行列
休日の午後、わたしは駅前の商店街へと向かっていた。
空は青空、お日さまがぽかぽかと心地よい。わたしは、うきうき気分で歩いていた。
『ネイルサロンの予約まで少し時間があるな』
わたしは小腹がすいていることに気がつき、最近できたラーメン屋に行ってみることに決めた。
ラーメン屋の前には、長い行列ができていた。並んでいては予約の時間に間に合わなくなってしまう。わたしは、後ろ髪を引かれる思いでそこを後にした。
仕方がないので、ハンバーガーチェーン店に行ってみた。だが、そこでもわたしは失望することになった。レジの前には長い行列ができていて、カウンターの向こうでは店員たちが必死の形相で動き回っていた。トラブルなのだろうか、大量の注文があったのだろうか。しばらく行列は動きそうにない。わたしは空腹をがまんして、ネイルサロンに行くことにした。
ネイルサロンでわたしは予想外の光景を目にした。店の前に行列ができていたのだ。完全予約制のこの店ではありえないことだ。わたしは店に入っていった。
「こんにちは」店内を見回すと、すべてのテーブルで施術がおこなわれていた。予備においてある椅子もふさがっている。
「「いらっしゃいませ」」
「予約している江並ですけど」
奥のテーブルで施術していた店長が「ちょっと失礼します」と客にことわると、こちらにきた。
「江並さま、いらっしゃいませ」店長は暗い表情でいった。
「予約してあるんですけど……」おそるおそる尋ねる。
「大変申し訳ございません。こちらの不手際で予約が重複してしまいまして」店長は申し訳なさそうにいうと、見てくださいといわんばかりの表情で店内を見回した。
「予約の重複って、でもこんなにたくさん……」
「申しわけございません。お待たせしてしまいますが、いかがなさいますか?」
「どれくらいかかりますか?」
「今のところなんとも……」半泣きの表情だ。
「わかりました、今日はいいです。出直します」
「わざわざお越しいただきましたのに、申し訳ございませんでした」店長は深々と頭をさげた。
今日、こんなやりとりが何度くりかえされたのだろう。店長が気の毒になって、これ以上なにもいえなくなってしまった。
すっかりと気がそがれてしまったわたしは、うちに帰って缶チューハイでも飲んでごろ寝をきめこむことにした。
家の前で、わたしは信じられない光景を目にした。アパートの二階にある、わたしの部屋の玄関から行列ができていたのだ。それは階段を通り、おもての道を交差点まで長く続いていた。
わたしは混乱しながらも、列の最後尾のおばちゃんに聞いてみた。
「あのう、これはなんの行列なんですか?」
「わたしも知らないのよ。列ができてたから並んじゃったけど。けっけっけっ」
おばちゃんは、年配女性特有の無意味な笑いをした。
わたしは、アパートの狭い階段を、並んでる人たちを押しのけながら駆け上がった。
「ちっ」舌打ちが聞こえる。「なんだよ」「割り込むなよ」「いてえ」小声の罵声がする。
列の先頭は初老の男性だった。
「なんで並んでいるんですか? ここ、わたしのうちですよ。やめてください」
「なんでって、開くの待ってるんだよ。あんた主かい。はやく開けてよ」
「開けてって、ここ、わたしのうちです。なんにもありません。帰ってください」
「帰ってくださいって、それが客に対する態度か。こっちはどんだけ待ってると思うんだ。いいからはやく開けなさい」鬼の形相になっての説教口調だ。
怖くなってしまったわたしは、「いいから帰って」と叫ぶようにいうと、鍵を開け、玄関の中へ飛び込んだ。内側からロックとチェーン錠をかける。
『どうしよう。なにが起こっているんだろう』
わたしはスマホを取り出すと、110をコールした。
すこしの間をおいて電話の向こうで呼び出し音が鳴った。数回の呼び出し音のあと、カチャっと小さく機械音がしてメッセージが流れはじめた。
「ただいまたいへん混み合っております。このまましばらくお待ちください」続いて音楽が流れはじめる。
音楽は、なんどもループした。わたしはあきらめて通話を切った。
わたしは、そうっと玄関のドアを開けると、外へ出た。睨まれるような視線を感じながら、急いで鍵を閉めると、階段を駆け下りた。
「まだかあ」「はやくしろよ」行列の人々の声がする。
「ママぁ、まだぁ。あたしつかれちゃったぁ」「いい子だから我慢してね。もうすぐ開くから」親子の会話が聞こえる。
わたしは駅へと駆けていった。
交番には行列はなかった。わたしは、ほっとした気分で入っていった。
交番の中では、カウンターの向こうに、おまわりさんがひとり座っていた。
「た、た、助けてください」息を切らしながら、わたしはいった。
「ちょっと待ってね。はい、これ」
おまわりさんは小さなカードを差し出した。それを受け取り、見てみると、そこにはゴシック体の太い字で“261”と書いてあった。
「順番がきたら表の電光掲示板で知らせるから」おまわりさんはいった。
わたしが表に出てみると、電光掲示板はそこにあった。そこには、こう表示されていた。
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ただいまの待ち時間 4時間30分
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