結:英雄無残
私は勘違いをしていました。
てっきりカテリーナは勇者の子孫とか特別な血筋の人間で、だからこそ勇者として覚醒するものだと思い込んでいました。実際には特別なのはカテリーナではなく5人の攻略対象達。彼等に認められることが条件なのか、彼等に認められる程の力を持つことが条件なのかは分かりませんが、勇者になる人物は別に誰でも良かったのです。
故に私が鍛えたシャルリーヌは──
「ああ、来ましたね。
直接顔を合わせるのは6年振りですか、シャルリーヌ」
「お…師匠様……?
な、何故お師匠様がこんなところに居るのですか?」
玉座の間に突入してきたシャルリーヌと彼女の取り巻きを、私は静かに玉座に座って待っていました。彼女は私の事に気付き、驚愕しています。翼を隠していただけでそれ以外はそのまま素顔を見せていたのだから、当然でしょう。
「何故も何も、魔王である私が魔王城の玉座に座っていることがそんなに不思議ですか?」
「ま、魔王?」
「そう言えば、貴女が一人前になったら名前を教える約束でしたね。
それならば、良い機会ですのでここで名乗るとしましょう。
──私の名前はアウレーゼ、魔王アウレーゼです」
「そ、そんな!?」
私の名乗りにシャルリーヌは呆然としています。
「シャルリーヌ、魔王と知り合いなのか?」
勇者パーティの一人であるレイフォルドが、私とシャルリーヌのやり取りを見て不思議そうにシャルリーヌに問い掛けました。
「え、あ、それは……」
「彼女は私の弟子みたいなもので、自身の悲惨な運命を変えるために私に師事したのですよ。
尤も私は自分が魔王であるとは名乗りませんでしたので、彼女も今初めて知ったわけですが」
シャルリーヌは混乱中で上手く説明出来ないだろうから、私がフォローしてあげました。
さて、こうなった以上彼女には一つ質問をしなくてはいけないですね。
「幸せそうですね、シャルリーヌ」
私が優しい声で語り掛けると、シャルリーヌはビクッとその身を竦ませました。
周囲のパーティメンバー達も呑まれているのか、言葉もなくその場を見守っています。
「周囲の人間から認められ、魅力的な異性に囲まれ、地位も名誉も約束されている。
貴女が本来辿る筈だった運命から比べれば天と地の差です。
あの時私の手を取って本当に良かった、そうは思いませんか」
彼女が本来の人生を辿っていれば、今頃ここに居たのはカテリーナであり、シャルリーヌは修道院に幽閉されていたでしょう。カテリーナが非常に残念な人物でしたので、本当にそうなったかは正直私も自信が無かったりしますが。
「私は貴女の人生において恩人と言っても過言ではない筈。
さて、貴女は私に剣を向けますか?」
「そ、それは……」
私は泣きそうな顔をしたシャルリーヌへ、決断を迫りました。
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「やれやれ、飼い犬に手を噛まれるとはこのことですね。
哀しいことです。 そうは思いませんか?」
「お、お師匠様……重い! 重いで……痛ぁ!」
失礼なことを言わないで欲しい、それではまるで私が太っているかの様ではないですか。
私が座っている「椅子」をピシャリと叩くと、悲鳴が上がりました。
シャルリーヌは結局仲間達と共に私と戦うことを選択しました。まぁ、彼女の立ち位置を考えればそれも仕方ないでしょう。魔王は人類にとって不倶戴天の敵です。魔王に味方したとなれば、幾ら彼女の家が王国有数の貴族であってもただでは済みません。
ええ、分かっています。分かってはいますが心情的な面は別です。仕方のないことだとは言え、6年も面倒を見てあげて妹の様に思っていた少女に歯向かわれたのですから、私の憤りもやむを得ないことです。
ちなみに、シャルリーヌを含めた勇者パーティとの戦闘は一瞬で終わりました。文字通りの瞬殺です。攻略対象の男共は綺麗に気絶して床に転がっています。シャルリーヌは鎧を破壊された下着姿で私の椅子になって貰ってます。角度的に私からは彼女の顔が見えませんが、きっと羞恥で真っ赤になっているでしょう。
「ど、どうしてこんなにあっさり……」
