っと、名前は……湯布院(ゆふいん)蒼羽(そうは)

 う~ん、おぬしら世界の、この漢字というのは、どうにも発声しづらいの~。

 ソーハと呼ぶが、よいかの?」


「まぁ、いいけど」


「それでは続けるぞよよ。ソーハ、おぬしは高校生だったようじゃの。

 学生とはなかなか興味深いの~。できれば学生生活について訊きたかったのじゃが……。

 記憶を失くしているのでは、仕方がないのじゃよよ」


 あの紙にはオレのデータが載っているということか。

 だとすると、色々と質問してみるべきかもしれないな。


「ねぇ、アフルディーヌ様。オレ、どういう風にして死んだの?」


 どんな死に方をしたのか。

 そんなこと、聞くべきではないのかもしれない。

 でも、気になったのだ。


 記憶が全然ないのだから、せめてこれくらい、教えてくれてもいいだろう。

 そう考えての質問だったのだけど。


「いや、わしにもわからんのじゃ。この紙に書かれておるのも、名前と職業程度の基本情報しかないからの。

 死んだ者が現れたらそれを導くのが、わしの仕事となっておるのじゃが……。

 いつも予告なしに突然来るからの~。

 しばらく訪問者がなかったから、暇で暇で仕方がなくゲームなどに興じておったというわけじゃよよ」


 知らないものは教えようもない。諦めるしかないようだ。

 ただなんとなく、意地悪をしたくなったのは、アフルディーヌ様がお子様風味な外見をしているからだろうか。


「仕方なくと言ってるわりに、すごい数のゲームが積み上げられてるみたいだけど?」


「うっ……!

 そ……それは、あれじゃ!

 おぬしらの世界のことを、ある程度は理解しておくことも、仕事をこなす上では大切ということなのじゃよよ!」


「ふ~ん。でもなんか、乙女ゲーとかBLゲーとかも随分と多いような」


 タイトルだけでわかってしまうオレもどうかと思うけど。

 ……ん? 記憶がないのに、どうして知ってるんだ……?

 もしかすると、失っているのは断片的な記憶だけなのか?


 オレ自身が困惑している状態ではあったものの。

 アフルディーヌ様はもっと困惑しているようだった。


「いやっ、あの、じゃな! アレはその……隠し忘れたのが残っていただけ……じゃなくてじゃの!

 えっと……そう、もらったのじゃ! 転生した者の置き土産ってやつじゃよよ!

 もらいものじゃから、むげに捨てたりもできんじゃろう?

 じゃから、こうして保管してあっただけなのじゃよよ!」


 べつにそんなに焦ることないのに。

 そう思いつつも、オレとしてはもっと別の部分に引っかかっていた。


「転生した者?」


「ん? そうじゃよ?

 ここは転生の間。

 わしは、転生を望んだ死者を導き、別の世界へと転送させる女神なのじゃよよ!」




 というわけで。

 どうやらオレは異世界に転生することになったらしい。


「アフルディーヌ様。ぜひ、いい世界に転生させてくれよ!」


「それは約束できかねるがの。されど、望んだ世界に転生するはずじゃよよ。

 ソーハは記憶を失くしているようじゃから、どんな世界を望んだかは不明じゃが」


 ふむ。

 まぁ、いい。

 オレの新しい人生が、これから始まるんだ!


「転生したからといって、楽して生きられるとは限らないのじゃ。

 どんな世界であれ、色々と考えて頑張って生きる。それが大切なのじゃよよ」


「わかったよ」


 オレは覚悟を決める。

 どうせ既に死んだ身だ。記憶さえも失っている以上、失うものなんてこれ以上なにもない。


「おっと、そうじゃよよ。こやつをお供に連れていくがよかろう」


 アフルディーヌ様が右手で円を描くと、そこに小さな光る物体が現れた。

 なにやら、羽が生えている。

 これは、虫……?


「いやいや、妖精じゃ。名前はレルム。わしが名づけたのじゃよよ」


「ボク、レルム! よろしくだわさ!」


 光る羽をパタパタとはばたかせて、レルムがオレの周囲をくるくると飛び回る。


「妖精には鋭い感知能力があるのじゃよよ。

 じゃから、異世界ではナビゲーター的な役割をこなせる……(はずな)……のじゃ!」


 ん? なんか小声で言ったような?

 でも、アフルディーヌ様に尋ねる時間は、オレには与えてもらえなかった。


「さあ、ソーハ! 行くがよいぞよよ! 新たな世界へと向けて!」


「ああ。ありがとう、アフルディーヌ様!」


 オレの全身が、徐々に輝きに包まれていく。

 オレとレルムの周囲の空間が、光量が増すとともに歪みをも増大させていく。

 これが、転生するということなのか。

 温かな光に包まれながら、オレはまだ見ぬ異世界への期待に胸を膨らませていた。


「ふ~~~~っ!

 小うるさい妖精の厄介払いもできたし、これでようやく静かになるのじゃよよ!」


 ……なにか、最後に気になるセリフを吐いていたのが聞こえてきたけど。

 その次の瞬間には、オレの体はもう、異世界へと転送されていた。


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