シャルリーヌはもう少し善戦出来るつもりだったようですが、私からすればこの結果は当然です。ここまで順調に旅をしてきた勇者パーティも魔王の力には敵いません……と言うわけではなく、彼女等が「順調」に旅をしてきたからこその結果がこれです。どう言うことかと言うと、彼女達は「何もしてきていない」のです。
本来の勇者であるカテリーナは、王国から銅製の剣一本持たされて魔王討伐の旅に送り出されます。装備も全然整っていないので、魔物退治をしてお金を貯め、装備を整えていきます。当然魔王城へ向かう旅路も一筋縄ではいきません。魔族側が送り込んできた刺客や魔王城に向かう程に強力になっていく野生の魔物と死闘を繰り広げながら魔王城へ向かいます。敵は魔族や魔物だけではありません。時には街の悪徳領主の悪事を暴いて彼に雇われていた私兵のごろつき共を差し向けられたり、盗賊の被害にあった村人の嘆願を聞き、攫われた人を助けに行ったりします。
では翻ってシャルリーヌの場合はどうだったか。平民出身のカテリーナとは異なり、シャルリーヌは侯爵令嬢です。王国もぞんざいな扱いは出来ませんし、後ろ盾が居る為に資金力が違います。きちんとパーティメンバー全員分の装備を揃え、長旅用の大型馬車に乗って旅立ちました。それだけではなく親バカなアウグスト侯爵は私兵から100人規模の護衛団をシャルリーヌに付けましたので、魔族の刺客も野生の魔物も盗賊集団も優秀な護衛団があっさりと片付けてシャルリーヌ達が剣を抜く暇などありません。悪徳領主にしても直接相手に弾劾するのではなく中央にその罪状を報告してあっさりお縄です。
つまり彼女達、馬車に乗っているだけで真っ直ぐ魔王城に向かってきたのです。実戦経験ゼロです。魔王城の守備を担う近衛隊の相手を護衛団に任せてパーティメンバーだけで乗り込んできましたが、護衛団がこっちに来た方がまだ戦いになったんじゃないでしょうか。
「お、お師匠様」
「何ですか?」
「わ、私を殺すつもりですか?」
私は彼女の恐怖を煽るかの様に、彼女の首をすっと指でなぞります。シャルリーヌはその意味を考えたのか僅かに震えました。
ああ、そう言えば彼女に初めてあった時もこんなことをしましたっけ。
彼女が私をどう思っているかは分かりませんが、私はシャルリーヌに情が移っているため、最初から殺す気はありません。それは剣を向けられてちょっとイラッとしたのは事実ですが、殺したいとは思いません。
とは言え、勇者である彼女が魔王にあっさり負けて帰ってきましたというのも大きな問題となるでしょう。どうしたものですかね。
しばらく考えて、シャルリーヌとグルになって一芝居を打つことにしました。
私としては人類側からこれ以上攻められることを止めたいし、シャルリーヌとしては私に勝てないことは痛感したものの何の功績も上げずには帰れない。
よって、
・シャルリーヌは魔王である私を倒せなかったものの深手を負わせた
・傷を負った魔王は追撃を警戒して魔族や魔物達に防衛を固めることを指示した
・迂闊に手を出さなければこれ以上人類側が襲われることはないだろう
とします。
色々と無理があるのは分かってますし、「魔王が傷付いている今が好機」とか言って攻め込まれる可能性がありますが、そこはシャルリーヌの説得に任せます。実際にはピンピンしていることを彼女も知っている為、攻め込んだら全滅必至なのだから必死で止めるでしょう。シャルリーヌがどうやって説得するかは知りません、丸投げです。攻略対象達の説得も含めて。
ああ、6年も掛けましたがこれで漸く平穏な暮らしが出来ます。
勇者シャルリーヌの説得によって人類側から攻撃を仕掛けることはなく、当時の魔王の世は人類と魔族の戦いがないひとときの平和な時代として後の世に伝えられている。
正規勇者は「ひ○きのぼう」よりはマシ程度の待遇でした。
しかし、恵まれていない方が強いこともあるというお話です。
まぁ、RPG的な定石を横に置けば、勇者の使命で魔王を倒すことになったとしても、全世界回って問題解決しなければならない理由は無いですので、魔王城に直行した(元)悪役令嬢が間違っていたわけでもありません。
本編はあと1話続きます。